ギルドにて
ロダ街道で一晩野宿をし、翌日の夕方に王都シウテルーナに到着した。
ターシトンのような田舎では仕事を終えみんな家に帰り出す時間だが、ここでは街を行きかう人々で賑わっている。
レンガ造りの街並みは精緻で美しい。道もロダ街道と同様に綺麗に整えられ、馬車も行きかっている。
街中で明かりが灯り始めており、それが夕日の色と混ざりどこか幻想的な風景を生み出していた。
「改めて見ると大きい街……」
「アイゼラデンの中心地だからな。一番安全な場所に人が集まるのは当然だろ」
魔よけの勇者の杭はその中心に近ければ近いほど、強い魔物避けの効果をもつ。
勇者の杭は王城の地下深くに穿たれていると言われており、王城を中心に王都が形成され、それを取り囲むように周辺の街や村が広がっている。
「まずはギルドに寄るんだったな。通りの邪魔だ、行くぞ」
立ち止まって街の景色に見とれていたインを置いて、エルリクが歩き出す。
「あ、待ってよ!」
インも慌てて、その背中を追いかけた。
冒険者ギルドは街の入り口の近く、シウテルーナの端に位置している。
周辺は冒険者向けの宿や食堂が軒を連ね、中央の通りとはまた違う雰囲気だ。
荒くれもののような風貌の冒険者とすれ違い、二人はギルドの建物に足を踏み入れた。
建物内には数十人の冒険者たちが、それぞれクエストボードを眺めたり、クエストに挑戦するための仲間を募ったりとそれぞれ活動している。
この間朝に来た時よりは人数が少ないが、それでもそれなりの活気で満ちていた。
インは少し緊張しながら受付へと向かう。エルリクは手持無沙汰に付いてきていた。
「あの、すいません」
「はい、どうされましたか?」
カウンターで事務作業をしていた受付の女性は、インの声に手を止めにっこりと微笑んだ。
「ええと、クエスト完了したんだけど、これ依頼者さんから渡して欲しいって……」
たどたどしく説明しながら、インは荷物から書類を出してカウンターに置く。
初めてのことばかりでこれで合っているのか分からないが、先輩であるエルリクは特に口を出してこない。
間違っていたとしても口を出さない可能性は大いにあるが。
「拝見します」
受付嬢は書簡の紐をするりと解いて、中を確認した。
「完了書ですね。はい、確かに」
受付嬢はカウンターの下に整頓されている書類の束から、ターシトンの依頼書を取り出して、完了書と一緒にすると、別の箱にしまい込む。
「ではこちらをどうぞ」
そして鍵のかかった箱から木札を一枚取り出すと、カウンターの上に置いた。
使い古された風合いの木札には、星のマークが一つ彫られている。
「これは……?」
「あ、もしかして初めてですか?」
「う、うん」
「これは失礼いたしました。冒険者ランクについてご説明致しますね!」
受付嬢はインが初心者だとしるやいなや、事務的な口調から優しい声色になり、羊皮紙を一枚取り出した。
そこには冒険者ランクを示した表が描かれていた。
「冒険者ランクは大きく分けて、初級、中級、上級がございます。それぞれご自身のランクにあったクエストを達成するごとに冒険者証に星が一つつきます。ランク以下のクエスト……例えば中級冒険者が初級クエストを達成した場合には、星が増えません」
「ふむふむ……」
インは覚えようと集中して表を見つめる。
「初級で星を5つ集めると、中級冒険者にランクアップします。ランクが上がると、新たに中級クエストを受けられるようになります。上級に上がるためには中級で星を10集める必要があります」
「つまり、クエストを全部で15回達成すれば上級冒険者になれるってこと?」
「そうですそうです!」
インの飲み込みの早さに、受付嬢は嬉しそうに頷いた。
クエスト15回と聞くと、上級冒険者への道のりはさほど険しくない気がしてきた。
「よーし、頑張ろ!」
「はい、頑張ってくださいね! 冒険者証の加工所は左手に廊下を進んでいただいて、突き当りにありますので、職人にこの木札を渡してください」
「はーい!」
インは木札を受け取って、うきうきとした足取りで受付から離れた。
嬉しすぎて星の形を何度も指でなぞってしまう。
「むふー、こんなの一年もしないで上級冒険者の仲間入りだね」
「まあ頑張るといい」
またしても興味のなさそうなエルリクに、水を差されたような気持になってインは頬を膨らませた。
「そういうエルリクのランクはどうなんだよ」
エルリクは返事の代わりに、冒険者証を取り出してインに渡した。
冒険者としての身分証だというのに扱いが雑である。
「ええと……うわ、文字かすれてる」
エルリクの冒険者証は一目で年季が入っていることが見て取れた。
細かい傷が沢山ついており、文字はかすれて読めない。銀のプレート製であることから、中級だということがうかがい知れた。
「いち、に……中級の星2? そんなに高くないんだ」
「ああ、中級クエストは数が少ない。中級クエストは常に取り合いになる」
「えっ、そうなの!?」
「ああ。特に上を目指す気がない大半の冒険者は、中級に上がっても初級クエストばかり受ける。中級クエストは危険度も跳ね上がるしな」
15回という少ないノルマでありながら、上級冒険者が少ない理由が分かった。
日銭を稼ぐためならば無理して中級クエストを受けずともやっていけるのだろう。
「エルリクもずっと中級にいるつもりなの?」
「そうだな。冒険者として名をあげる必要は特にない」
エルリクに冒険者証を返すとやはりぞんざいな手つきで、鞄の中に銀のプレートを突っ込んだ。
「僕の目的は怪異を見つけること。冒険者は各地を旅するための口実だ」
「ふーん……」
冒険者に夢を見て他国にまでやってきたインにとっては、なんだか冷めているように見える。だが、確かに旅に出られる身分は、貴族か、行商人か、冒険者ぐらいなものだ。
その上で魔物についてあれこれ聞き込みをするのなら、冒険者一択になってしまう。
「あ」
加工所に向かう途中クエストボードが視界に入り、インは足を止めた。
エルリクの言う通り、貼り出されているクエストは7つ全てが初級クエストだった。
そして左下にある、常駐クエストの古い張り紙。
「魔物ジーナフォリオの討伐クエスト……中級以上。報酬、シャルテ金貨10枚……ってすごいの?」
一般によく流通しているのは大銀貨までである。庶民であれば良く手にするのは銅貨、まとまった収入があっても、中銀貨を触る機会は滅多にない。
インが見たことがあるのは小銀貨までだ。そんな彼女にとっては金貨の価値なんて想像もつかない。
「金貨1枚で首都に家が持てる」
「家ぇ!?」
思ったよりも規模の大きい答えが返ってきて、インは思わず大声で聞き返してしまった。
「10枚もあれば、家族ごと一生食うに困らないだろうな。つつましく暮らせばの話だが」
「ひょえ……」
間抜けな声を漏らしながら、インは張り紙を食い入るように見つめた。これまで被害を受けたという14箇所の村や町の名前が刻まれている。
「一攫千金だね。それだけやばい魔物ってことか……」
「魔物どころじゃない、ジーナフォリオは怪異だからな」
「それ言ってるの多分エルリクだけだよ」
エルリクの謎のこだわりに呆れていると、背後でどよめきが起こった。
受付周辺が騒がしい。
「なんだろ?」
気になって耳を向けると……、
「ジーナフォリオを討伐しただって!?」
と驚く声が聞こえる。
「えっ、嘘!?」
「どうした?」
「ジーナフォリオが討伐されたんだって!」
まさかの事態に全身の産毛が逆立つ。
一体どんな魔物だったのか、倒した冒険者はどんなやつなのか、好奇心が刺激される。
「またか」
今すぐにでも受付に駆けだそうとしていたインはエルリクの冷ややかな反応に違和感を覚えて彼を見上げた。
感情が分かりにくい男だが、心なしか飽き飽きした表情をしているような気がする。
「またかって、どういうこと?」
「今月に入って7人目の討伐自称者だ」
「えっ、7人!? ジーナフォリオってそんなに多いの?」
「さあ? そこのあたりは不明だ」
ジーナフォリオに恐ろしいほど粘着しているエルリクが面倒くさそうに、受付の方を一瞥した。
「なにせジーナフォリオには大金がかかっている。その上、姿かたちも不明となれば、自分が倒したと言い出す輩は無限に出てくるだろ」
「あっ……そうか。でもそれじゃあ真偽が分からないんじゃ?」
インの疑問を受けてエルリクは張り紙を指さす。
インはそこに書いてある報酬の条件を読み上げる。
「討伐した者は必ず、証拠としてジーナフォリオの死骸を持ち帰り提出すること……搬送が難しいほど大きな場合は、ギルド職員を現場に派遣しその場で調査する……」
「今まで一度も現場調査が行われたことはなく、死骸が持ち込まれている。だが偽装の可能性が高い。適当な魔物の一部を加工したりしてな」
魔物の素材を加工して武器や防具を作る職人がいるのだから、それくらいの偽造はいくらでもできそうだ。
「それってバレたらやばいんじゃないの?」
「もちろん。申請から2年の間にジーナフォリオの被害が新たに出たら虚偽の報告として冒険者証が取り消しになる」
ジーナフォリオの被害はこれまで半年から1年の間隔で起きている。
そのため、長く見積もって2年間被害が途絶えたら討伐完了とみなされるということだ。
「報酬を受け取れるまで2年……その間に新しい被害が起きたらペナルティ……なかなかリスクがあるね」
「半年前にまた新たな被害が出たときは、受付に虚偽の報告者が集まって、ジーナフォリオは複数いる、今回のは自分が倒したのとは別個体だと、抗議していた」
「わぁ……その人たちはどうなったの?」
「ギルドへの迷惑行為から通報され、他にも詐欺をしていたことが発覚して結局冒険者証を剥奪されていた」
冒険者になるのは簡単であり、従って社会のはみ出し者が多く集まる。
悪事を働く者も少なくないということだろう。
「……私はちゃんとした冒険者になろ」
インは手の中の木札の星を見て呟いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます