40・試練の時はみんなの力で乗り越える。

 テストってなんであれ緊張する。

 上井先生に披露する時だってそうだし、コンクールや発表会だっていつも緊張してた。


 良い緊張、悪い緊張があると上井先生は言ってたけども、今の緊張はどっちだろう。

 始まる前のそわそわとした時間、皆は余裕と言ってるけども、それでもいつもと違う空気を感じるられるのはなんだかんだテストだからなんだろうなあ。


 今日の科目に数学と理科は無い。

 だからまだ安心できる所はある。


 手伝ってくれた皆、特に波多野さんの顔を思い浮かべながら、落ち着いて挑む……。

 少なくとも、今日の科目の赤点は回避する……!



 ――



「な、なんか、思ったより、すごい、できた気がする……」

 みんなに成果を聞かれてそう答えると、驚く声が聞こえる。


「実はマイナス、がんばってたんだぞー」

 熊谷が笑ってみんなに言う。


「いやいや……がんばってたけども……」

 隅の方にいる波多野さんの方をちらっと見る。言わないでー! とばかりにジェスチャーしてる。

「実質、明日が本番だから、俺、がんばらなきゃ……!」

 話をそらして事なきを得る……

 

「あははー、波多野さんに教えてもらえばきっと大丈夫さー」


 熊谷のその一言で、クラスの皆の視線が波多野さんに向かう。



 ――



「あははー、いやーごめんごめん。照れ屋だもんなー波多野さん」

「だ、大丈夫だよ……その、本当に、緊張しちゃうだけ、だから……」


 今日のテストに絞った波多野さんの小冊子。

 それを熊谷と俺、他クラスの友達に作っていたと皆に話す事になった。

 小冊子はテストの範囲にピタッと収まっていて、クラスのみんな大絶賛だった!


「みんなの分を用意するってすごい大変そうだけど、大丈夫……?」

「あ、そこはPDFにして配れば良いから大丈夫だよ……!」

「そのうち波多野先生ーって呼ばれるかもなー!」

「い、いやいやいや……わ、私だって勉強してる身だから、そんなそんな……今回、偶々、上手くいっただけ……だよ」


 波多野さんは両手で顔を隠す。


「だけど波多野さんのおかげで俺、本当に今回は何とかなりそうだから……本当に本当にありがと……!!」

「ど、どういたしまして……あ、そ、そうだ……!」

「おー、どうしたー?」

「あ、あの、この後、時間空いてる……? あ、熊谷くんも……」

「俺はとりあえず大丈夫だよ! お昼でも食べに行く?」

「そ、そう……そんな感じで……」

「あー、俺は用事あるからダメだー、ふたりで楽しんできてなー」


 熊谷はそう言うとニコニコしながらこの場を離れる。


「あ、ああー……違うのにー……」

「熊谷は忙しいから仕方ないね……とりあえず行こう行こう! 時間がもったいないからさ!」

「う、うん……」



 〜〜



『ピーガガー。こちらクマヤン。ノンノンがマイナスを誘って昼飯に向かう。繰り返す。ノンノンがマイナスを誘って昼飯に向かう』

『ノンノンから誘ったん!? クマヤンは尾行をするんや! シー司令官ちゃんからの命令や!』

『ちょ、ちょっとー! それはやり過ぎだよー!やめようよ!!』

『ツッキー軍曹! 怖気ついたらアカン! ああいうふたりの関係からしか得られない栄養が……じゃなく、分析するにも応援するにも調査が必要なんや!』

『あ、波多野さんは自転車で、マイナスはバスで向かうみたい。たぶん駅かな?』

『はあああ!? にけつしろや!! ウチはバスでマイナスをつけるでぇ!!』

『マイナスくん、もしかして自転車乗れないとか……?』

『あり得るー。合流するならマイナスだけ追えばいいんじゃない? そういうわけで司令官よろしくなー』

『任せろや! 完璧な尾行したるで!』



 〜〜



「渋谷さん、今日もバスなんだー」

「お、同じバスになる事もあるんやなー!!」

「バス通学ならそうなるってー!」

 バスが出発しそうな時に、渋谷さんが全力で駆けてきて驚いた。

 ギリギリ乗れてよかったー。


「テ、テストの方はどないやった?」

「おかげさまでバッチリ! ……とまではいかないけども、思った以上にできたよ! 本当に波多野さんのおかげで……」

「ウチもノンノンのおかげでめちゃくちゃよかったわ! あ、よかったらそのうちにお礼でもせん?」

「あっ! いいね! 波多野さんの好きなもの贈ったりとか……?」

「ウンウン! あっ! でもマイナスやったらもっと良いもんあるわ!」

「えっ、なんだろ?」

「演奏に決まってるやろー! マイナスのセンスでノンノンの好きなもの贈っても絶対に微妙や! 得意分野で勝負せな!」

「……あー! たしかに……!」


「ちな、マイナスは好きなもんって何やろ? もちろん音楽以外でやで!」

「えっ、音楽以外で好きなもの……?」

「食べ物とか飲み物とか、オタク趣味なもんでもええんやで!」


 ……待って。音楽以外で好きなもの……?

 音楽以外で……?

 えっ……?


「ご、ごめん、わかんない……」



 ――



「お待たせ! ハヤトさんもこんにちは……!」

「す、すいません。まだふたりでオフ会っていうのは不安で……」

「ああ、大丈夫だよ。僕の方こそ時間があるからって急に誘って悪かったね。来てくれて嬉しいよ」

「あはは……俺、本当の意味でおじゃま虫になっちゃうかもッスけど、すみません」

「あ、あ、いや、私が本当に、緊張しちゃうからだから……ご、ごめんなさい……」

「慣れてくれるまでゆっくり待つから大丈夫だよ。じゃ、行こうっか。ご馳走するよ」



 〜〜



「なあ! なんか思ってたんと違うんやけど!?」

「波多野さんとマイナスくんのふたりきりのご飯じゃなかった……デ、デートじゃないのがちょっとだけ嬉しく思っちゃった……」

「にしてもあの大人、どこかで見たことある気がするんよな……」

「うわー、なんか良い店入っちゃったなー」

「ど、どうしよう。私たちが気軽に入れる場所じゃない気がするよ……」

「水だけ頼んで粘るんも尾行のコツや! 図太くいくのも大事や!」

「いやー、流石に飲み物くらいは頼もうよー」



 〜〜



「わわわ……こ、こんな所いいんですか……?」

「こうやって来るの初めてだ……! メニュー見てもいいッスか!?」

「好きなものを頼んでいいよ」


 上井先生に連れられて何度か来た覚えがあるなー!

 カナはここのオムライスがお気に入りなんだよね!


 というか上井先生に食べたいものを伝えて、それで適当に注文を取ってくれるからメニューもちゃんと見るの初めてかも!


「とりあえず僕はランチセットBにしようかな」

「あ、えと……わ、私もそれで……」

「うわー……色々ある! すごい! 初めて見た!」

「マ、マイナスくんもランチセットにしよっか……?」

「うーん。でも、ハンバーグ食べたいな……!

 あ、この魚が上に乗ってるサラダもいいッスか!?」



 〜〜



「うわー、飲み物だけで普通に昼飯代になるなー」

「マイナスはああする事でアイツの財布を測ってるんやな……ノンノンを牽制するために!」

「た、たぶん普通に楽しんでるだけだと思うよ……」

「気を使わないで俺も行けばよかったー」

「あう……メニューを一緒に見てる……マイナスくん、やっぱりかわいいよぉ……」

「現状はやっぱりマイナスの方が圧勝やな……」



 〜〜



「クラネさんの進捗の方はどう?」

「あ! はい、その、おかげさまですごく捗ってます……

 色々紹介してもらえて、参考にしながらがんばってます」

「まだ初めて2,3年だっけ? 独学ですごいね」

「波多野さん、何か作ってるんですか?」


 蚊帳の外の俺だけど、やっぱり気になって聞いちゃう。


「あ、そのね、ゲームを作ってて……」

「そうそう。こう見えて彼女はゲームクリエイターの卵なんだ。

 プログラミングはマイナスくんはわかる?」

「うー……わかんないッスね……」


「僕はさ、ゲームプロデューサーでね。

 未来ある子の応援をしたいんだよね。その中で彼女はひときわ光るものがあってさ」

「い、いえ! まだまだ……勉強中なうえに作ったものも何とか動くだけで……」

「そこについてはこれからだし、伸ばせる所はこれから伸ばせばいいから大丈夫。

 言うならレベルデザインやUIがセンスあるよね」

「あ、そ、そう言ってもらえるとすごく嬉しいです……がんばった所なので……」


 わわ……波多野さんってやっぱりすごい人なんだ……!



 〜〜



「マイナス、完全に置いてけぼりにされてんなー」

「アイツ……完全にノンノン目的や……! なんか言い返したれ! マイナス!!」

「マイナスくんと話す時とはまた別の顔してるね……波多野さん」

「ゲームの話してるんやろか……波多野さん、めっちゃディープやったからな……」

「うーん。マイナスじゃどうにもできない分野だなー」

「一生懸命聞いてるマイナスくんかわいいよー……」



 〜〜



「す、すみません。お手洗いに失礼しますね……」

 ふたりの話が一段落、そして食べ終えた波多野さんが席を外す。

 ハヤトさんとふたりきりになる。この間の事もあるし気まずいな……でも、それも踏まえてちゃんと喋らないと。


「あ、あの。その、今日はご馳走さまです」

 どういたしてまして、と返される。

 当然だけどもちょっとそっけない。


「その……波多野さんって将来有望……なんですよね」

「そうだね。だからこうやって声をかけてるんだよ」

「だから……やっぱり、その、俺が波多野さんにくっついて回るのって、ハヤトさんから見るとよくない……んスよね?」

「自覚があっていいね」

 ハッキリとそう言われると傷つく……でも、専門の大人が言うならそうなんだろう。


「あ、あの、俺、波多野さんのために何かできる事ってありますか……?」


「そうだね。彼女と関わる時間を減らそう。勉強見てもらってるんだって? 彼女の時間を奪ってる」

「あ、でも、その、作業通話? っていうので良いって……」

「優しいから気を使って言ってくれてるだけだよ。わからない?」

「あ、う、そ、そうですか……そうなんですね……」


「関係にはギブとテイクがあってさ、君は彼女に何を与えられてる?

 君は奪ってばかり、つまりテイカーって奴なんだよね」

「は、はい……」

「彼女の事を思うならさ、今すぐ席を立ってあの子と関わらないであげてほしいな」

「え、え……その、急にそんな事したら心配を」

「僕が上手くやるから安心して。それとも信用できない?」

「い、いえ……」


 ハヤトさんの顔をジッと見る。

 ふたりの会話の内容は俺にはよくわからなかったけども、俺でも聞いたことがあるような会社の名前を何度も言ってた。

 こうやって気軽にご飯をご馳走してくれるような人で社会的地位もあるんだろうなって思う……



 〜〜



「マイナスくんが明らかにションボリしていってるよ……」

「アイツ、マイナスに何吹き込んでるんや!? これでマイナスが席立ったら確信犯やで!」

「いやーそんなー……って本当にマイナス行ったー!?」

「あー! 二手に分かれるでっ!

 ウチとクマヤンはマイナスにもう会っとるから怪しまれる!

 ツッキー! マイナスの方に行くんや!」

「え、ええー!? あ、でも、あ、う、うん……わ、わかった!」

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