第44話「ドーム・マトリョーシカ」

 ある日、逆木地所に奇妙な依頼が舞い込んできた。依頼人は40代ほどの女性で、郊外にある自宅の売却を希望しているという。そこまでは普通だったが、話を聞くうちにその家がただの家ではないことが分かった。


「田中さん、この家なんですけど……中に別の家があるんです」


 現地に赴いた俺は、依頼人の案内でその家に入った。外観は古びた木造家屋で、特に目を引く特徴はない。しかし、中に足を踏み入れた瞬間、異様な感覚に襲われた。


「どうぞ、こちらが問題の部屋です」


 依頼人が案内した先には、家の中にもう一つ、同じような家が建っていた。まるでロシアのマトリョーシカ人形のように、小さな家が大きな家の中に収まっている。


「最初に見つけた時は驚きました。ただの納戸だったはずなんです。でも、ある日突然、この家が現れたんです」


 さらに驚いたのは、その「中の家」の中に、さらに小さな家があることだった。


「中の家の中にも家があるんですか?」


「はい。しかも、どんどん小さくなっていくんです。でも、怖くて最後の家までは開けられませんでした」


 俺は一つずつ扉を開けていった。外の家より少し小さい家、その中にはさらに小さな家が続く。中の空間はだんだん狭くなり、まともに歩けないほどだ。


「田中さん、最後の家を見つけたら何か変なことが起きたりしませんか?」


 依頼人の不安げな声に、俺は心の中で苦笑した。正直、そんな馬鹿げた話があるものかと思っていた。だが、この時点で既に「普通」ではないのは明らかだった。


 一番小さい家の扉を開けると、中は暗闇だった。ライトを照らしても奥が見えず、奇妙なほど吸い込まれるような感覚がした。


「……これ以上は触るのはやめておきましょう」


 そう言って、小さな扉を閉じると、後ろから妙な音が聞こえた。振り返ると、全ての扉がひとりでに閉まっていた。依頼人は顔を真っ青にして震えていた。



 帰社して社長に報告すると、いつものように意味深な笑みを浮かべていた。


「田中、それは面白い家だね。マトリョーシカみたいに、どんどん中が続く……そんな家、聞いたことがないよ」


「それでどうしますか? 売却どころじゃないですよ」


「まずは一番外側の家だけを売るか考えるといいさ。中の家は……お前が見たように、触らないのが一番だろうね」


「でも、依頼人が怖がっています。せめて最後の家の正体くらい……」


 社長は首を振った。


「最後の扉を開けたらどうなるか分からないだろう? そういうものはね、閉じたままにしておけ。思い出せ田中、小さな家の中の家に入るたびに、お前も縮んでいってなかったかい?」


 その後、家は結局取り壊されることになった。だが、解体業者が中に入ると、家の中の家が一つ残らず消えていたという。


 依頼人も最終的には「家が消えたのならそれでいい」と納得したが、俺の中には妙な違和感だけが残った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る