共感
海月^2
共感
目の前で泣いている少女に掛ける言葉を探していた。痛ましいのにその姿に胸が痛まないのは、量産型と呼ばれる女子を僕が忌避しているからだけではない。
余りにも、脇目も振らず泣いてしまうから困り果てる。周囲への配慮という言葉を知らないような少女へ共感する方法を、たぶん僕は持っていなかった。独善的な痛みをひけらかされて共感出来る人間というものがどうにも想像が付かないが、きっとこの方法で許されてきたから辞められないのだろう。
それは、哀れなことだと思う。人に恵まれなかったという一点においては、同情することも出来る。けれど、やはりそれでも泣くことで他人の気を引き、共感して欲しいと望むばかりの少女は醜悪に見えた。
「ねえ。お兄さん、助けてよ。なんで助けてくれないの。皆んな皆んな、みぃちゃんのこと無視して。こんなに痛いのに」
少女は手首をなぞる。その下にある傷痕を慮る気も起きなかった。目の前の人間の痛みには共感せず、ただ自分の不幸だけを押し付ける少女に嫌気が差す。早くこの場から去ってしまいたいとすら思った。
「ねえ。お兄さん、何で返事してくれないの。昔は直ぐに返事してくれたのに。お兄さんも他の男たちと同じなの。マメなのは最初だけ?」
僕は触れられない右手を上げた。そして少女の頬に添える。
「許さない。許さない。許さない」
少女は手を振り上げた。そしてまた、僕の左胸に包丁を突き立てる。もう既に死体となった僕の身体からこぽりと液体が零れた。
「ねえ、こっちを見てよ。私の名前を呼んで。みぃちゃん、大好きだよって。……言ってよ」
少女の目から零れる雫が血と混ざりあって消える。泣かないで欲しかった。もう、けして好きではないのに。過去の恋心が騒いだ。
『泣かないで。ここにいるよ』
少女には届かない言葉が空に溶けていく。
「お願い。私を見て」
『見てるよ』
「愛して」
『愛してる』
「どこにも行かないで」
『ごめんね』
可哀想だから傍に居た。たぶん、僕の方が不純で最低だった。だから刺されても仕方がないのだ。
目の前の少女は身体に突き刺さった包丁を抜いて、脱力した。その瞳に生者の煌めきはもう灯っていなかった。生きているけれど、少女の魂が耐えられない程の不幸で壊れてしまったらしい。その時初めて、僕は少女のことで泣いた。死ぬという共通言語に、漸く少女の求めた共感の二文字を達した。
本来なら地縛霊になるはずだった魂が現世から引き剥がされていく痛みを感じながら、彼女の亡骸を抱きしめた。もう二度と自ら動くことのないそれを、僕の魂が成仏するまで抱きしめ続けた。
共感 海月^2 @mituki-kurage
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