一章

獣人少女の初クエスト

「これがロダ街道……マジで煉瓦道が無限に続いてんじゃん」

 この国の動脈とも言われるロダ街道を前に一人の少女は感嘆の溜息をついていた。

「お嬢さん、行き先は? 二ヴトダに行くなら乗合馬車が安いよ」

 乗合馬車の御者の男が道に立ち尽くしている少女に声を掛けた。

「ああ、ううん。ターシトンって村に行くんだ」

「それは残念。ターシトンなら歩いて丸二日ってとこだね。……おや、その耳、お嬢さん獣人かい。このあたりでは珍しいね」

 少女は頭の上についている、細かい毛でおおわれた三角耳をぴん、と動かした。それは彼女が人間とは別の種族、獣人であることを示す唯一の外見的特徴だ。

 帽子でも被ってしまえば、どこにでもいる人間の少女に見えただろう。

「うん、確かにこっちにきてからまだ同族に会えてないなぁ」

「俺も初めて見たよ。観光で?」

「仕事。これが初クエストなんだ」

「それはそれは、獣人のお嬢さんが助けてくれるならターシトンの村人たちも安心だね。クエスト頑張って」

「ありがとう、おじさんもね!」

 少女はにこやかに手を振って煉瓦道を歩きだした。

 首から下げた新品の冒険者章が揺れる。

――インニェイェルド:初級

 刻印は彼女の名前と、冒険者としての等級が刻まれている。ギルドに登録してすぐに渡されるごく簡素なモノだが、今の彼女にとっては宝物だ。

「人間はフレンドリーで親切な人ばっかりだ」

 ギルドで冒険者登録、クエスト受注をする際も係員が丁寧に教えてくれたし、さっきの馬車の人も応援してくれた。

 獣人は個人主義者が圧倒的に多く、家族以外に優しくされることもインニェイェルドにとっては初めての経験である。

 知らない土地で違う種族に囲まれてうまくやって行けるかと両親には心配されたが、これなら問題なさそうだ。

 希望に満ちた足取りで彼女は煉瓦道を真っすぐに進んでいった。


 

 王都を出て二日目の昼下がり、ターシトンに到着した。

「おっきな畑……!」

 広大な農地を有する村のようで、見渡す限りの麦畑が広がっている。

 農夫が何か作業をしているのを見つけ、インニェイェルドは歩み寄った。

「ねぇ、ちょっと、教えて欲しいことがあるんだけど」

「わっ!?」

 農夫は突然の来訪者に驚き、振り返った。

「じゅ、獣人……? ええと、どなたですか?」

「魔物退治の依頼を受けて来たの」

「あ! 冒険者の方ですか! 待ってください、今案内します」

 農夫の顔からぱっと警戒心が消える。

「おーい、コリン、この人を村長の所に案内してくれ!」

 農夫が麦畑のに呼びかけると、ほどなくして男の子が現れた。

「あいよ、ねーちゃん。おれに付いてきて」

「よろしく」

 コリンの先導で村の中心へ歩いていく。

「そうだ、喉乾いてる? おれの水筒わけてやろっか?」

「いいの? ありがとう!」

 コリンは首から下げていた水筒をインニェイェルドに手渡した。

 歩きながら、水筒を呷る。

 水はぬるくなっていたが、歩き詰めで疲れた体に染みわたるようだ。

「ねーちゃん、冒険者なんだ。俺と同い年くらいなのにすごいな」

「こう見えて成人してるよ」

「マジ? いくつ?」

「十五」

「えー、やっぱ子供じゃん」

「獣人は十五歳で成人なの」

「そうなの!? いいなー。じゃあさ、もう結婚してんの?」

「ぶっ……! し、してないよ!?」

 不躾な質問に思わず口に含んだ水をふき出してしまった。

「ま、そっか。結婚してたら冒険者なんかやらないよな!」

 コリン少年は屈託のない笑みを浮かべる。悪気のない子供の発言にインニェイェルドは、苦笑いを返した。

「ねーちゃん、なんて名前?」

「インニェイェルドだよ、コリンくん」

「変わった名前だなー!」

「地元じゃよくある名前なんだけどね」

 和気あいあいと会話をしながら麦畑を抜けると、民家の並びが見えてきた。

 さらにその向こうには牧場が広がっている。

「大きな村だね」

「だろ? ここら一体の村や町の食料はターシトンで作ってんだ! 王都もだぜ!」

 コリンは誇らしげにそう言った。

「その煙突屋根の家が村長の家だよ」

「ありがとう!」

「じゃ、またなー!」

 仕事が忙しいのだろう、コリンは村長の家を教えると足早に引き返していった。

「意外と平和そう……」

 インニェイェルドは周りを見渡す。

 村は静かながらも、仕事に励む人の姿や、市場を行きかう人の姿もある。

 初級冒険者がうけられるクエストということもあり、あまり深刻な被害はうけていないのかもしれない。

 勇者の英雄譚に憧れて冒険者になったインニェイェルドにとっては肩透かしだが、初めてのクエストはこんなものかもしれないと思いなおし、村長の家のドアを叩いた。

「こんにちはー、駆除のクエストを受けた者です」

「……おお、お待ち下され」

 ドアの向こうから老人のしゃがれた声がして、数秒の後にドアが開いた。

「お待ちしておりました。どうぞお入りください」

 村長の妻なのか娘なのか、はたまた使用人なのか、若い女性がインニェイェルドを家の中へ通した。

「遠路はるばる、よくお越し下さった……村長のグリフィスじゃ」

 短い廊下の先の部屋で村長がインニェイェルドを出迎えた。

「第一区、区長のオークスです」

 どうやら彼女もそこそこ偉い立場のようだ。

「インニェイェルドです。いえいえ、歩いて二日の距離だから、そんな遠くもないっすよ」

 インニェイェルドは下手な敬語で答える。こういった挨拶は苦手だ。

「……それで、本題なんだけど、どんな魔物がでるの?」

 さっそく敬語を投げ捨てて、クエストの中身に踏み込んでいく。

 魔物討伐クエストは緊急性が高いがゆえに、ろくな調査もしないうちにクエスト発注されることが多い。今回もその例にもれず、肝心な魔物についての情報は一切なかった。

 こういった場合のクエスト難易度はその被害に合わせて設定され、報酬も暫定で最低保証の金額が提示されている。

 クエスト達成後に討伐した魔物の種類や数を鑑みて追加報酬を受け取るのが一般的だ。

「こほん」

 グリフィスが咳ばらいをすると、オークスがすっと一枚の紙を取り出してテーブルの上に置いた。

「スティンガーと呼ばれる魔物です。獰猛で人や家畜を襲います。今月に入って鶏が四羽奪われ、二人が毒にやられ今も療養中です」

 紙に描かれているのは、虫系の魔物だ。見た目は蜂に似ているが、前肢が鎌のように鋭く歪曲している。

「夜行性で目撃情報は深夜から明け方にかけて。巣は見つかっていなので、近隣の山から飛来したものだと考えています」

「なんかこれに似た魔物、うちの地元にもいたかも。倒したこともあるよ」

「それは心強い……!」

 グリフィスは喜びで目を細めた。

「報酬は一匹当たり大銅貨一枚でいかがでしょうか?」

「大銅貨……」

 インニェイェルドは魔物退治の相場が分からない。とはいえ大銅貨一枚といえば、酒場で飲み食いしておつりが来るほどの価値だ。

 魔物の数にもよるが受注時の先払い金と合わせれば数日の食費には困らないだろう。初級冒険者への支払いとしては申し分ないような気がした。

「分かった、それで受ける!」

「ありがとうございます、冒険者のお方。頼みましたぞ」

「それでは夜になりましたらよろしくお願いします。それまでは客室でお休みください。ご案内します」

「はーい!」

 人に頼られたり感謝されるのは気分がいい。インニェイェルドはスキップしたい気分を抑えながら、オークスの背中を追うのだった。

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