嫌われ王妃に転生した私、息子が闇落ちするのを防ぎます!
江東しろ
第1話 推しが息子になりました
「おかあしゃま……ぼくを、きらいにならないで……」
目の前には輝かんばかりの金色の髪を持つ、小さな男の子がいた。豪奢なカーペットが敷かれた廊下で、精一杯立っていて……彼はおそらく8歳くらいだろうか。
その子がうるうると青い瞳を潤ませながら私を見上げてきた時――私は雷に打たれたような衝撃を持った。だってこの子は……。
(どうして、愛読小説に登場する私の推し……ノエルがここにいるの!?)
驚いた私は思わず、近くの窓に目をやると――そこに映っていたのは。
日本人である黒髪を持った自分ではなく、茶髪にエメラルドグリーンの瞳を持つ美人。その顔を確認すると、頭がくらくらしてしまう。
そんなバカなと、自分の頬を強くつねってみれば、痛みと共に美人な顔が歪む様子が分かった。
(小説内で一番許せなかったノエルの母親……レイラになってる!?)
ぐるぐると思考が混乱していく中、どうしてこうなってしまったのか……私はしきりに思い出そうとした。
◆◇◆
元々、私はブラック企業に勤めるアラサーOL・細野真奈美という人間だった。
幼い頃からロマンチックな恋物語や家族の絆に弱く……自分でも温かい家庭をいつか築きたいなと思い暮らしていた。
しかし気が付けば残業、残業、残業の毎日で、恋する暇なんて全くなかった。
『うう……もう動けない……』
やっと生まれた休日も、部屋から出ることは難しく……ベッドで休みながら過ごしていた。しかしこの休みの日が一番重要なのだ。
なんていったって、仕事の活力にもつながる、自分の心のオアシスが読める日だから。ベッドに横になりながら、スマホを起動し――小説『光を求めて』の更新ページを開く。
『やったー! たくさん更新されてる~! 今日は徹夜で読むぞ~!』
ファンタジーな世界・ユクーシル国を舞台に主人公・ノエルが、立派な国の王を目指す物語だ。ノエルにとって冷たい家庭環境や降りかかる逆境を乗り越えて、成長していこうとする姿に目が離せなくなる。
しかもこの小説を読めば、長時間労働によって刻まれた身体の疲労がみるみるうちに回復するのだ。特にノエルを見れば、なんでもできる気もしてしまう。
『どうか、どうか……ノエルに幸せが訪れますように……』
小説では、ノエルが幼い頃から物語が始まり……両親に愛されず、敵が多い王宮の中で奮闘しながら大きくなっていく。一読者でありながらも、気分はノエルを見守る親衛隊のような感じだ。
そして物語はいよいよクライマックスに近づき、ずっと厳しい政策を取り続けていた冷酷王であり、ノエルの父親と対峙する日になっていた。
ユクーシル国では、飢饉が続いていながらも重い税を民に課す冷酷王・ジェイドが統治する国。そうした国の現状を変えようとしてノエルは立ち上がったのだ。
虐げてくる母親にも負けず、すげなくしてくる父親にも当たることは無く……ノエルは寂しさを感じつつも、面と向かって話し合えば、認められるほどの剣の実力があれば、家族として分かり合えると信じていた。
私もどうか真摯なノエルの想いに、家族が応えてくれると信じた。
(こんなに健気で可愛い息子に言われたら、誰だって変わるわ……! 頑張れノエル…!)
手に汗握りながら読み進めていくと、私の手が止まる。
『……え?』
想いが通じ合うかと思っていれば、ノエルがジェイドに剣を突き立てる場面へ。
私の思考はフリーズしてしまう。ジェイドはノエルにわざと殺されようと動き、しまいには何も語らずに亡くなった。
そして母親からも「人殺し」と罵られてしまう始末。なにより、ジェイドが亡くなったことを皮切りに王宮内では汚職が増えていってしまって。
『……何が、起きた……の?』
何も語らないジェイドによって、真実が分からない。
加えてジェイドの死をきっかけにノエルの感情は暗いものへと変化し――躊躇なく汚職を行った家臣を粛清する「二代目冷酷王」になっていた。
そしてノエルが人を信じることは無くなった……終わり。
『えええぇぇ――!?』
私は思わずベッドにスマホを落としてしまう。信じられないものを見てしまった。
ここまで読者に希望を持たせておいて、ノエルに降りかかるバッドエンドはあんまりな結末すぎるし――モヤモヤとした気持ちがどんどんたまっていく。
『突き落とされた気分……』
(こんな気持ちになるのなら、小説なんて読まなければ良かった……)
ノエルには幸せになってほしかったからこそ、ここまで気持ちが追い付かないのだろう。
毎日が仕事ばかりの私にとって、ノエルは家族の温かみをイメージさせてくれる存在だったのに。
もし息子が生まれたら、ノエルが抱えた寂しさを取り払うように接したいと思う程だったのに。
(はぁ……小説に引きずられちゃう……こんな時こそ――)
私の頭の中には「婚活」の文字が浮かび上がる。ずっと温かい家庭を築きたい目標があったのだから、時間がないと諦めずに、さっさと動けばよかったのだ。
そう思えば、こうしてぐずぐずしている暇なんてない。
(べ、別に、小説の結末から逃避したいとかじゃないけれど……)
少し心残りが生まれるものの、次だ次とベッドから勢いよく立ち上がった時。
『あ……れ?』
ぐわんぐわんと頭の中でサイレンが鳴るような不快感が、身体を襲う。
ぐらつく視界、吐き気、自由に動かせない身体。重力に引っ張られるように、床へ倒れてしまう。
思えば、小説を読むのを含めて一週間ほぼ徹夜の生活だった。もう身体は限界だったようだ。度重なる睡眠不足によって、目の前が真っ暗になっていく。
死が迫っていると本能的に感じている中で思ったのは――。
ノエルには、助かってほしかったなぁ……。
それに憧れの結婚生活も送りたかった、なぁ……。
そして私の視界は、ぷつりと電源が切れるように黒に染まっていった。
そう、意識がなくなった――はずだったのに。なんだか耳に幼い男の子の声が聞こえるような感覚を覚えた。その声の方へ引き寄せられるように、力を入れた瞬間――。
私の視界には天使のように可愛らしい男の子・ノエルがそこにいたのだった。
◆◇◆
(え……これは、現実、なの……?)
先ほど頬をつねって確かめたのに、未だに現実感が湧かない。そんな私の方へ、威圧感を持った女性の声が届く。
「ノエル様、離れて下さいませっ! レイラ様はあなたに時間を使っている暇はないのです!」
「え?」
あまりにキツイ物言いが聞こえて、思わず私は驚きの声が漏れてしまう。
「わがままを言って、気をひこうなどと卑劣な行いですわっ!」
耳を疑うような言葉を放つ声の方へ、視線をやれば――王宮で務める使用人の服を着た女性がいた。おそらく、レイラの側仕えなのだろう。
彼女は、怒り心頭と言った様子で私とノエルの間に割って身を入れてきたかと思えば、ノエルを押しのけようとする。
「わ……っ」
「ふんっ! レイラ様の行く手を阻まないことね」
使用人の勢いにおされて、ノエルは尻もちをついてしまった。そうしたノエルを彼女は見下しながら、偉そうに声をかけていた。
おそらくノエルは、どこかへ向かう予定だったレイラのもとへ駆け寄ってきたのだろう。もちろんノエルの側にも、側使えの使用人たちが控えているのだが――。
彼女達も、レイラの使用人と同じようにあざ笑うかのような態度だった。
ノエルには誰も手を差し伸べない。
こうした状況を理解した瞬間……私の中でプツッと何かが切れる音がした。
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