永遠の希望を

よもぎ望

第1話 終末世界の探し物

 透き通るほどの青い空の下。静まり返った街を起こすように、ガシャンガシャンと瓦礫や岩を退かし、時には壊して歩いて行く。


「う〜ん……ここもぼろぼろ。瓦礫が多いし何も無さそう。トワ、近くに食料が残ってそうな場所はありそう?」


 希は寂れた建物の中を覗きながら、後ろを歩く人型サポートアンドロイドのトワに声をかける。


「周辺データを確認しますね」


 少しぎこちない動作でトワは視線を巡らせる。周囲の様子と荒廃前のマップを内部で照らし合わせているらしい。この世界で歩くのに無くてはならない機能の一つだ。


「かつてショッピングモールとなっていた地点が、あちらの廃墟になった建物の先にあります。記録を見る限り、モール内には食料品売り場が複数存在していたようです。周辺の植物の成長状況から推測するに、建物内部はある程度の遮光があり、多少の保存状態が期待できます」


 トワは開いた右手の上に荒廃前のショッピングモールの画像を映しながら、抑揚のない、けれどどこか安心感のある声で告げる。その声に了解、と返しリュックをしっかり背負い直してから希はトワの示す場所へ歩みを進めた。


 周囲は静寂に包まれ、風がビルの隙間を通り抜けるとかすかに錆びた金属が軋む音がする。足元にはガラスの破片や金属片が散らばっているが、目立つのは道から建物などいたるところに根を張る草木だ。


「どこを見ても葉っぱと木ばっかり。この電波塔なんか……まるでゲームに出てくる世界樹みたい」


 目的地を目指す中、ふと立ち止まり目の前にそびえ立つ電波塔だったものを見上げた。

 鉄骨に絡まりながら空を目指す長い枝。青々とした葉と苔は太陽の光を受けてぼんやりと輝き、半透明な緑の霧のように周囲を色付けている。


「植物たちは人間がいなくなって清々してるのかな」


 希は少し苦笑しながら呟いた。足元に咲く色とりどりの花たちも、電波塔の木も、どれもが希の知っていた頃の景色とは違って、静かで生々しいほどの生命力に溢れている。


 トワは少し歩みを早めて隣に並ぶと、希の言葉に反応するように頭を傾げた。


「生態系の変化を分析する限りでは、植物は人類活動の停止後、短期間で急激に成長を続けています。そういった意味では人間が居なくなり清々している、と言えるかもしれません」


 植物に感情や思考能力が備わっているかは大きな疑問ですが、と付け加えながらトワは言う。

 分析結果を元に出される淡々とした意見。声色もあり冷たく聞こえるそれが、荒廃したこの世界には自分以外も誰かがいると実感できて、どうにも嬉しくなってしまう。

 きっとあるよ、と言いながら希はトワの背を軽く叩いた。トワはまた少し首を傾げながら、何を返すことも無くキョトンとした目で希を見る。それがなんだか、何も理解出来ていない小さな子供のようで、普段との違いに希はしばらく思い出し笑いをしながら歩き続けることになった。



 ◇‌ ‌ ‌ ‌ ‌ ‌ ‌ ‌ ‌ ‌‌‌‌ ‌ ◇‌ ‌ ‌ ‌ ‌ ‌ ‌ ‌ ‌ ‌‌‌‌ ‌ ◇



 30分程歩き続け、二人は植物に飲み込まれかけたショッピングモールの入り口にたどり着いた。入り口の自動ドアは無残に崩れており、内側にはかつての生活の名残がかすかに残っている。スーパーマーケットの看板がちらりと見え、薄暗い内部が不気味なほど静まり返っていた。


「何か見つかるといいんだけど」


 希は一歩踏み出し、慎重にモール内へと足を踏み入れる。


 入口からすぐにあった食品売り場は外の光が僅かに入る程度で、奥まで行けば日暮れのように薄暗い。手持ちの懐中電灯を頼りに、二人は手分けをして商品棚やダンボールの中を物色を始めた。


「なんか、なんか……食べれそうなもの…………」


 棚には腐食の進んだ缶詰や、朽ち果てた包装が散乱していた。一応手に取って中身を確かめてみるが、その多くは腐っているか虫が食べたあとのもので、もう食べ物と呼べる状態ではなくなっていた。


 それでも諦めずに探し続けていると、希はふと、壁際の倒れた棚へと目が留まった。棚の方へ近づきその下を覗いてみれば、比較的綺麗なダンボール箱が下敷きになっていた。希は棚を持ち上げながら、なんとか手を伸ばして取り出した箱を見る。その側面にはの文字。


「保存……!ちょ、トワ来て、早く!!」


 驚きと喜びを抑えられず、希は思わず大声で叫ぶ。

 ほどなくして、トワが軽い足取りで駆けつけ、手元を確認するように小さな光をかざした。


「保存食の状態を確認します。賞味期限や密封状態を解析しますので、少々お待ちください」


 トワは地面に置かれた箱を慎重に開き、保存食のデータを取り込み始める。

 希はそんなトワの姿を見守りながら、ふと心が少し温かくなるのを感じた。変わってしまったこの世界でも、何かを見つけ出した瞬間のわくわくする気持ちはそう変わらない。いや、変わったからこそなのかも。


「どう?当たり?」

「…………高確率で、大丈夫だと思います。保存状態は良好ですから」


 トワはかすかに頷いた後、希の方を見て柔らかな声で答えた。


「……っ……や、やったあ〜〜!!2ヶ月ぶりのまともなご飯だあ〜!!」


 希は嬉しさのあまり腕を高く上げて飛び跳ねた。乾燥した空気が舞い上がり、埃がほんの少しだけ揺らめく。

 最近の食事は道中で採れる木の実や、とわが調査して安全を確認したわずかな水源から得た水ばかりで、味気ない日々が続いていた。箱に入った保存食の缶詰に手を触れると、金属の冷たさが指先に伝わり、それが妙に心地いい。


「全部中身出してみよう!」


 期待に満ちた声で言いながら、希はしゃがみこんで箱の中のものを一つ一つ外へ出す。中には、封がしっかりとされたパックや缶がいくつも並んでいる。パッケージには『保存用ミニ乾パン』『レトルト栄養補充食』『エネルギーバー』などと書かれており、それぞれが長期保存を意識した内容だった。

 希はエネルギーバーのひとつを開封して匂いを嗅ぐ。パッケージ通り、ほのかにチョコレートの香りがした。恐る恐る食べてみると、久しく味わっていなかった優しい甘みが口の中に広がった。賞味期限が多少すぎているものもあるが、トワの言う通り特に問題は無さそうだ。


 トワは静かにその様子を見守りながらも、冷静に周囲の安全確認は怠らない。


「希さん、このエリアは他にも同じような保存食が残っている可能性が高いです。より多くの物資を見つけられるかもしれませんので、さらに探索することをお勧めします」

「そうだね。でもまずは久々の収穫を喜ばないと!……トワも喜びってわかる?」


 希の問いにトワは周囲を警戒する動きをピタりと止め、ゆっくりと希を見下ろした。カメラレンズを宿したガラスの瞳がいつもより不自然に揺れて見える。


「喜びの定義は理解していますが、私のシステムには感情の生成機能がありません。ただ、希さんの喜びをサポートすることが私の役割です」


 トワはいつも通り淡々と答えた。その言葉にいつもの温かさとは違う何かがあるような気がしたが、希はその確信を持てないまま、そっかと笑顔で返すしかなかった。



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