2:水面下の状景
四月二三日 一七三二時(日本標準時)
東京郊外 調布市 京王線・調布駅南口
デパート下のハンバーガー屋。かなめとその友人たちが、フライドポテトをつつきながら、おしゃべりにうち
あとを
彼の
かなめの背後のカウンター席に男が座っている。年齢は二〇代後半、
(あのアタッシュケースは……?)
対テロ戦争用の
男はハンバーガーをたいらげると、トレイを持って立ち上がった。
(くるか……)
宗介は腰を浮かす。だが男は紙くずを捨て、トレイを置き、そのまま
(見当ちがいか……いや?)
アタッシュケースが置き去りになっていた。あの中身は、もしや──
(しまった!)
イタリアでのテロにくわしかった知人が、こんな手口を話していた。
彼は
「さ、
「ふせてろっ!」
さらに何人かの客を
(人のいない場所は?)
あたりを見まわす。夕暮れ時の商店街は、通行人でごったがえしていた。通りの向かいに、
「どけっ!」
宗介は車道に飛び出した。そこで、横からはげしいクラクション。
(時間が……)
ぐるぐるとまわる
投げろ……ケースを投げろ。このケースを、安全な場所に……
「ちょっと君、
目の前に、さっきの男が立っていた。男はアタッシュケースを宗介から取り上げると、中をあらため、
「ああ、
立ちつくす宗介の
十数人の通行人が、宗介を
「……相良くん、なにやってるの?」
かなめの
「
それだけ言って、彼はその場にくずおれた。
四月二三日 一九二〇時(日本標準時)
東京 調布市 タイガース・マンション 五〇五号室
「おまえよ、今週中に死んじまうんじゃねえか?」
宗介の頭に
「敵なんて一度も出てきてねえのに、こんな調子で
「努力はしている」
夕方のハンバーガー屋での一件などは、数ある
彼は毎日のように
いきおい、
日ごろの作戦中でも、これほど
完全にリズムが
宗介自身も
クルツの言う通り、自分は遠からぬ将来に、あの学校で命を落としてしまうのではないか、とさえ思えた。
「こりゃあ、ダメだな。明日は
「学校の中に敵がいたらどうする」
「いるわきゃねえだろ。それどころか、カナメが本当に
のんきなクルツの言葉に、宗介は顔を
「
「そうしてトラックに
「ヒトリズモー?」
「そうだよ、独り相撲。自分のマワシをとって
「マワシ?」
「知らねえのか? おまえホントに日本人かよ。……よし」
クルツは
「……でも、わかんねえな」
「なにがだ」
「カナメのことさ。どう見たって普通の子だぜ? そりゃあ、きれいな子だが、モナコの王様が
「
同世代の少年少女に比べて、自分の
「で、そのカナメが、どうしてKGBなんかに狙われるんだ? 先週
「俺にわかるわけがないだろう」
「だよな。少佐のヤロー、いったいなにを隠してるんだか……」
四月二三日 二一二一時(西太平洋標準時)
ソビエト連邦 ハバロフスク KGB支局ビル
「いつになったら実行に
受話器に向かって、大佐はなかば怒鳴りつけた。
『もうすぐだ』
電話のむこうで、ガウルンが
『いまは
「根回しだと? 夜中にさらって、ニイガタまで車で運ぶだけだろうが。そんな簡単な作戦に、どんな準備が必要なのだ!?」
『あんたはどうも、せっかちすぎる』
「なんだと?」
『そんな単純なやり方を、〈ミスリル〉が予想していないわけがないだろう』
「タイドリー・カヌムに
大佐は『チドリ・カナメ』という日本人の名前を、いまだにうまく発音することができないでいた。
『そうみたいだな。うかつに
「かまわん。
『そうも行かないんだな、これが。こちらの
「どういうことだ?」
『ASだよ。ECSを
「まさか、完全な
ガウルンはうんざりした声でそれをさえぎり、
『一〇年進んでるって言っただろう、連中の
「だが……」
『だから任せろよ。連中が手出しできないやり方を
電話は一方的に切られた。
四月二四日 一四三八時(日本標準時)
東京
「そーいうわけでしてぇ……」
黒板を背にしてかなめは言った。
「修学旅行での係
ホームルーム中の教室を見わたす。となり同士でおしゃべりする者、いねむりする者、この日発売のマンガ雑誌を読みふける者……。
「聞いてるよー」
「とっとと決めて帰ろーぜ」
ひとにぎりの生徒が答える。かなめはため息をついた。
「ったく。学級委員なんて引き受けるんじゃなかったよ、あたしゃ。……んーでね、こんなノリになるだろうと思っていたわたしは、すでに根回しを終えているのであった。あとは
「
男子のだれかが言った。かなめはすまし顔でVサインを見せ、
「ふっ、まかせな。じゃあ発表するわよ」
メモ
「食事係は
後ろの席で、話を聞き流していた宗介はぎょっとした。
「どーしたの? 相良くん」
「
「この学校ではね、転入生は
一同が
「そうか、
「
〈ミスリル〉
四月二四日 一一一三時(グリニッジ標準時)
日本海 深度五〇m 〈トゥアハー・デ・ダナン〉 中央発令所
うす暗い
「修学旅行……ですか?」
テレサ・テスタロッサは小首をかしげた。
「はい。来週からです。旅先での連絡用に、新たな
テッサは書類にサインをしながら、
「変わった学校ですね。この時期に旅行だなんて。それで、行き先は?」
「オキナワです」
「そう」
正面スクリーンの中央、
「一時期、わたしがあそこに住んでいたのは話しましたか?」
「いえ」
「父の
となりに立っていた〈デ・ダナン〉の副長・マデューカス中佐が、
「ここで話すことではなかったわね」
「いえ……」
「同じ件で、新しい情報が入りました」
本来の用件を切り出した。
「〈ウィスパード〉の?」
「はい。例の研究は、ハバロフスクの
書類の
「ソビエト内での
カリーニンはくわしい説明をしながら、次々に新しい資料を見せていった。テッサは報告に耳をかたむけながら、
「ハバロフスクだけなんですか? その研究
「情報部はそう報告しています」
「
「はい」
実のところ、カリーニンはすでにその要請を出していたのだが、あえて口には出さなかった。
「それで、ハバロフスクの施設には、コンピュータでの
それができれば、ずいぶんと作戦は楽になる。なにしろこの場でコンピュータを
〈デ・ダナン〉のコンピュータ・システムは、単なる
だがカリーニンは、その
「研究施設のコンピュータは、外部の回線から切りはなされています。物理的手段で研究を
「そう……。じゃあ、
作戦
「はい。G型トマホークが
「
彼女がその時間帯を指定したのは、死傷者が出るのを
「
「
カリーニンは新たな書類を手渡した。テッサはその
「ああ、ごめんなさい。ごめんなさい」
あわてて拾おうとする彼女を、カリーニンと副長が手伝った。
「すいませんね、マデューカスさんまで」
「いえ、お気になさらずに」
マデューカス副長は、拾い集めた書類をカリーニンの方に渡し、
「カリーニン少佐……。いいかげん、紙を使うのはやめたらどうかね?」
いらいらとした
「努力はしています」
副長はこめかみのあたりを押さえながら、自分の仕事に戻っていった。
「で、この書類でしたっけ? ええと、『ゴミ係・七つの
「……ちがいます」
宗介から送られた報告書を、カリーニンはやんわりと取り上げた。
四月二五日 一六三五時(日本標準時)
東京郊外 京王線 橋本行きの各駅停車内
「もう
「あんた、あたしに恨みでもあるの?」
一語一語を
「
「言う、フツー!? ここで言う!?」
かなめは
「なによこれ、『シュワちゃん、
「俺個人の自由だ」
「そおいう問題じゃないでしょ? なんであたしに付きまとうのよ!?」
「俺が。君にか。なにを言っているのか、まるでわからん。
「これを
「だから偶然なのだ」
しばしの
『えー、次の駅は~、
かなめはスポーツ新聞を放り
「……あくまで、偶然だと言い
「そうだ。偶然だ」
「わかったわ」
電車の扉が閉まる
ぴしゃっ。
宗介が閉まった扉の向こう側で、
「ばいばーい。ヘンタイさん」
電車が発進した。宗介の姿はみるみる遠ざかっていく。かなめはベンチに座ろうと、かばんを
そこで。
いましも駅から離れようとしている車輛の窓から、宗介が
「……マジ?」
倒れたまま、ぴくりともしない。かなめはあわてて
「ちょっと、
すると宗介は何事もなかったかのように身を起こし、
「問題ない」
立ち上がり、ズボンのほこりを
「あんた正気? なに考えてんのよ!?」
「急にこの駅で降りたくなったのだ。君は関係ない」
「この
「偶然だ」
「はあ……」
かなめは頭を振り、近くのベンチに
「……これも、偶然にここで座りたくなったわけ?」
「その通り」
「ホント、もうヤになっちゃう……」
自分のひざに
しかしどうも、なにかが違う。
意志の光、とでもいうのだろうか。
試合前のスポーツ選手にも似た、強い決意とひたむきさが
だから、なおさらわからない。
そこまでして、自分の後を
「……ねえ、相良くん」
「なんだ」
「怒らないから、事情くらい話してくれない?」
「事情と言われても、俺は偶然ここにいるだけだ」
例によっての
「はいはい。そういうことにしとくわよ。じゃあ、偶然ここにいるクラスメートから、質問していい?」
「いいだろう」
「外国暮らしが長かったんでしょ? 前の学校でもこんな調子だったの?」
宗介はすこし
「そうだ。
「…………。でも、友達と別れてさびしいでしょ」
「いや。電話や手紙で連絡を取っているので、
「ヘンな答え方……」
「
「じゃあ、カノジョとかは?」
「彼女」
「うん。ガールフレンド。恋人。そーいうの」
「そういった種類の知人はいない。
「ははは。おもしろいこと言うね、その人」
「意味がわかるのか?」
「うん、なんとなく。だってさ、相良くん、ヘンじゃない」
「変か」
「ヘンね。すっごいヘン」
かなめはひとしきりクスクス笑うと、
「でもそれって、
『いいひと』の中に、彼女自身が入っているかどうかは考えもしなかった。
「
「や……やだ、マジで受け取らないでよ。あたしは関係ないからね」
「そうか。では忘れる」
「やっぱりヘン」
もう一度、かなめは笑った。
いつのまにか、彼女はほのかな
まあ、しばらくはこのままでもいいか……かなめは自然とそう思っていた。
次の電車の
四月二五日 一九〇五時(グリニッジ標準時)
日本海
月明りが、海面の下にまで弱々しくそそぐ。その中に、黒一色で
強襲揚陸潜水艦〈トゥアハー・デ・ダナン〉の外見は、背びれの短いサメのようにも見える。ただしサイズは数百倍だ。新宿の
静かに。とても静かに。
その〈トゥアハー・デ・ダナン〉の背面に、動きが見えた。
直後、その発射管から、
しぶきをあげ、海面から飛び出したトマホーク・ミサイルは、
「発射シークェンス完了。
中央
「はい、ごくろうさま。では予定通りに、深度一〇〇まで
報告にうなずき、テッサが告げた。
正面スクリーンのステータス・ボードに、
「問題ありません、
副長のマデューカス中佐が言った。ひょろ長い
「じゃあ、
まったく
一〇年以上
「アイ・アイ・マム。メイン・バラストタンクに注水。潜航角度一〇度。速力一〇ノット」
航海長が
巡航ミサイルを
「さて……結果がわかるのは三時間後ですね」
「はい。それまでお休みになってはいかがです?」
マデューカス副長の
「そうしたいけど、悪い夢を見そうだから、やめておきます」
なにしろ、巡航ミサイルはいまも飛び続けているのだ。
攻撃が成功すれば、敵施設の
「それで、少佐。研究所を
彼女は
「はい。ですが……」
「なにか問題が?」
「いえ。私の思い
そう言いながらも、カリーニンの顔は
四月二六日 一〇三八時(西太平洋標準時)
ソビエト連邦 ハバロフスク KGB支局ビル
「研究所は
受話器に向かって、大佐は
「まさかミサイル攻撃とは……。
『それはご
電話のむこうから聞こえるガウルンの声は、あくまでそっけなかった。
「もはや少女を
『そうかね。気の毒にな』
「
『まあ、
あまりにもガウルンが平然としているので、大佐は
「……どういうことだ?」
『なにが?』
「
『仕事はほかにもいろいろある。
「手土産だと?」
そこで、受話器にコツコツとなにかを当てる音がした。
『
「? いや……」
『DVDだよ。いい音だろう? 中身にぎっしりと、
ガウルンはくぐもった声で笑っていた。
「研究データか?
『
電話は切れた。
だれかが
「スミノフ大佐ですね?」
若い中尉が進み出た。
「あなたの『
「待ってくれ、私は……」
「
その言葉は、ロシア人にとって
肩を落とし、大佐は兵士たちに
四月二六日 二〇〇一時(日本標準時)
東京 調布市 タイガース・マンション 五〇五号室
一日中、部屋に閉じこもっているのは
今日は日曜日で、かなめは昼
夜の八時をいくらか過ぎたところで、かなめは
「二〇〇六時、天使が帰宅。異常はなし」
手元のマイクにつぶやく。ややあって、クルツが
「たっだいま~~~。はっは。おう、がんばっとるね、ネクラ
近くにくると、ビールくさい。宗介は
「
「へっへ。
鼻の下をのばす。
「……なんだと? かなめの友達の恭子か」
「そっ! 道に迷ったフリして。カナメとキョーコと、ユカとシオリにアタックよ。『ホント、助かりましたー。ニッポンの女のコ、みんな親切ですー』ってな。うははは」
こそこそと
『……ったく、このバカ、なんとかしてよ』
ASで、例のトレーラーに帰ってきたマオが、
「しっかし、みんなカワイイなぁ!
「クルツ。
「ああ? おまえバカか? 親しくなって、すぐそばにいた方が、監視も護衛もやりやすいに決まってるじゃねえか」
「情が移れば、それだけ
「理屈で戦いができるか。ヤバい空気ってのはな、頭じゃねえ、
「しかし……」
「違うか?」
宗介には答えられなかった。応とも否とも言えない。それになんだか、
「いまひとつ
「いろいろ聞いたぜ。おまえのコトも話してた。『そうそう、最近、ちょーヘンな転校生が入ってきたの! ね、カナちゃん』とかなんとか」
宗介は耳をひくつかせた。
「……なんと言っていた?」
「ふふん。聞きてえか?」
「別に……いや。任務だ、聞いておこう」
「ダメだね。『聞かせてください、サー』と言え」
「…………」
「うそうそ。そんな
クルツががらりと真顔になって、監視モニターのひとつに飛びついた。宗介が
「二一二一時、バルコニー側に
宗介はレコーダーに
モニターの映像は、かなめのマンションをバルコニー側から映したものだった。向かいのビルの屋上に、
画面の左端、上下に
「まさか……
九ミリ
「わからねえぞ。近くに仲間がいるかもな。周辺の車をチェックしねえと」
『ウ
「ウルズ6
クルツは宗介のバックアップに回り、狙撃ポジションにつく
『
「わかった。一二〇秒くれ」
宗介は
二分後には、宗介はかなめのマンションの屋上に着く。
手すりにザイルを固定すると、手早く
『
「
『だれに向かって言ってんだ、タコ』
そこで、M9のマオから連絡。
『
「ウルズ7了解」
『殺しちゃ
「わかっている」
宗介は屋上から身を投げ出した。ザイルのかすかな
降下速度をゆるめ、一度大きく壁を蹴る。
「動くな」
「っ!?」
組みつき、相手の後頭部に
「
男は
「それでいい。命は大切にすることだ」
宗介は相手をバルコニーの
「…………?」
財布の中には学生証が入っていた。
〈
それは宗介の通っている高校のものだった。しかも、同じクラスだ。
『
「なんだ」
『ソースケ……。そいつが
男は両手に、小さな布きれをいくつか握っていた。
「む。これは……」
『パンティだよ。ああ、うるわしき純白! 交信終わり』
向かいのビルに目をやると、
『……ったく、カンベンしてよ』
マオのぼやき声。むこうの駐車場では、かすかな大気のゆらめきが遠ざかっていく。ECSを作動中のM9が、
「どういうことだ?」
「しゃべってもいいぞ」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!」
少年は泣き
「静かにしゃべれ……!」
宗介は
「ごめんなさい。タイホはしないで」
「俺は
「タイホしないの?」
「しない。安心しろ」
宗介は身を引くと、少年を起き上がらせた。
「あ、ありがとう。君は……うちのクラスの相良くんじゃないか」
「人違いだ」
「ええ? でも……」
「人違いだ」
拳銃の
「そ、そうだね。でも、どうして?」
「俺のことはどうでもいい。おまえ──風間とかいったな。ここでなにをしている」
風間信二は、
「見ての通り、下着ドロだよ。君も?」
「ちがう。
「……あ、そう」
首をひねりつつも、信二は
「彼女の
「別に……僕が欲しかったわけじゃないんだ。ただ、村野たちが……」
「ムラノ?」
風間信二は事情を話した。
どの学校にも不良グループのようなものはある。信二はその連中に命じられ、こうして下着を盗みにきたというのだ。なんでも信二は写真部で、一年間かけて
「
「……っていうほど悪いやつじゃないんだけどね。僕に『
おそらく、その不良生徒はかなめに
「……事情はおおよそわかったが、本人に
自分が
「そりゃあ、そうだとは思うけどね。でも、ネガは返してほしいし」
「なんの写真だ」
「アーム・スレイブだよ。
「ほう?」
宗介はおもわず身を乗り出していた。
「日本中の
「いや、別に、好きというわけでは……」
「沖縄に
M6とは、九〇年代初頭に
「なに。するとA2型か?」
「うん。よく知ってるね。
「そうか。動きはどうなのだ、実際」
「基地の人と話したけど、バランスがイマイチなんだって。あれの
えらくマニアックな単語の
「なるほど。そうかもしれん」
「せいぜい
いつのまにか、二人はその場にあぐらをかいていた。
まったく、風間信二の軍事知識ときたら、プロの宗介でも舌を巻くほどだった。なまじ
「君の知識には感心したな。とても民間人とは思えん」
「いやあ、僕なんかまだまだだよ。相良くんもずいぶん
「いや、俺などは……」
オタク同士の情けない友情が
「お……」
バスタオル一枚だけをまとったかなめが、そこに立っていた。はじめて二人に気付いたらしく、その場で
「……なにやってんの?」
かなめはバスタオルの合わせ目をきつく握り、二人にたずねた。
「……ふむ」
宗介はそこではじめて、自分が下着の一枚を、意味もなく片手でもてあそんでいたことに気付いた。それでも彼は、
「千鳥。偶然だな」
かなめは金属バットを取りに、部屋の奥に引き返した。
「すげえアザだな……」
「本気で
「四階から?」
「そうだ。桜の木に突っ込んで、その後に地面へ」
「殺す気かよ、おい……」
「俺も危なかった。なんとか逃げおおせたが。護衛の対象に殺されたと知ったら、少佐がどんな顔をしたか……」
「んー。でも、なんとなく想像できるな」
一度ため息をついて、
「彼女には、今度こそ完全に
「そりゃ、無理もねえよ」
すこしたって、M9のマオが連絡を入れてきた。
『ふたりとも。いま、〈デ・ダナン〉と通信してたんだけど』
「
『そう。
「どういうことだ?」
『彼女を
細かい事情はわからなかったが、問題の
「では、いまから
『うんにゃ。一週間休みをやるってさ。次の任務はそれからだって』
「マジ? やったー!」
クルツが
「俺はあさってから修学旅行の予定だった。四泊五日で」
『「楽しんでこい」だって』
「少佐が?」
『うん。旅行代は出してやったんだから、元は取れってさ。命令だそうよ』
「しかし……」
「行ってこいよ、ソースケ。カナメはもう
クルツの言葉に、宗介はしばらく考え込み、
「いいだろう。これも
四月二八日 〇九一五時(日本標準時)
東京 羽田空港
『楽しんでこい』とは言われたものの、次の日からの宗介は、どうにも
かなめには
「まあ、無理もないよね」
空港のベンチに腰かけて、風間信二は悲しげに言った。
「ベランダでパンティいじって
あの一件以来、信二はなにかにつけて宗介に話しかけるようになっていた。
陣代高校の二年生はいま、空港の控室で
「
「ああ」
さっさと〈トゥアハー・デ・ダナン〉に帰りたい気分だった。次の任務に
修学旅行にいくなどと、どうして
「はい、じゃあ四組の人! 搭乗券を持って移動してーっ!」
「ほら、相良くん。飛行機に移れってさ」
「ああ」
ホールのガラス
そのスチュワーデスは、修学旅行客を
沖縄行きのこの便には、陣代高校の生徒のほか、八〇名ほどの一般客も
これからの数時間を
「もしもし?」
搭乗口から機内に入ってきた客に声をかけられ、スチュワーデスは
「私の席はどこですかな?」
その客は搭乗券を差し出していた。
「……
プロ
「大変ですねえ。ああいう高校生がわんさか乗ってると、気を
「いえ、それほどでは」
「私だったら
「は……?」
「
「お客さま……」
「
客は笑い、自分の席に向かった。いやな笑い方をする男だと、スチュワーデスは思った。
四月二八日 〇九五八時(日本標準時)
東京上空 JAL九〇三便
ジャンボ機は羽田を
はじめて飛行機に乗る恭子は、
「うわー! ねえねえ、あれ、レインボー・ブリッジかな? すっごーい!」
「そーね」
「……カナちゃん、聞いてる?」
「うん」
「あ、自由の女神だ!」
「へえー」
「エッフェル
「ホントだ」
かなめもやはり、覇気がない。恭子は彼女をつついて、
「ねー、どうしたの? 昨日からずっとヘンだよ? なんかあったの?」
「うーん……。別にィ」
どちらかというと、
先週、
信じたあたしがバカだった。そう思うと、どうにもブルーな気分になる。
「相良くんのこと?」
恭子がいきなり
「な、ナニをいきなり。んなわけないでしょ? う、うはははは」
例の『おしまい』サインだったが、恭子は話をやめようとはしなかった。
「やっぱり。日曜日は『
「別に……」
「ねえ、カナちゃん。もし……もしも人に相談できないようなコトされたんだったら……あたしにだけは話してくれない?」
「はあ?」
恭子はかなめの手をとった。
「ちゃんと病院にもいかないと。あたしが付き
「ちょっ……」
「あいつにも
「なんの話よ、そりゃ!?」
そこで機体が大きく
「きゃっ……」
恭子が小さな
「だいじょーぶよ。これくらいなら……」
かなめは投げやりな調子で言った。
「でもヘンね。こんな天気がいいのに……」
前の席の生徒たちが、ざわついていた。かなめは不審に思い、前列の友人の
「どしたの?」
「わかんない。なんか、揺れる前にパンクするみたいな音がしたって……」
「パンク?」
機内の放送が入った。男の声で、
『お客様にお知らせいたします。ただいまの揺れは、
それだけだった。
「ヘンね」
かなめはポツリと言った。恭子はけげんそうに、
「どおして?」
「だって
彼女は正しかった。
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