王となった弟とその奴隷となった姉の話

@vast_dahlia

しるし

こんな形で王宮にもう一度戻ってくるなんて思わなかった

最後に王宮を見たのはいつか

あの動乱の夜

私が謀反人に、お父様を殺した犯人にされた夜

あの夜以来だ


私はあれ以来ずっと収監されて、それから、裁判を経て、そして、

・・・奴隷になったから


会いたい人がいる

世界で一番大切な人が


その人に会いたくて

会って誤解を解きたくて


だから、死刑ではなく奴隷にされることを選んだ


生きて、もう一度出会うために


アーネストに


誰よりも大切な、私の弟にもう一度会うために


「来い、アリシア」


冷たく私の名前を呼ぶ、アーネスト


私の弟


たった一人の弟

この国の新しい王

まだ18歳の若き王

そして、私のただ一人の主


この人のためにいきることだけが、私の望みだった

そのためだけに私はずっと剣を振るってきた


だけど


私はもうこの人を弟と呼ぶことは許されない

私はもうこの人の奴隷だから許されない

「アリシア」

黒い髪を揺らし、夜明け前の空の色を思わせるタンザナイトの瞳が私を見つめて、私の名前をもう一度呼ぶ

楽しそうに笑いながら

私はなんて返せばいい?

『アーネスト』

そう呼び返したら、この人は私をどうするだろう

きっと許さない

「・・・ご主人様」

今の私が言うべき言葉が私の口から洩れる

私の言葉に彼の唇が嬉しそうに歪む

それはそれは、楽しそうに


私は姉なのに

この人の姉なのに

なのに

逆らえない

もう、二度と、この人には


「さあ、お前に印を与えてやろう」

「・・・印?」

「お前が俺の物だと言う印だ

お前は今から、永久に俺の所有物となる」

「・・・所有物・・・」

「お前に俺の所有物だと言う印を与えてやるんだよ、アリシア」


姉である私に

王女である私に

騎士団の隊長の一人である私を、所有物?


ああそうだ

そうだった


散々あの奴隷商人の女の所で教えられたことじゃないか


私はもう騎士じゃない

王女じゃない

この人の、姉じゃない


私はもう奴隷なんだ


私の主となった人が、私をそれはそれは嬉しそうに見下ろす

一年前、最後に会ったときよりまた少し背が伸びている

最後に会話した時私たちはどんな会話をしたろうか


あのとき、この人は私に冷たかった

一年ぶりに会う私に冷たかった


あの時からもう私を、憎んでいたのだろうか


「皆も集まったようだな」


『皆』


その言葉に、私はハッとする


王宮中の人たちが、全員ではないだろうけれど、大勢の人たちが集まってきている


遠巻きに、私とこの人を、私たち姉弟を見ている


「顕現せよ」


彼がそう言うと、私たち二人のいる地面に、魔法陣が浮かび上がった


「何を、何をなさるんですか?ご主人様」


ご主人様、そんな言葉がもう自然と私の口から出てくることに自分でも少し驚きながら私はそう聞く


聞きたくないのに、聞く


「禁呪だ、アリシア」


「禁呪・・・」


「魂の隷従だよ、アリシア

完全隷従魔法だ」


目のまえが真っ暗になる


名前だけは聞いたことがある


話半分で


相手の魂そのものを永遠に隷従させる


人間から人間であることを完全に奪う禁忌の術


外道の術


「お前は俺の奴隷だ

俺の所有物だ

そんなお前にふさわしい印を与えてやるんだよ」


「・・・やめて・・・やめてください」


外道の術

そんな

そんなものを使ってまで、私を


そんなに、私が憎いのか


「お願いですご主人様、そんなもの使わないで」


「嫌か?」


「嫌です、そんな、やめて、お願い」


私の懇願に、彼の顔がまた嬉しそうに笑う


「お前に決定権など二度と与えない

お前はこれから先永遠に俺の所有物として生きることしか許されない

今後はもう二度と、自分を人間だと思うな

俺の所有物だと言うことを肝に銘じろ」


そんな


「そんなに、そんなに私が憎いのですか?」


「・・・ああ、そうだ」


肯定された


「俺はお前が憎い

ずっとお前が憎かった」


「・・・」


弟は、私を睨んでいる

本気で、睨んでいる


私は、私はこんなにも、憎まれていたの?


「私は、私はあなたの」


「俺にとってお前が姉だったことなど一度もない」


頭の中が真っ白になった気がした


「お前は一度だって、俺の姉だったことなどなかったんだよ、アリシア」


当り前のように、私を呼び捨てにする、弟


当り前のように、私が姉であることを否定する、弟


・・・私のご主人様


その目には少しも迷いがない


私はこの瞳を知っている


ずっと昔から知っている


私はこの瞳にずっと怯えていた


ずっと


「さ、話はこれぐらいにしようか」


彼はそう言うと、私の前を、はだけた


私の胸が、外気に触れる、直に


遠巻きだけど大勢の臣下たちが私たちを見ている中で、この人は王女である私の体を晒した


「隠すな、アリシア・・・俺を怒らせるな」


隠そうと思うと同時にそう言われる


私は逆らえない


涙がぽろぽろ溢れる


彼はじっと私を睨み続けている


「天と地と、すべての時と場所、すべての物、すべての命、砂粒の一つにいたるまですべての神羅万象に告げる

この宣言を見届けよ」


彼がそう唱えて、私たちの足元の魔法陣が輝きをまして、地面から浮かび上がる


「今我が目の前にいるは我が永遠の所有物

その髪の一本に至るまですべて主たる我が所有物

そしてその心

その魂までもが

主たるこの我の所有物である

この宣言は永遠に違えることのない真実である

我、アーネスト・ホワイトは、この女、アリシア・ホワイトを永遠に所有し、その体もその心もその魂もすべて一つ残らず永遠に所有することを誓う」


浮かび上がり輝き始めた魔法陣が、いくつもに分かれ、文字の列になって、そして私の体を取り巻いた


やめて

やめて

私をこんな目にあわせないで

アーネスト

アーネストやめて


そう言いたいけれど言葉は出てこない


だって彼が、笑っているから

嬉しそうに、笑っているから


「・・・お前は永遠に俺の物だ、アリシア」


彼がそう言った瞬間、私の体を取り巻いた文字の列が、一斉に私の胸に集まった


全身を外からも内側からも焼かれるような感覚の中


私はただ、彼の言葉を思い出していた


『俺にとってお前が姉だったことなど一度もない』


そう告げた彼の憎悪に満ちた瞳とともに、その言葉を私は思い出していた














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