第27話 道標


 帰京する両親との食事や会話は、いつも通りのあっさりしたものであった。大半は母がしゃべり、一翔か父のどちらかが相槌あいづちを打つような見慣れた光景であった。


 一翔が佐伯さえき牧師と話し込む様子は教会の外で待っていた両親も目撃していたはずだが、それについて何を問われることもなかった。

 父は昨日の会話について最後まで言及することはなく、母は只管ひたすらに一翔へ健康を案じ、新東名高速を伝って帰路にいていった。


 一翔は人生を好きなように過ごさせてもらえていることを改めて実感しつつ、生きて再び両親に会えることをはかなくも願いながら三日原みっかばら教会へと戻った。



 すで人気ひとけまばらで静まり返っており、事務所をのぞくと何人かが机に向かって作業をしていた。そのうちの1人が来訪に気付くと、名乗るまでもなく一翔を認識していたのかぐに佐伯さえき牧師を呼び出した。


 にこやかに牧師に迎えられた一翔は、会議室のような小さな部屋に連れられ、ロの字に並べた机の一角に腰掛ける形で相対あいたいした。



「それで、おきしたいこととは何でしょうか?」



 佐伯牧師は一翔の左斜め奥に着席し、相変わらずの穏やかな表情で問いかけた。片や一翔は面接試験のような緊張を味わっていたが、意を決して話を切り出した。



「今日の説教…『放蕩ほうとう息子』に出てきた弟は、家族のもとへ立ち返ることで救われました。でもそれってマイナスがゼロに戻っただけであって、それだけでは人として何にもっていないというか…結局不充分なままだと思うんです。要はキリスト教で言う神様には救われても、何らかのプラス要素を獲得出来できなければ、結局は救われていないも同然なんじゃないかと思ったんです。」


勿論もちろんたとえ話に出てくる弟は、もしかしたら兄と共に家業に励むようになるのかもしれない…そうして人間としての価値を生み出していくのかもしれません。でも現実では、誰しもそういうわかやす道標みちしるべが用意されているわけじゃない。立ち返った先にすがり付く宛がない場合、人は何を頼りにしていけば良いのでしょうか」



 取りめのない語り方で考えが伝わるのか怪しかったが、佐伯牧師は嫌な顔一つすることなく真っぐに聞き入っていた。


 『天使』とのり取りを明かすとかえって話がややこしくなりそうだったため、『価値のある人間』になるためのヒントを遠回しに尋ねていたつもりだった。

 だがただでさえ抽象的な相談がより曖昧模糊あいまいもこになったこともいなめず、牧師も流石さすがつかみ所に悩んでいるように見えた。



「一翔君が言うのは詰まるところ…神様に認められても、自分と同じ人間に認められなければ救われたとは言えない、ということですかね? そして現代社会にいて他人に認められるにはどうしたら良いか…ということでしょうか?」



「はい…おおむおっしゃる通りです」



「差しつかえなければ、一翔君のご家族やお仕事について尋ねても?」




 一翔は牧師に促されるままに、淡々と打ち明け始めた。祖父の紹介で職に就いたものの大したキャリアを積めず、目指したい理想像も思い浮かばないこと。そのせいで友人や身内に引け目を感じていること。


 『天使』のことを除いて牧師に対し包み隠さず自分をさらすことには、不思議と抵抗はなかった。一翔が一通り話し終えると、佐伯牧師はこれらを踏まえて言い聞かせてきた。



「お悩みになるお気持ちはわかりますし、悩むことが恥だとは思いません。とはいえ早急さっきゅうに解決しなければならないものではないとも思いますが…一翔君にとってはそうではない、ということでしょうか?」



 推し量るような問いかけに、一翔は静かにうなずいた。厚かましい相談をしていることに改めて気付き、邪険にされないかと不安がよぎった。



「そうですか…そうなると最もシンプルな提案は、やはり恋人を作ることでしょうね」



 だが佐伯牧師があっさりと答えると、一翔は苦笑を浮かべた裏で憮然ぶぜんとしてしまった。

 結局のところ『天使』から受けた提案の1つと変わらない到達点に、やっとの思いで受けたセカンドオピニオンもまた辿たどり着いてしまったからである。



「あはは…恋人ですか。日頃から大した出会いもないので、それもまた大変そうですね」



「そうでしょうか? 今時の若者はみなマッチングアプリとかで、気軽に出会いを見つけているものだと思っていましたがね」



 およそ中年の牧師が口に出すとは思えないサービスが話題に上がり、一翔は呆気あっけにとられた。牧師はその反応を見ながら、続けて語り掛けた。



「実は先月、うちの教会学校に昔通っていた女の子の結婚式をこの礼拝堂でり行いまして…旦那だんな様は上京していた際にマッチングアプリで出会った御方おかただったんですよ。私もそのとき初めてサービスの詳細を知ったんですが、その仕組みには感心しましたね。今ではそういう出会い方が当たり前になっていると聞いて驚きました」



 一翔も当然にマッチングアプリの流行については認識していた。先日父親になった友人のユーヤンも、同サービスで出会った女性と結ばれていたことを知っていた。


 それでも素性の曖昧あいまいな相手とつながりを持つことに抵抗をいだき続けてきた一翔は、牧師の推奨にもまた難色を示しつつ、他の提案を引き出せないか試みようとしていた。



「うーん…恋人って、やっぱり作らないといけないものなんですかね」



勿論もちろん今のご時世、恋愛や結婚がすべてではないでしょう。ですが恋人を人生のパートナーとして捉えるならば、それは血縁でも雇用関係にるものでもない他者とです…この場合『友人』は、型にとらわれない自由な関係と言えますが」


「そして配偶者の存在は社会にいて、人としての信用を担保することにもなり得る…すなわち、恋人ということで、社会的にも立場や責任を求められるようになる。裏を返せば、求められるのは価値があるからこそ…ということになるのではないでしょうか」



 『価値のある人間』という説教題を即席で作り上げたかのように、佐伯牧師は流暢りゅうちょうに言葉をつむいだ。


 『天使』が語ることのなかった具体的で客観的な意見には相応の説得力があり、一翔はその重みをしかと受け止めざるを得なかった。



——たった1人でも他人に認めてもらえればそれでいい、か……。



「まぁ急いで結婚しろなんて言えませんし、してやその過程について私が口出しするなど出過ぎた真似ですが…わかやす道標みちしるべを立てるならそういうことだと思いますよ。仕事で認められるかどうかはひとえに語りづらいですしね」



「そうですか…わかりました、参考にしてみます。お時間をいて下さりありがとうございました」



 一翔は牧師が着地させた結論をね繰り回すことはせず、それをもっ退ぎわとしていた。これ以上他人の手をわずらわせるわけにはいかないと判断したがゆえだったが、佐伯牧師は安心したような微笑を浮かべて応じていた。



「いえいえ。自分のことで一所懸命に悩める一翔君のことですから、他人にも寄り添って悩むことが出来できるはずです。自分に自信を持って、人生のパートナーを探してください。そしてご結婚のあかつきには…当教会で挙式をさせていただければ幸いです」

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