仮面のロックンローラー

黄色ミミズク

1・俺の名前はマイナッス!

 古いラジカセから最初に流れたのは、歓声だった。

 カッカッカッカッと拍が取られた後に曲が始まった。


 ――なんで?お客さんは静かにしないの?


 激しいエレキギターのメロディー、勢いよくビートを刻むドラム、それを包むベース。

 そして始まる歌は今まで聞いた事も無い内容だった。


 ――どうして?なんで?僕の心に問いかけてくるの?


 歌であり、唄であり、叫びでもあって、まるで僕に向けられているようだった。

 目を閉じればステージにいるその人が僕に手を伸ばしてるような感覚さえあって、僕は泣きながらその手を取りたくて取りたくて震えてた。


 この人はステージの上から観客に――奈落にいる皆へ――語りかけてるんだって思った。



 中学三年の夏、こうして僕はロックを初めて知った。

 ステージと奈落の間にある壁は、壊せるんだって知った。



 僕はもっとロックを知りたい。

 こうして、僕の世界はいろ付いた。



 ――



「俺は舞南マイナって言います……

 ロックをやりたくて……

 いや、軽音部に入りたくて……?」


 軽音部の部室の前で俺は一言目の挨拶を考えている……


 ロックに出会ってから、俺は親に内緒でロックについて調べた。

 1950年代のアメリカでブルースを源流にして生まれ、後にビートルズを皮切りに世界中で流行したジャンルだ。

 ギター、ベース、ドラム、ボーカルを分担、4人でバンドを組むのが一般的で、軽音部はこのバンドスタイルで活動をする所だ。


 俺はロックを知るだけでは足りず、実際にやりたくて軽音部へとやってきたのだけども……


「緊張する……でも、最初が肝心だから……」


 開口一番のフレーズを頭の中で何度も繰り返し、いざ、ドアノブに手をかける――


「お前も軽音部希望なの?」

「へっ!?」


 思わず変な声を上げてしまう。


「あ、は、はい! 俺、その、ロックをやりたくて、だから軽音部に興味があって……」

「へー、一緒じゃん。俺も軽音部に入るつもりでよー」

「えっ!?」

「いや、ネクタイの色見ればわかるだろ? 同じ1年だって」

「あ、ああー……!」


 自分の事を伝えるのに夢中で、相手が同じ一年だと気がつけなかった……恥ずかしい……


「イカツイ顔してんのにお前、結構小心なんだな」

「そ、そうかな……? き、君こそかなり派手というか雰囲気があるよね……」

猛禽類もうきんるいだからな。そういうのに慣れたっつうか。お前の方はタヌキ?」

「い、いや、ヤブイヌとリカオンのハーフで……」

「犬系って事?」

「そうだよ。同じ肉食系だよ!」

「肉食で張り合ってんの……? もしかして高校デビューに挑戦してる感じ?」

「う、うぅ……」

「軽音部はその一環かー」

「そ、それはちが……!」

「ほれ、お手本見せてやるからついてきな」


 そして彼はいとも容易くドアノブに手をかけて、ドアを開いた。


「ちーっす、サーセン、ここが軽音部の部室で間違いないっすかー?」


 先輩たちの歓待の声が聞こえてくる。


「はい、俺は鷹田って言うっす」


 すごい……初めての人を相手にこんなに話せるなんて……


「あ、それでこいつ。こいつも入部希望らしくって……」


 鷹田が俺に視線を投げる。


 一言目が肝心、でも、事前に用意していたものじゃ違う。鷹田の真似をして、アドリブで……!


「俺はマイナッス!!! 軽音部に入りたくて来たッス!!」

「マイナスくんっす。よろしくー」



 俺の高校でのニックネームがマイナスになった瞬間だった。

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