第7話 入学式の恩

 奏は涼の恩という言葉に混乱した。


「私、あなたに恩を感じてもらえるようなことしたっけ?」

「うん、俺にとってはおおきなね」

「ごめんなさい、覚えてないの。それはなにをしたの?」

「うん、ここで話してもいいけど、あんなことのあった後だし、ちょっと座れるところいかない?」


 涼の言葉で、自分も緊張状態にあって、ちょっと休みたいと感じていることに気づいた。


「そうね、ちょっと落ち着きたいかも」

「よし、それじゃあファミレスにでも行こうか」

「うん」

「お腹は空いてない? 結構いい時間だけど」

「……空いてるみたい」

(賢治に振られて、その上ひどいナンパにあったのにお腹は空くなんて)


 奏は、そんな自分を自嘲する。

二人は近くにあった少し価格帯の高いファミレスに入った。


「私はここに入るの初めてかも」

「ここはご飯もデザートも美味しいから好きなんだ」

「そうなのね。でも少し値段も高めなのね」

「ああ、今日は俺が奢るよ」

「えっ、悪いわよ。助けてもらった上に奢ってもらうなんて」


 そこまで言って、自分がまだ助けてもらったお礼を言っていないことに気づく。


「あ、羽山君。さっきは助けてくれてありがとう。本当はすぐにいうべきなんだけど、ちょっと、混乱してて言えなかったから」

「気にしないで、さっき言ったように恩返しだから。それでここの奢りも恩返しだから、奢られてもらえる?」

「ふふ、変な言い方。それじゃあご馳走になろうかしら」

「うん、好きなものを好きなだけ遠慮しないで頼んでね。お金はあるから大丈夫だよ」

「好きなだけって、流石に悪いわよ」

「ナンパに会う前に辛いことがあったんでしょ」

「どうしてそれを」

「実はナンパ前に、泣いている栗山さんとすれ違っていたんだ」

「そうだったのね、気づかなかった」

「当然だよ。だからね、嫌なことがあった時は美味しいものを腹一杯食べたら、少しは元気になってもらえるかなって思ってさ」

「そうね、少しは元気になれるかもね」

「うん、だから今日は好きなだけ奢られてくれない? ダイエットも忘れてさ」

「ふふ、それじゃ、遠慮しないでたくさん頼むわよ」

「うん、よろしくね」

「なんだか、どっちが奢るのか分からないみたいね」

「ハハ、そうだね」

「気にしてくれてありがとう」

「ううん、俺の恩返しは栗山さんが笑顔になってくれるまでだから」


 奏は、先ほどまで凍りついていた心の中が、いつの間にか暖かくなっているのを感じた。


(なんていい人なんだろう。今は気遣いが嬉しい)

「その恩についても教えてね」

「うん、分かった。でもその前に注文してひとまず食べようよ」


 奏は、普通サイズのステーキのセットとシーザーサラダ オニオングラタンスープ デザートにパフェを注文すると、

涼にもっと注文するように言われ、モンブランケーキと紅茶も追加した。


 涼は300グラムのステーキセットと海藻サラダとオニオングラタンスープ デザートにチョコレートケーキとコーヒーを注文していた。


「初めて食べるけど、ここは美味しいね」

「そうでしょ、俺も好きでよくくるんだ」


 食べている間は、テストのこと友人関係のこと行事のことなどを話した。

思った以上に話が弾んで、奏は文字通り嫌なことを忘れていた。


 料理を食べて、デザートを食べ始めている時に奏が本題を出した。


「それで、羽山君が言ってる私に対しての恩ってなんなの?」

「ああ、栗山さん。入学式の時に、立て看板のところで写真を撮ってくれたの覚えてる?」

「うん、来れなかったお母さんに見せるって言ってたよね。

その時名前も教えてくれた」

「そうそう、その時言ったでしょ。この恩は栗山さんが困った時に返すからって」

「え? じゃあ、写真撮ってあげただけで、ナンパから助けてくれて、今こんなに奢ってくれてるの?」

「そうだよ」

「もらいすぎよ。私が」

「そんなことないよ。あの写真のおかげで、俺は最後にお母さんの笑顔を見れたんだ」

「えっ、どういう」

「お母さんね、ずっと病気でいたんだけど、俺の高校の入学式には出席したいって言ってたんだ。

実際入学式の前の日には散歩もできたから、来れそうだったんだよ。

でも、その日の夜に急に容体が悪化して、入学式に来れなくなって。

入学式行けなくて、ごめんねって何度も言ってたんだよ。

だから、入学式の写真を撮ってみせてあげるから、楽しみにしててって言って、入学式に行ったんだ」


「でも、一人じゃ写真を撮れなくて、でも誰も知らないから、どうしようって困っていたら栗山さんが声をかけてくれた。

写真撮る時、本当に嬉しくてね。

これでお母さんに写真見せられるって思ったら、泣きそうになっちゃったんだ。

でもなんとか笑顔を作ることができて、それを栗山さんがきちんと撮ってくれたんだ」


「あの写真を病院にいるお母さんに見せたら、喜んでくれてね。笑ったんだ。

その日の夕方に亡くなっちゃったんだけど、栗山さんのおかげで、最後のお母さんの顔が笑顔だったんだよ。

今でもはっきりと覚えてる」


「だから、ありがとう。お母さんの笑顔を俺にくれて」


 奏は堪えられなくなり、ボロボロと涙をこぼした。

それを見て、涼はギョッとして、


「えっ、栗山さん?」

「ごめんなさい、いえ、どういたしましてだね」


 すると、涼が優しく笑い


「うん、ありがとう。後、泣いてくれたこともありがとう」

「……うん」


 涼のありがとうという言葉に、奏は一言だけ返す。

涼はコーヒーを飲んでカナデが落ち着くのを待つ。


「それで、今日が49日だったんだ」

「それで、喪服だったし、今日は学校休んだんだね」

「うん。それにしても休んでたの気づいてくれたんだね。俺なんて陰キャぼっちなのに」

「羽山君のことは、入学式のことがあったから、話そうと思ってたことがあったの。

でも、入学式以降はちょっと近づけないオーラが出てたから、声かけづらかったんだ」

「ああ、入学式の後1週間も学校休んでたから、学校行った時にはもうグループができている感じだったし、俺もいろんなことがどうでもよくなってて、人と話すのが煩わしいって感じていたから、そういう態度だったんだ。

でも、話しかけようと思っていてくれてありがとうね」


 奏は涼が、入学式の日とそれ以降の印象があまりにも違っているのは、母親が亡くなって辛かったからだと理解した。


「そうだ、お母さんに写真見せた時に、『友達が撮ってくれたの』って聞かれたから、うん友達ができたんだって言ったら、喜んでいた。

ごめんね、勝手に友達って言っちゃって」

「ううん、私たちはもう友達よ。嬉しい」

「ありがとう。そう言ってくれると俺も嬉しい。それとお母さんが新しい友達によろしく言っておいてねだって」

「はい、よろしくされました」


 そう言って奏は微笑んだ。

涼は奏と友達になれたことが嬉しかった。


(この優しい友達の力になってあげたいな。彼女の問題は何も解決していないんだし……)


「あのさ、栗山さん」

「何?」

「友達になったばかりで、こんなこと厚かましいかなって思うんだけど」

「? なんでも言ってみて」

「うん、その、なんで泣いていたのかなって思って、よかったら話くらい聞けたらなって。

でも、無理ならいいんだよ。辛いよね」


 じっと、涼を見つめて来る奏


「でも、羽山君と比べたら、大したことないんだよ。私のことなんて。

羽山くんの方が辛いのに、私の話を聞いてもらうのは悪い気がする」

「栗山さん。確かに亡くなった直後は辛かったけど、これまでの間にだいぶ気持ちは落ち着いたんだ。

俺が今日感じたのは49日っていうのは遺族にとって、気持ちを整理するために必要な期間なんだってこと。

もちろん、まだ悲しくなる時もあると思うけど、これからは前を向いて行く必要があると思うんだ。

だから、友達である栗山さんの話も聞きたいと思う。

それが自分のためにもなるし、栗山さんが話すことで少しでも楽になれば俺は嬉しい」

「羽山君は強いんだね。じゃあ、お言葉に甘えて聞いてくれるかな」


 涼は、奏の言葉を聞くとパァッと、嬉しそうな顔をする。


(この人なんでこんなに嬉しそうにしてくれるんだろう)

 

 奏は疑問に思いながら、話し始める。


「私が、泣いていたのは……」



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