第2話 許せないこと



「あなたたち、クビよ」


毅然とした態度で、私は使用人たちに言い放つ。


すると彼女たちは、私が言った内容に理解が追い付いていないらしくポカーンと見つめていた。


「え……?」

「分からないかしら、王宮から永久に出て行ってと言っているの」

「う、嘘ですよね? レイラ様……」

「嘘じゃないわ、人を馬鹿にする使用人なんて不要ですもの」

「……っ! そ、それはレイラ様を想ってのことなのです……! だから私たちを追い出すなんて、あまりにも非情ですわ……!」


レイラの側使えが、訴えるように声を出したのを皮切りにノエルの使用人たちも「そうだ」と言わんばかりに見つめてきた。


しかし私はすでに彼女らがいかに狡猾な手口を行っているのか――小説の内容で知っている。


「あら、それならば……私のアクセサリーを盗んでいたのも、私を想ってのことなのかしら?」

「っ!」


盗みの件を追求すれば、彼女たちは何も言えなくなってしまったのかバツの悪そうな表情を浮かべた。


それもそうだろう、レイラに媚びを売っていた使用人たちは表面上では忠誠を誓ったふりをして、陰ではノエルもレイラも利用できるものとしてしか見ておらず、宝石からアクセサリーまで勝手に盗んでいたのだ。


何も権力がなく抵抗できないノエルに、おべっかをかいていれば良くしてくれるチョロいレイラ。


アクセサリーがなくなって行方不明リストを用意させたのに、いざ騎士たちに捜索を頼もうとなった際、使用人たちに「いつか出てきますから、それよりもティータイムを」と言われ、忘れてしまう――騙すには恰好な対象だ。


極めつけには、物語でレイラのアクセサリーが盗まれたと判明した際、ノエルに罪を被せてくる暴挙まで行っていた。


(彼女たちに慈悲は不要だわ)


私は、目に力をいるようにキッと睨みつけてから――「衛兵! こちらへ来なさい!」と声を鋭く上げた。


その声を聞いた瞬間、使用人たちは今後の処遇が分かったのか、怯えた目でこちらを見つめ……「許してください」と縋ってくる。


そんな彼女たちを一瞥していれば、困惑した様子の衛兵がこちらへ駆け寄ってくる。


「お、王妃様……いかがいたしましたでしょうか?」

「この者たちを王宮から追放しなさい」

「っ! そ、その……失礼ですが、理由を伺ってもよろしいでしょうか?」


おずおずと私の方を見やる衛兵は、理解ができないとばかりに目で訴えていた。しかし身分上では、王妃と衛兵のため、本来ならば上に意見を言うなどもってのほかだ。


それもこれも、「レイラ」がこの国で微妙な立場になっているからこそなのだが……それは今、解消できる問題ではないので、頭の隅へ置いておく。


(今、重要なのは――ノエルにもレイラにも無礼な態度を取り続けていた使用人を追い出すこと)


揺るぎない意思をこめて、衛兵をじっと見つめていれば――普段そうしたレイラを見たことがなかったのか、慌てたように声を出してくる。


「そ、その――本当に失礼にあたることは重々承知なのですが……我が主君に、のちほど報告せねばいけなくて……」

「そう、それならば仕方ないわね――この者たちは私とノエル殿下の宝石やアクセサリーを秘密裏に盗んでいたわ」

「っ! そ、それは……」

「今すぐ、この者たちの部屋を捜索しなさい。きっと行方不明のアクセサリーがたくさん出てくるわ。もし違ったのならば、私が陛下へ謝罪しましょう」

「……王妃様が、責任をとるということでお間違いないでしょうか?」


まるで言質を取ったと言わんばかりに、騎士は私に言葉を紡ぐ。どこまでもこちらを疑ってくる彼の雰囲気に辟易としながらも、すぐに私は口を開いて答えた。


「ええ、いいわ」

「――承知しました」


私の言葉を聞いた騎士は、やっと決心したとばかりに同僚を呼び――容疑者である使用人たちを拘束していく。


騎士に連れていかれる最後の最後まで、私の側使えだった女性は「こんなの、あんまりな仕打ちですっ」と怒りを露わに叫んでいた。


こうして怒涛に嵐が過ぎ去ると、廊下に残されたのはノエルと私だけになる。


突然の事態にノエルはまだ頭が追い付いていないようで、尻もちをついたまま呆然とこちらを見つめていた。


その様子を見た私は、「ノエルが尻もちをついたままだ……!」とハッと気が付き、彼の元へ驚かさないようにゆっくりと近づく。


すると彼は、レイラが近づいてくることで現実に返ったようで――目をパチパチと瞬きしながら、眉を八の字にし不安そうな表情を浮かべている。


「……驚かせてしまったわね。怪我はないかしら?」

「……っ」


ノエルの前にしゃがみ込んで、視線を合わせるように話しかける。するとノエルはびくりと身体を震わせながら、じっとこちらを見つめてきた。


「私では専門外ね……医師を呼びましょうか」

「だ、大丈夫……です」


万が一に備えて医者を呼ぼうと提案し、立ち上がろうとした私にノエルはすぐさま返事をした。その内容を聞いた私は、もう一度ノエルと視線を合わせてから、怖がらせないようにゆっくりと口を開く。


「謙遜をして、強くなろうとする姿勢はすごくカッコいいわ。けれど、もし見えないところに怪我があったら、私はすごく悲しいわ」

「……え?」

「だから、医師に診てもらいましょう、ね?」


ノエルは、ぱちくりとこちらを穴が開かんばかりに凝視する。それもそうだろう、ノエルは知らないだろうがレイラの中身はアラサーOLの真奈美なのだ。


間違いなく、前の印象とは異なるし――違和感を覚えるはずだ。しかしそうした疑問を避けるために、冷たく振舞うなんてことは私にはできなかった。ノエルには幸せになってほしいのだから。


「お……お母様は、めんどうなことをさせた僕を……」

「ん?」

「僕を嫌いにならないですか……? だから医師を呼ばせる面倒をお母様にかけるのは……」


おろおろと迷うように紡がれたノエルの言葉に、私は胸を刺されたような痛みを味わった。


ノエルは母親にいくら冷たくされようとも、嫌わなかったというのは小説を読んでいた私は知っている――知ってはいるが、あまりにも彼の健気さにぎゅっと胸が締め付けられたのだ。


なにより、はじめノエルは「おかあしゃま」と言葉が上手く発音できていなかった理由……愛してほしい母親に対して、嫌われないように慎重に慎重に言葉を出そうと緊張していたのだろうと――今になってやっと分かった。


私は、ノエルにバレないようにぐっと奥歯を噛む。


これはレイラが行ったノエルに対する態度の許せなさや、今までは一読者に過ぎなかった自分への歯がゆさゆえだった。


(レイラ、あなたはノエルを見捨てたけど……私はノエルの幸せが一番なの)


今一度自分の気持ちを確認した私は、ノエルに微笑みを向ける。そして自分の気持ちを素直に言葉にのせて、ノエルに話しかけた。


「あなたは私の息子よ。決して嫌わないわ」

「……っ!」

「だから、医師を呼ぶわね。それと……診察の間、側にいてもいいかしら?」

「は、はい……っ!」


私の言葉を聞いたノエルは、信じられないと言わんばかりの表情を浮かべた。


しかしすぐに目を合わせて話した私の言葉を頭で理解したのか、表情がぱっと明るくなり、嬉しそうに返事をしてくれたのだった。


元気な返事を聞いた私は、無意識のうちに笑顔をノエルに向けていた。そして王宮の世話まわりを管理する執事に声をかけて、医師を呼んでもらうことと――ノエルを自室へ運んでもらうことを命じた。


まさかレイラにそう命じられとは思わなかった執事は、目をひん剥くようにこちらを見つめていたが、ノエルの身体が一番のため、その視線には気づかないふりでやり過ごすことにした。


◇◆◇


「ねんざのため足が腫れてしまっておられますので、このクリームを塗って安静にお過ごしください」

「そう、診てくださってありがとう」

「いえ、お力になれまして光栄です」


ノエルの部屋に着くや否や、執事が速やかに手配してくれた医師によってノエルは診察を受けていた。先ほど、本人は問題ないと言ってはいたが見えない怪我が見つかって良かったと、安心する。


ただ医師の言葉を聞いたノエルはなんだがしょんぼりとした様子だった。


「ノエル、怪我が痛むの?」

「えっ、い、いいえ……で、でもお母様をわずらわせて……」

「そんなわけないわ」

「……っ」

「私はノエルの側にいれるのが一番だわ」


こうした言葉に慣れていないのか、ベッドの上で休んでいるノエルはもじもじと手を合わせて考え込んでいる。


ベッドの側で椅子に座りながら私は、ノエルが言葉を発するのをゆっくりと待った。するとノエルは意を決したように、言葉を紡いだ。


「今日のことが夢じゃないかと……今が信じられないんです」


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