「記蝶」- 図書館 ≪乙≫
極彩色の蝶が、展翅を逃れて
貪婪なる収蔵欲は、些細な物語にも翅を授け曼荼羅の異彩を求めた。
二重扉によって、外界と隔てられた施設は図書館と呼称される。内郭は、縦横無尽に小部屋が連なり、無数の合成大理石が壁面を屹立せしめる。白紙の頁が続く、実体験型の書物を象るような楽園。しかし、模造品の楽園は、奢侈な懶惰を貪り蔵書の任を放棄した。
白紙の頁群、四囲を取り囲まれた小部屋に書物は存在しない。
収蔵品、ないしは収蔵物、それらはすべて記蝶の幻影として群舞する。
蝶は総て、投影された鮮明な虚像に過ぎない。過去に記された小説群、国籍を問わぬ文章を孵卵として出力された化生。文章、文字の羅列を、蝶の画に変換したホログラムの群舞だ。果肉の翅、飴細工の脚、黄金の触覚を継ぎ合わせた精緻な似姿。巧緻の極致は、爛熟して腐敗する間際の甘露な粋を懐胎し得る。
記蝶を捕らえ、情報を紐解けば文字の羅列に変態する。
情報源、孵化前の記録とは、著作権が切れたネットに残留する小説だった。
管理者を喪失したまま、無限に複製と転写による転生を繰り返す文章。それらは、この楽園のイントラネットに蒐集される。捕獲された小説が、記蝶として華麗なる変貌を遂げていく。編纂や上製は措き、草葉の影に産み付けられた卵を孵化するのみだ。
許可を諾えぬ、数多の亡者の残映に費やす贅はない。
休息の間、未孵化の卵を求め、イントラネットの蔵書を渉猟する。
蔵書の収蔵先を、図書館においては楽園とも呼び習わす。厖大な蔵書群は、独自の分類法を遵守しており、作者の国籍、言語や総文字数に基づく類別を容れる。この楽園では、稀覯種、絶滅危惧種としての言語的少数派を尊ぶ傾向が顕著だ。
精査を重ね、熟慮の後に規定の処置を踏襲して蝶の羽化に踏み切った。
著作物について、翻訳の問題はシステムとして起こり得ない。現在、絶滅を免れた言語の過半は、既定のプリセットとして網羅されている。記録媒体としての文字は、記蝶を生み出すための素材に過ぎない。共感覚の試行、玉石混淆の文章を蝶に代替する魔術的手法。
鱗粉を撒きながら、変態を遂げた蝶が掌から羽搏いていく。
選抜した掌編は、翅を玉虫色に耀かせる畸形の蝶と変生していた。翅の光沢は、七宝焼の釉薬を連想させ、極度に発達した脚と触角は金工に似る。壁面の白、白紙の頁に艶冶な緑を眩かせる記蝶。記録として、偽翅を得た言葉は楽園に残されるだろう。
三題噺 ≪乙≫ - 「楽園」「白紙」「蝶」
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