「烏籠」- 監視塔 ≪丙≫

 断崖に、円檻の偉容は狷介なる老翁の風采で臨む。

 輪を描く監獄、防壁で塞がれた烏合の衆を孤立せしめる円檻。

 全展望監視施設、現在は「烏籠」との異名を冠された遺構だ。籠蓋されし追放者の、理想的な牢獄として造られた廃墟。円檻の上空、数羽の黒鴉が双翼を濡衣と羽搏く。完璧に修復された牢獄は、苛烈な風雨にも儼乎たる立姿を崩し得ない。

 混凝土の灰色が、白髪に襤褸を纏う隠者を髣髴する。

 地上において、烏籠は前時代の構想の承継者である。獄内の監視のため、旋回する鴉型の無人航空機の鳥瞰を切り換える。無機質と同棲する円形闘技場の荘厳。隔離施設として、患者の行動を戒めるための檻。その構造、創造理念も、老いた牢獄によって引き継がれた。

 独房は壁に分断され、遮蔽された衆人環視の目線は監視塔に収斂される。

 円檻の中央を、暗く巨大な空洞が桎梏として縦貫する。

 牢獄は、円環を描く回廊を独房の区劃に割る。しかし、旧套を脱がずとも、手燭に頼るほど懐古に耽溺してはいない。牢獄の各所では、時代錯誤ながら、蝋燭を模した人工照明が代役を務める。飴色の燈は、光焔に憧憬し、感圧発電の床に従い照度を推移させる。

 独房を隔てる遮音壁、空洞に面して回廊を巡る鉄格子。

 寂寞たる牢獄、その光量が絞られた独房には隔離対象が潜む。

 追放者、すなわち隔離対象は、外界と連絡を取る権利を剥奪されている。

 虜囚の汚名とは、悪性のウィルスの罹患者を指す隠語であるからだ。無自覚にも、マルウェアによる自我の混濁を許容した弱者。看過し得ない加害に、朋輩から懲戒と隔離を是認された個体たち。他害性の受胎、無線接続によって播種される暴力と嗜虐。

 伝播する危懼は、感染源たり得る罹患者の淘汰を選んだ。

 有線接続用の、頸椎部の接続口を埋没された同朋を監視する。監視員は、空洞の下方、回廊を展望する監視塔の駐在員だ。監視塔こそ、無用の長物であり、独房を遠隔で映すモニタで賄える。この形態は、施設のの懐古趣味を斟酌したに過ぎない。

 頽廃した地上で、創設者は凋落を寿ぎ骨董品を遺していった。

 鳥籠との異名も、塵界の衰微を冀う、倒錯した破滅願望の誇張だろう。

 独房では、漆黒の長衣を纏った影が蠢いている。捕囚された同輩は、識別名称を持たず烏合の衆として鴉の暗喩で統括される。鉄柵で峻拒された円檻、鳥籠を模倣する牢獄に蟄居を強いられた虜囚。鉄鋼製の欄干が、無線機能を破壊された黒鴉の衆合を禁錮していた。



 三題噺 ≪丙≫ - 「牢獄」「蝋燭」「鴉」

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