1:通学任務
四月一五日 二一三七時(現地時間)
ソビエト連邦東部 ハバロフスクの南東八〇km
どうせなら殺してほしい。
はげしくバウンドする車体に
ぬかるんだ道から
ドアミラーの中に、女の顔が
なにかに
そもそも練習にいけなくなって、どれくらいの時が
一週間? 一カ月? それとも一年?
いや。時間など、どうでもいい。どうせわたしは帰れないのだから。
だから、さっさと殺してほしい。
「あともうすこしだ」
ハンドルを
「あと数キロで
うそだ。
この人はうそをついている。こんな車で、逃げ切れるわけがない。
あの連中は自分を
《なんでもするから、ここから出してっ!!》
声は
そして、自分はどんどん
──楽しいのはツメを
「よせ!」
少女の手を、男が横から
「噛ませて。じゃなきゃ殺して。噛ませせ、てじゃ、なきゃころ、ここ、ころ……」
壊れたラジカセのような、
「なんてことだ。まったく、なんてひどいことをするんだ。クズどもめ」
それはたぶん──ロケット
正面から
フロントガラスが粉々になって、二人の身体に
少女はドアの
もしこの
少女の身体は
「…………」
人形のように身を横たえ、彼女はしばらく動かなかった。
身を起こそうとすると、どうしても右肩に力が入らなかった。
「……これを」
赤い
「南へ……まっすぐ……」
なぜか、男の目は
「早く……逃げ……」
それきり、男はしゃべらなくなる。
涙をためた目は、半開きのままだった。
彼女は
かりかりと親指の爪をかじりながら……のろのろと足を引きずりながら……。
ヘリの飛ぶ音が近付いてきた。大気を打ち鳴らすローター音。
ふりあおぐと、木々のむこうから灰色の
『止まれ』
ヘリのスピーカーが
『止まらなければ
だが、彼女は立ち止まらなかった。なにも考えずに、ただひたすら歩き続ける。
スピーカーのむこうで、かすかにくぐもった声がした。
『どこに逃げる気かな?』
『悪い子にはお
動く方の
『ほら、危ないぞ』
四発、五発と、
少女は息も
『見ろよ、かわいそうに。あんなボロボロになって、まだ逃げ──』
その声が、いきなり
『え、ASだ。高度を──』
パイロットの言葉はそこまでだった。
金属の
ナイフ。
それは巨大なナイフだった。人の
そのとき、
影は彼女をまたぎ越えて、その腕を広げ、両足を踏ん張り、
ヘリはそのまま
見上げると、巨大な影は、前半分の潰れたヘリを上半身で受け止めていた。背中をそらし、重たげに。腕、腰、すべての
それはヘリを
ぐしゃぐしゃになったヘリの
燃えさかる炎を背にして、影──全高およそ八メートルの影が振り返る。
それは力強く、
「アーム……スレイブ……」
ぽつりと少女はつぶやいた。
機械
『
人型兵器が言った。落ち着いた男の声だ。
『君とヘリとの
空気のもれる音と共に、アーム・スレイブの
その兵士は、黒い
アーム・スレイブの
まだ若い、東洋人の兵士だ。
少年兵といってもいい。ひょっとすると、彼女とほとんど変わらない
ざんばらの黒髪。目つきは
「痛いところはあるか?」
操縦兵がいきなり日本語でたずねたので、彼女はわずかに
「…………」
「日本語はわかるな」
もうろうとしながら、彼女は小さくうなずいた。
「……あの人の仲間なの?」
「そうだ。〈ミスリル〉の人間だ」
「みすりる……?」
「いずれの国にも
「…………」
兵士は
「……あの人、死んだわ」
「そのようだな」
「わたしを
「そういう男だった」
「悲しくないの……?」
少年兵はテープを動かす手を止めて、
「わからん」
肩と腕をテーピングし終えると、兵士は
「わたしを……わたしをどうするの?」
「連れて帰る」
「どこに……?」
「まず
「おれ……たち?」
彼女の
「心配はいらない。俺の仲間だ」
だんだんと
「……あなたの名前は?」
彼女は
「あまりしゃべらん方がいい。体力を
「教えて」
若い兵士はすこし迷ってから、名乗った。
「
それを聞くか聞かないかのうちに、彼女は意識を失った。
四月一五日 一六一一時(グリニッジ標準時)
日本海 深度一〇〇m 強襲揚陸潜水艦〈トゥアハー・デ・ダナン〉
巨大な
〈トゥアハー・デ・ダナン〉が
任務を
「おー、ソースケ」
ふりむくと、
クルツは
しかし、それだけだった。
「
クルツはしゃべるとボロが出る。品位と
「俺は
宗介は
「ホント
「
「
「いや。
宗介やクルツたちのASは、M9〈ガーンズバック〉と呼ばれている
「まあ確かに、この機体じゃなきゃ、できねー
クルツは
このアーム・スレイブという兵器が生まれたのは、一九八〇年代半ばのことだった。当時の
『
うさんくさい
あらゆる
どんな天才が、どんな頭脳集団が、この開発にたずさわっていたのだろう?
だれもが
オカルト畑のUFO研究家たちは、『宇宙人が
そして十数年。AS技術は
「……それはそうと、おまえが
クルツは思い出したように言った。
「助かるのか?」
「ああ。でも、ひどいドラッグ
「
「カンナビノイド……とかなんとか、そーいう
「治るのか」
「さあな。治るにしても、長くかかるだろ」
「…………」
宗介たちは、あの少女が何の実験材料にされていたのかを知らされてなかった。彼らの上官は、その内容を知っている様子だったが、現場の
死んでしまった男は、〈ミスリル〉の情報部に
その結果が、例の
宗介たちが押し
「あ、いたいた」
彼女は宗介たちを見付けると、早足で近付いてきた。
マオは中国系のアメリカ人だった。二〇代半ばで、宗介らと同様、ASの
「
宗介は
「……なんだい、
またなにか小言か、とでも言いたげな顔で、クルツがたずねた。
「なに、その顔? なんか
「別にィ」
「だったらその、ひきつった口やめな。ただでさえ三枚目なんだから」
「い……言ってくれっじゃねえか。『エスクァイア』とかでモデルやったこともあるこの俺様によー」
その顔を、マオは大きな
「ああ、あれ見たよ。ニカーって笑ってバカヅラさらしてさ。あたし、チャーリー・シーンの『ホット・ショット』とか、そーいう戦争コメディのポスターかと思った」
「ぐぐっ……このクソアマ……」
マオがいきなりクルツのほっぺたをつかんだ。
「
「『この』、なんだって? ん? んん?」
「
「よろしい」
宗介は二人のやりとりを
「おいしかった?」
「うむ。
あいかわらずのむっつり顔だったが、こころなしか幸せそうにも見える。
「そお、よかったね。んーでね、ソースケ。
「
「クルツもね」
「ええ? だってさっき、もう休んでいいって……」
「じゃあ
マオはからからと笑って、その場を去っていった。
「ちくしょう、あのアマ、いつかヒデえ目に
マオの背中に向かって、クルツは中指を立てる。宗介はそれを見て、
「何のまじないだ?」
不思議そうに言った。
「入れ」
宗介とクルツは
書類と
オリーブ色の戦闘服。整った顔の
このアンドレイ・カリーニン少佐は、彼らの作戦
「
宗介は
「来たっすよ」
クルツはいいかげんに
カリーニン少佐は書類から目を外すと、それを裏返しにして
「任務だ」
何の前置きもなしに切り出す。別の書類を取り出して、宗介たちの前に放り、
「まず、目を通せ」
「はっ」
「へいへい」
二人は書類を回し読みした。それはだれかの
写っているのは東洋人の少女だった。
年は一二歳前後といったところで、母親とおぼしき女性に
クルツが
「ほっほ。こりゃあ、
「写真は四年ほど前のものだ。その少女は現在一六歳になる」
少佐がつけ加えた。
「へえ。そっちバージョンの写真は?」
「ない」
宗介はそのやりとりに関心も見せず、
〝千鳥かなめ(Tidori Kaname)〟
現住所は日本、東京。父親は
〝ウ■■■■ドに
「で、このコがどうかしたわけ?」
「するかもしれん」
「はあ?」
少佐は
「……
「そりゃまた、なんで?」
「諸君には知る必要がない」
「あ、そう」
つまり、この『千鳥かなめ』という娘は、
しれないだけ。
くわしい理由も、背景もわからない。なんともあやふやな話だった。
「それで、われわれの任務とは?」
「少女の
「まあ、それはそうだけど……」
クルツの父親は新聞社の
「マオ曹長にはすでに話してある。三人で当たれ」
「三人だけ?」
「人手が
「キツいぜ」
「そのための君たちだ」
宗介たちは単なるASの操縦兵ではない。
「とはいえ──マオ曹長の強い
クルツと宗介は、ぽかんとした。装備クラスB。少佐は、アーム・スレイブを持っていけと言っているのだ。
「だって……都会のド真ん中っすよ?」
「ECSを
アーム・スレイブを始めとして、現用兵器の多くは『
つまり、
エネルギーの
「M9を一機、持っていけ。武装は最低限で、外部コンデンサーを二パック
「はあ」
「……さらに、この任務は
クルツは整った顔をしかめてみせた。
「ンだって? それはいくらなんでも……」
「
宗介がつけ加えた。本人の
「やり方
「あ、なるほど」
クルツはぽんと手をあわせ、少佐とそろって宗介を眺めた。
「?」
二人が自分を
「少佐殿。それは、もしかして……」
カリーニン少佐は命令書にサインを入れながら、
「まずは文書の
「何の書類ですか」
わかっていながら、相良宗介は
「決まっている。転入届だ」
四月一六日 一一五〇時(グリニッジ標準時)
宗介はむっつりとカメラのレンズをにらみつけた。
「もっと笑え、ソースケ」
うながされた宗介は、苦労して、
「そのままだぞ。
シャッターを切る。
とたんに、宗介はもとのむっつり顔に戻った。
クルツはため息をついた。
四月一七日 二一二〇時(グリニッジ標準時)
テーブルの上にぶちまけられた品々を見て、宗介は
「何だ、これは」
ブラシとムース、CDウォークマン、五木ひろしとSMAPのCD、
「日本の高校生が持ってそうなモノをねー、
メリッサ・マオは、
「そうか。……これは何だ?」
正方形のビニールで
「コンドームよん。うふふ」
「知っている。だが、なぜ高校生がこんなものを使うのだ」
「またまた先生、とぼけちゃって! このスケベ!」
「? なにを言っているんだ?」
宗介は
「俺も何度か使ったことがある。このゴム製品は、ジャングルで
「………………」
「水が一リットルも入るんだぞ?」
「あぁ、そう」
マオはため息をついた。
四月一八日 一〇〇六時(グリニッジ標準時)
「いいか、見てみろ」
ビデオデッキのリモコンを
「これが日本の高校生だ。よく覚えておけ」
画面には、どこかの教室が映っていた。夕暮れ時らしく、生徒の
一人は男子で、もう一人は女子。広い教室なのに、わざわざ部屋のすみに
『オレさ……いままで、おまえのこと、ただの
男子生徒がぐずぐずと話すのを、女子生徒は黙って聞いていた。
『でも、やっと分かったんだ。……オレ、おまえが……おまえのことが……』
『トオルくん……!』
ひしと
『ナオミ……!』
『……ひどいわ』
つぶやくと、第二の少女は泣きながらその場を走り去った。男子生徒はそれを追おうとして、最初からいた少女に引き止められ──
「どおだ?」
クルツは宗介の
「まるでわからん。……後から来たあの女は、なんで逃げるんだ?」
「逃げるって、そりゃおめー……」
「いや……。そうか。秘密を知ったので、
クルツはため息をついた。
四月一九日 〇三三〇時(日本標準時)
三浦半島沖 海上 〈トゥアハー・デ・ダナン〉
やかましいエンジン音がひびき渡る。
海面に
その甲板上で、七枚ローターの輸送ヘリが発進を待っていた。
ヘリの後ろの
となりのマオはその書類をのぞきこみ、
「名前、本名でいいの?」
「どうせあの国には、俺の
「まあ、そうだろうけど……」
「問題ない。出してくれ」
ヘリは発進位置に向かってするすると進み出した。
「……しっかし、ホントに
後ろの席のクルツが言った。
「最善は
「テッサが心配してたよ?」
マオが言った。『テッサ』とは、この〈トゥアハー・デ・ダナン〉の
「
「そういう問題じゃなくてさー……」
そのとき、ごついヘルメットを
四月二〇日 〇八二〇時(日本標準時)
東京
「もー、さいてい……」
どこまでも晴れ渡った空の下、
こげ茶色の
そして、くりかえす。
「もー、ホント、最低っす」
「また。カナちゃん、今朝から耳タコだよ。そんなにムカついたの?」
「……だってさー、すンげえベラベラしゃべるのに、中身が全然ないんだもん」
きのうの日曜日にデートした、男子生徒についての
「せっかく付きあってやったんだから、もうちょっと深い話できないのかしらね?」
「んー。そうだね」
クラスメートは、
「
「んー。そうだね」
「『そうだね』じゃないでしょ、キョーコ!? あんたが
「だって、
「じゃあ、なに? あたしを『マカオに売り飛ばせ』ってだれかに頼まれたら、キョーコはそうするわけ?」
「んー。そうだね」
「……あーあ。もー、このアマは。……と?」
校門のあたりに、生徒の列が見えた。
「げげ。も、持ち物
かなめの顔がわずかに曇った。生活指導の教諭たちが、登校してきた生徒たちのポケットやカバンを、次から次へとチェックしているのがわかる。
「あー、本当だ……。って、カナちゃん、なんかヤバいモノ持ってるの?」
「うえ? 別にそういうわけじゃないけど……」
ただ単に、カバンの中に『マーフィーの成功哲学・歴史編 キミも孔明のように生きよう!』だとか、『イルカたちの警告 ─さようなら、魚をどうもありがとう─』だとか、『奇跡の考古学 死海文書はモアイが書いた!?』だとかいう、わけのわからん本が入っているだけである(別の友達に借りてたので、返しに持ってきていたのだ)。
「だったらいいじゃない。マシンガンとかバクダンとか持ってたら問題だけど」
「どこの世界の住人よ、そりゃ。……ん?」
校門のむこう、列の先に、人だかりができていた。なにか口論の声が聞こえる。
「なんだろ?」
かなめと恭子は興味本意で、人だかりの後ろから様子をうかがった。
彼女らの担任の
「転校初日からそういう
「は、いえ……」
「そのカバンの中身を見せない限り、
「ですが……」
あくまで冷静を
「だれ、あれ?
みんなと同じ詰め
ハンサムと言ってもいいのだろうが、それよりまず、いかつい
「いいから見せなさい! ほら!」
神楽坂恵里は、その生徒の手をひっぱたき、むりやりカバンをひったくった。
「あ……」
「まったく。どうせタバコでも持ってるんでしょ?」
カバンを開け、中を探る。教科書をかきわけ、ノートをかきわけ──
いちばん下から出てきたのは、オーストリア製のマシン・ピストルと、その三四連マガジン三個だった。ほかにもチューブ式のプラスチック
「……きみねえ」
「はっ」
こまり顔の男子生徒。
「こういうオモチャは
「……は?」
「ほら、きみは先に
生徒はぽかん、とする。
「やだ、
「はは、でも、なんだかおもしろそうな人じゃない?」
恭子の予想はおおよそ当たっていた。
世界各地を
気の毒な話だったが──
ただの
(まさか
静まり返った
最初、生活指導部の教師たちに『カバンの中身を見せろ』と言われた時は、『早くも
だが、どうやらああした
(銃器や爆発物を持ちこむ生徒が多いということか? そうは見えないが……)
もし一般生徒が銃器を学校内によく持ちこむのなら、これからの護衛はひどく苦しいものになるだろう。通りすがりのバレーボール部員が、いきなりサブマシンガンを
とはいえ、学校裏の
「
小声で腕時計にささやいてみる。
『ハラ
耳のレシーバーに、クルツの返事。まだ朝なのに、
(とりあえずは
前を歩く神楽坂恵里は、二〇代半ばの女性だった。
「……先生」
「ん、なあに?」
「例の銃ですが……」
「ああ、あれならちゃんと返してあげるから。学期の終わりにね」
すこし
「いえ、そういう問題ではなく……。あの銃の
「? ああ、そう」
「非常に
「わかったから安心しなさい」
わかってない。安心できない。宗介は口をむすんで頭をふった。
恵里の後に続いて入ってきた
(ほら、あいつ……!)
(さっきの
ざわめく生徒たち。それを教諭は静めるべく、
「はい、みんな静かにして! 新しいクラスメートを
「じゃ、相良くん。
「はっ」
宗介は一歩進み出ると、『休め』の
「相良宗介軍曹であります」
よく通る声で言った。言った直後、自分のバカさ
(サルガッソーっす、ケゲンそう……?)
(ちげえよ、
(グンソーって、軍隊のグンソー?
たまにいるバカのタワゴトだろうと、ほとんどの生徒が
「静かに! ほら、まだ続くから! 相良くんも、ふざけてばかりいないで!」
「も、
こんな種類の
「……相良宗介です。
それきり、
「……それだけ?」
「はっ。それだけです」
恵里は生徒たちに向きなおり、
「だれか、質問は?」
「はい! 相良くんは、どこから来たんですか?」
生徒の一人がたずねた。
「いろいろです。アフガン、レバノン、カンボジア、イラク……。長く
今度はクラスがしんっ、となる。恵里は気まずい
「つまり……相良くんはね、小さな
「そうです」
彼女が読んだはずの転入手続きの書類では、宗介の前の住所は『アメリカ合衆国・ノースカロライナ州・ファイエットビル』と
別の生徒が手を
「
それに宗介が答えようとすると、
「やっぱモデルガン?」
だれかの横ヤリが入り、一同がどっと笑う。
「……いえ、
これは本当の話だった。〈ミスリル〉の西太平洋
はっきり言って、暗い。
「どんな本読むのーっ?」
後ろの席からの質問に、宗介はわずかに瞳を明るくした。
「はっ。おもに技術書と専門誌です。ジェーン
し───ん…………。
言葉を失った宗介は、自分のつま先に
「……忘れてください」
それ以前に、だれも覚えていない。続いて別の女子生徒が手を挙げた。
「えっとぉ、好きなミュージシャンとかはいますかぁ?」
この質問には困った。宗介は音楽をまったく
(む、そうだ……)
彼は出発前、マオ曹長が艦内から集めてきたCDを思い出し、自信を持って答えた。
「はっ。五木ひろしとSMAPです」
四月二〇日 一五〇八時(日本標準時)
東京 陣代高校 体育系クラブ部室棟・二階
「
胸のリボンタイを
「なんか、言ってることが
ベラベラまくしたてる。
ボタンをはずしてブラウスを
「ああ、もうっ」
小さな
「授業中は
となりで
「そうだった?」
「そうだったよ。あーいう風に落ち着きのないヤツって、見ててイライラしてくんのよね」
「じゃあ、見なきゃいいじゃない」
「み、見てないわよ、あんなオタ」
ブラの位置を直しながら、かなめは続ける。
「……しかもね、しかもね。たまに目が合うの。こっちを見てるのよ!」
「だれが?」
「決まってるじゃない、あいつよ! 『たまたま、
「まあね、カナちゃん、きれいだから……」
ややヒガミのこもった声で、恭子はつぶやいた。アンダー・ソックスをはくと、オレンジのズボンに手をのばす。
「はは、ありがと。でも関係ないよ。あれは
「……なんかカナちゃん、ずーっと
「そお?」
そのころ。
宗介はグラウンドを
彼は手にした用紙をもう一度
「そうだよ」
恭子は友人の
かなめは口は悪いが、その実、なかなか
そのかなめが、ろくに知りもしない相手をあげつらって、しかも本人のいない場所で
「そんなに彼が気になるの?」
「ん……なワケないでしょ!? う、うはははは」
この『うはははは』についても、恭子はよく
「さ、行こっか」
ユニフォームに着替え終わると、かなめと恭子は部室を出ていこうとした。
ノック二回に
ドアを開けた男子生徒──宗介──と、更衣中の女子との目が合う。
「き……」
『っっっきゃあぁぁぁぁ───────っっっッ!!』
窓を震わす
「!?…………!!」
それ以上に
まず、
次に部室に飛び込むと、目の前に立っていたかなめの
「全員ふせろ、ふせろっ!!」
身をひるがえし、戸口に向かって
この間わずか二秒弱。
「! っ…………。…………?」
戸口には、だれもいない。いるわけがない。
「?……?…………?」
首をめぐらし、部屋を見まわす。
一〇分後、ようやく
「まだこんなモノを隠し持っていたとはね……」
部員の
「はっ。……
いくらか
まるで
「これも
「はっ。しかし……」
「しかし、なに?」
「弾は抜いておいてください。
「はいはい、まったく……」
恵里は立ち上がると、
「千鳥さん、後は
「ええ? でも……」
「これから
かなめを
「さて……」
かなめと恭子、ほか数名の女子が、宗介を見下ろす。
「ジュネーブ
「なにそれ?」
「……なんでもない」
かなめはそんな協定など知らなかった。しかも、あろうことか、『ジュネーブ』という場所はブラジルの
「で、さて……相良くん。どういうつもり?」
かなめは、とげとげしい声でたずねた。
「デバガメだけならまだしも、なんなの、あの
「さ、最高……?」
異常なのに最高? この
などと、永遠にして
「サイコよ、サイコ!」
かなめは、自分のこめかみに人さし指を突きつけ、ぐりぐりとねじって見せた。さらに
「ほら見なさいよ、このヒジ! ちょっと
『言われてみれば……』
「その程度なら、すぐ治ると思うが……」
言わなきゃいいのに、言ってしまう。いっせいに周りの女子生徒たちが、
「ひっど──いっ!!」
「女の傷って、一生モンなんだよ!?」
「こいつ、サイテーじゃない?」
四方八方から
「ほら、なんとか言ったらどう?」
「カナちゃんに
とにかく彼女らは、自分の
「……
それなりに
「じゃあ、どう思ったのよ!?」
「言えない。君には知る
誠意は
「はあ? 『資格』ってなによ!? 言いなさい!」
「
かなめは前髪をクシャクシャとかいて、
「そもそもねえ、あなたナニしにここに来たのよ?」
「入部を希望しにきた」
宗介は
『はあ?』
「俺は前の学校でも、君たちと同じクラブで活動していた。なかなかの
用意しておいた
「あのね、相良くん……」
かなめは頭がくらくらしてくるのを
「ここはね、女子ソフトボール部なのよ?」
宗介は
「……男は入れないのか?」
「当たり前でしょ!?」
彼はすこし考え込み、
「……だがこの場合、性別は重要な問題ではない」
「どーいう場合よ!?」
一同は宗介を椅子ごと外に放り出し、階段の上から
四月二〇日 一八四五時(日本標準時)
東京
ファインダーの中で、黒髪の少女が
「一八四五時、『天使』が
すぐそばの
彼女のいる部屋は、〈ミスリル〉の情報部が大急ぎで用意した、監視・
広い部屋の中には、ろくな
「……しっかしまあ、トーキョーの
マオは
ほどなく宗介が帰ってきた。
彼の
「なに、それ?」
「見ての通り、パイプ椅子だが……」
答えながら、苦労して
「そんなことはわかってるわよ。なんであんた、パイプ椅子なんか引きずってるの?」
「手錠が外せないからだ。ヒンジ式だし、
「あのねえ、ソースケ……」
マオは
「すまん」
礼を言って、宗介は事情を話した。
「──というわけだ。センガワ駅で
マオは頭を
「いや、ちょっと頭痛が……」
「そうか。すこし休んだ方がいいぞ」
小さな電子音。クルツから
『ウルズ6だ。いま帰った。どっちでもいいから代わってくれ~』
クルツのM9は、近所の
「クルツ、だれかに気付かれなかった?」
『ジイさんを
なにしろ、通行者にはM9が見えないのだ。ましてや
「やっぱりこのやり方、ダメなのかしらね……?」
「
「うーん。火力とセンサーが
マオは
この
そしてマオは、世界一ぜいたくな軍隊──すなわちアメリカ軍の出身だった。
「M9は、なるべくカナメのそばに置いておきたいのよ。
「あんたがそう言うのなら、俺は反対しない」
宗介はチーム・リーダーの意見を
『とっとと
クルツが
「ちょっと待ってな。……っと? カナメに電話よ」
そう言って、マオは監視機材のスイッチをいじりはじめた。
「ソースケ、聞く?」
「……一応、聞いておこう」
電話は、米国の東海岸に在住の妹からのものだった。
かなめは肉親と
「……なかなか泣かせる話じゃないの。一人暮らしの
マオは
「よくわからんが、
「彼女は……昼間に話した時とは
「当たり前でしょ。相手は実の妹さんよ?」
「……そういうものか?」
「そういうもんよ」
「ふむ。それから、
「そうみたいね。……ソースケ、うれしそうね?」
「……そうか?」
窓に映る自分の顔を、宗介はしげしげとのぞきこんだ。
四月二〇日 一一三〇時(グリニッジ標準時)
太平洋 深度五〇m 強襲揚陸潜水艦〈トゥアハー・デ・ダナン〉
「……だいぶ
小劇場ほどの広さの、中央
「彼にはちょうどいい経験かと」
艦長席の
少女の手には、つい
「いい経験……ですか。『火器を
「
カリーニン少佐に『大佐殿』と呼ばれた少女は、どう見ても一〇代
大きな灰色の
それでも、襟には『大佐』の
この少女──テレサ・テスタロッサは、〈トゥアハー・デ・ダナン〉の艦長だった。
艦長である。
理由は一部の者しか知らない。
「まあ、いいでしょう。マオさんとウェーバーさんもついてるし。サガラさんも、
テレサ・テスタロッサ──
「それで、少佐。あの三人を東京に置いておくのは、どれくらいの
「問題の根元を
これほど
「こちらの作戦の
「はい。チドリだけでなく、ほかの〈
「
「
同時刻 ソビエト連邦 ハバロフスク
二台の乗用車が
その橋の中央に、三人の男がいた。
東洋人が一人。イタリア製のコートを着ている。
ロシア人が二人。いずれもKGBの
「……お寒いねぇ」
東洋人がぼやいた。ムースで
「待ち合わせ場所にここを指定してきたのは、
たっぷりとあごに肉のついた大佐が言った。
「そうじゃなくて。俺が寒いって言ったのは、あんたらの
「なんだと、
一歩前に出ようとする巨漢の大尉を、大佐は
「そうそう。さすが、大佐は人間が出来ていらっしゃる」
「……ふん。問題はわれわれの
大佐の声は
「それで、ガウルン。敵の目星は。調べはついたのか?」
「まあね。これを見なよ」
ガウルンと呼ばれた東洋人は、一枚の写真を大佐に手渡した。
「あんたから受け取った写真の一つを
写真には、
かなり人間に近い、スマートで
「なんだ、これは?
「それは〈ミスリル〉のASだよ。あんたらの手には……まあ、負えんだろうね」
ガウルンの声は楽しげだった。
「〈ミスリル〉だと?」
「世界の一〇年先をいく
「いや、名前だけは……」
〈ミスリル〉。
それが〈ミスリル〉だった。
「その正義のヒーローどもが、なぜ私の計画を
大佐の口ぶりは、まるで自分が
「そりゃあ、危険だからだろう。
「新たな
計画の
「
大佐はガウルンをいまいましげににらんだ。
「またギャラの上乗せか」
「俺はビジネスマンだからな。
「笑わせるな、黄色い
それまで
「代わりの工作員など、いくらでもいるんだぞ。それでも
「してるさ。大切なお客さまだからな」
「ほざくな。貴様のような中国人など、信用できるか」
「ふむ。俺は中国人じゃないんだがね」
「なんだろうと同じだ。ウラルの
「やれやれ……。あんた、うるさいな」
ガウルンはコートの下から、
レーザー
夜の
「これでよし。ええと……
言葉を失った大佐を
「あったあった、これだ。……大佐、どうしたんだい?」
「わ、わたしの部下だぞ。それを……」
「どうせ
殺人に対する
「ほら、さっさと
「…………」
ガウルンは書類を取り出した。一五束ほどの書類には、それぞれ写真がついている。
「さて、どれを
ガウルンが写真付きの書類を大佐に見せる。その書類には、『Tidori Kaname』の名がタイプしてあった。
千鳥かなめ。
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