第42話「私道の長い旗竿地」
住宅地図を整理しているとき、不意に目を引く土地があった。旗竿地そのものは珍しくないが、その「竿」にあたる部分が異様に長い。道幅は車一台が通れる程度で、細くまっすぐ奥の家まで伸びている。だが、その距離感は非現実的ともいえるほどだ。
「なんだこの土地……」
俺がつぶやくと、背後から社長が覗き込み、ニヤリと笑った。
「ああ、あそこね。知ってるよ。私道がやたら長いことで有名な家だよ」
「有名なんですか?」
「まあね。あの道を囲んで一族が何軒も住んでるんだ。一族で私道を共有してるんだけど、そこがちょっと変わっててね。あの道を毎日歩くことが一族にとって大事な“行い”なんだそうだ」
「行い?」
「そう。昔からのしきたりでね、道を踏みしめることで何かを守っている、みたいな話さ」
俺は眉をひそめた。社長が妙なことを言い出すときは大抵、嫌な話が続くものだ。
「それって、具体的に何を守ってるんですか?」
社長は肩をすくめながら、地図に目を落とした。
「さあね。ただ、30年ほど前に区画整理の話が持ち上がったことがあるんだけどね、あの一族が断固として反対したんだ。理由は『道を守るため』だってさ。その話が原因で周囲の住民と揉めたらしいよ」
「道を守る……それって、ただの通行のためじゃないんですか?」
社長は俺の顔をちらりと見て、少し声を潜めた。
「そう思うか? 昔の話を調べてみるとね、大地を踏みしめる行為には特別な意味がある場合があるんだ。『
「いや、さすがにそんな話を真に受けるのは……」
俺は苦笑しながら返したが、社長はどこか意味ありげに地図を見つめ続けている。
「面白いだろ? おそらく、あの一族にとって道を踏むという行為は、単に歩くだけじゃなく、一種の“務め”だったんだよ」
俺は地図を見つめながら、ふと疑問を口にした。
「でも、そんなに大事な道なら、今も全員が守ってるんですか? 一族全員で踏むって、結構な人数いそうですけど」
社長はニヤリと笑った。
「それがな、最近はそうでもないらしいんだ。若い世代が独立して外に出て行くことが増えて、道を踏む人間が減ってきてるって話だよ。昔は20人以上いたらしいけど、今じゃ半分以下だそうだ」
「道を踏む人数が減ったら、何か問題が起きるんですかね? そもそも、道を踏むことにそんな意味があるなんて、証拠もないでしょう」
「証拠なんていらないさ。一族がそれを信じてやってきたんだからね。でも、もし本当に何かを封じてるとしたら、人数が減ったことで封印が弱まる可能性はある」
俺はその言葉にぞっとした。
「封印って……じゃあ、その道の下に何かがあるってことですか?」
社長は小さく笑いながら、地図を指で軽く叩いた。
「誰にもわからない。ただな、もし本当に何かがあるなら、いずれ蘇るかもしれない。その瞬間を見てみたいと思わないか?」
俺はその発言に目を見張った。
「いやいや勘弁してくださいよ。そんなの、巻き込まれたらたまったもんじゃありません」
「巻き込まれたら、ね……」
社長は独り言のようにそう繰り返し、興味深そうに地図を眺めていた。その表情には、普段の鷹揚な雰囲気に加えて、どこか底知れないものを感じた。
俺は社長の話を思い出しながら、再び地図を見返した。あの異様に長い私道。毎日通ることに意味を見出してきた一族。
だが今、道を踏む人数が減りつつあるという状況は、長年保たれてきた秩序が崩れ始めていることを暗示しているようにも思えた。
もしその道の下に「何か」が眠っているなら、それが表に出てくる日は近いのかもしれない。だが、その「何か」がどんなものなのかを考える気には、どうしてもなれなかった。
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