42・君にも色付く世界を見てほしい
「うーっす、渡辺先輩。テストお疲れさまー」
「やっほー! 鷹田くんもマイナスくんもテストおつかれさま!」
「えへへ、お疲れさまッス!」
中間試験が終わり、久しぶりの部室での会話!
「見る感じだとマイナスくん、テストの調子はよかったみたいだねー?」
「えへへ……おかげさまで……」
「テストの内容が手抜き過ぎて、中学校どころか小学校の内容もあったっすよアレ」
「数学の角田先生いなくなっちゃったからてんやわんやなんだろうねー。他の先生は2年と3年にかかりきりだし」
「でも、ぶっちゃけ助かったッスよ……!」
赤点の心配がちょっと無いのが嬉しすぎるー!
「いやいや、一応私たち、学びに学校来てるわけだからね!」
「俺はとりま高卒貰えればいいっすけどー」
「そこは人それぞれだから深く言及しないけど……今、楽してもいつかツケは回ってくるんだからそれは忘れないように!」
「うーっす」
「はいッス……!」
渡辺先輩は速水先輩が絡まなければすごい良い人なんだよなぁー。
「まだ開始まで時間あるし、ひと通りは終わったし……暇だしマイナスくん鍛えよっかな!」
「えっ!? えっ!? なんでそうなるんスか!?」
「マイナスくんに私の所作を仕込んで、サブリミナルに速水先輩へ私の存在を感じてもらうためだよ」
「あちこちの凹みもサブリミナル効果狙ってたんすねー」
「あれはマーキングの類じゃ……?」
「さぁ、マイナスくん! 私の溢れる想いを先輩に伝えるためにやるよ!」
「ヒーン……」
――
「マイナスくん、なんだかいつもと違うね♥」
「えっ、本当にサブリミナル効果が……?」
速水先輩と一緒にベースの練習……もとい先輩に色々教えてる。
相変わらず速水先輩は俺にベッタリだ。
「今日はあんまり抵抗しないんだもん♥」
「あ、そういう……その、なんていうか、先輩と過ごせる時間も思えばそんなに長くないッスからその……」
「卒業するまでの我慢……って事なのかなぁ♥」
「我慢じゃなくて、先輩との時間を大事にしたいなって思って……」
「……じゃあこれからはマイナスくんも公認って事だね♥」
「そ、そういう事じゃないッスよ!! ちゃんと良い思い出にしたいって事ッス!!」
「誘われたと思ったのになぁ♥」
「あ、どこか遊びに行きたいとかッスか……?」
かわいいね、って速水先輩は俺を撫でながらそう返す。
くすぐったい……
「そういえばね、やっぱりモーくんマーくんの演奏、もうちょっとどうにかしたいんだよね」
「あ、えと……どう、っていうと……」
「わかるでしょ? マイナスくんがふたりに言えるかは別だけど」
「あはは……先輩に口出すなんてとんでもないッスからね」
森夜先輩たちとはあれから特に何もないけども、だからこそすごい微妙な関係だ……
「俺も正直、ちょっと歌が上手いだけの素人だからさ、どうしたらいいってちゃんと言えないんだよね」
「う、うーん……」
思いつく助言は色々ある……
けども、俺からだと聞いてもらえないだろうって思う……
「あのふたりのせいにしたい訳じゃないけども、ライブ、このままだと微妙だろうなぁ」
「できることなら盛り上げたいッスよね……」
「どうせそんなものって諦めちゃえば楽なんだけどね」
「そ、そんな――」
速水先輩は俺の口に指を当てて言葉を遮る。
「いいんだよ。別に」
速水先輩の顔を見ようとする。
「努力もできなくてやる気もなくて、ただなんとなく生きてる人が集まるような場所だから。うちの高校はさ」
「誰にも期待されてないの。だから誰にも期待してない。今がちょっと楽しかったらいいの」
「無理してがんばらなくていいよ。どうせ報われないもん」
「声をかけられて、ちょっと夢を見ちゃっただけなの」
……
「……マイナスくん?」
速水先輩の指が俺の目をなぞる。
「可愛いね、マイナスくんは」
いつも以上に先輩がぎゅうっと俺を抱きしめる。
込み上げてくるものはたくさんあるのに、声にならない。
「マイナスくんには期待してるよ。でも、無理はしないでね」
――
5月の半ばも過ぎて、家に帰る時間ではまだまだ日は高く、空は青い。
雑踏に耳をすませばたくさんの人の足音が聞こえる。どんな世界が見えてるんだろう。
風が吹けば葉が揺れて、忙しい世界に安らぎの音を添える。
全てが俺には音色。今、ここでしか聴けない世界。だいたいの人には雑音。
一度、世界がモノクロに見えたからこそ、世界は
そしてきっと、速水先輩はモノクロな世界を見てるんだなって思った。森夜先輩と黒間先輩も。
何も考えないで生きてきた俺だから、それが良い悪いっていうのは正直、わかんない。
少なくとも、不安や恐れを抱えていたモノクロの世界だった時、俺は楽だったよ。
フワッとした正解に向かって何も考えずに進んでいく。皆がそうしてる。
だから自分は、悪い事は何もしていない、そう思いこめる。
生きてる事だけを理由にさ、不安や恐れと向き合い続けるなんて、無理だよ。
だけど、奈落に飛び込むのもできなかったよ。怖いもん。
そんな俺に、あのロックが与えてくれたものはなんだろう。
一度でいいからやってみたい。そのために何でもする。
それくらい夢中にさせてくれて、そして今の俺の世界を鮮やかにしてくれている。
あの時の感動を誰かと分かち合いたい。
手を差し伸べてくれたあの歌を聞いた俺の気持ちを、他の誰かにも知ってもらいたい。
真似事でごめんね。でも、たぶん、それが俺の今のロック。
それにしても、ロックをする夢が叶ったらどうするんだろうな、俺って。
アルバムにしまって、たまに振り返って、思い出に浸って、それから仕事をがんばるとかかな。
――それでいいよね。
今のこの時間は、俺がワガママを言って作ってもらった時間なんだから。
終わったらパパやママやカナや上井先生、他にも色んな人のためにがんばろう。
そして、悔いがないように俺が思うロックを全力でやろう。
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