第36話「一枚足りないカードショップ」
カードショップの店主から「何か不穏なことが続いている」と相談を受けた俺は、閉店後の夜に確認へ向かうことになった。
その店は趣味の店にしては意外に繁盛していて、特にレアカードを揃えていることから、コレクター達に重宝されている。しかしここ最近、毎晩閉店後に
「一枚足りない……」
悲しげな声が店内に響くというのだ。
店主はおどおどした表情で俺に説明を続けた。
「実は……数日前に、高価なカードが一枚紛失しましてね。犯人もわからないままで、ちょっと疑わしいアルバイトがいたんですけど……私がきつく叱ったら、彼……その翌日にはいなくなっちゃったんですよ」
叱られたアルバイトはそのまま音信不通になり、店に戻ってくることはなかったらしい。
以来、夜になるとレアカードを数えるような、どこか切迫した響きの声が聞こえ始めたという。
夜になり、店内の灯りを落として待っていると、やがて聞こえてきた。店の奥の方から、かすかにか細い声で何かを数える音がする。
「……一枚……二枚……三枚……」
声は少しずつ強くなり、響くたびに寒気がした。次第にその声は苦しそうになり、途切れ途切れに、かすれるような調子でこう繰り返す。
「一枚足りない……やっぱり足りない……」
その言葉に、つい体が硬直する。レアカードを求める、どこか悲しげで執着のこもった響きに、背筋が凍るようだった。俺は慌てて懐中電灯をつけ、周りを照らしたが、そこには誰もいない。ただ、ひんやりとした空気が店内を包むばかりだ。
翌朝、俺は社長にこの出来事を話した。すると社長は、やけにのんびりとした口調でこう言った。
「田中、それは…彼が執着してるんだろうねぇ。無くしたカードを見つけるまでは、成仏できないってところかもしれない」
「……成仏って……」
「足りないカードがある限り、その声は続くだろうね。さて、店主さんには……カード探してもらうしかないんじゃないか?」
それから数日後、店主から連絡が入った。「実は……」と重い口調で、彼は事実を話し始めた。
かつて失踪したアルバイトの件だが、なんと別のアルバイトが密かに高価なレアカードを盗み、外部で売りさばいていたらしい。失踪したアルバイトには罪をなすりつけるつもりだったようで、最初の紛失時も、あえて彼に疑いが向くように仕向けたのだという。
別のアルバイトが窃盗で捕まり、事件はあっけなく解決した。しかし奇妙なことに、それから夜な夜な聞こえていた「一枚足りない……」という声も、ぴたりとやんでしまったのだ。
店主は驚いた様子で、
「あの子も、疑われたことをずっと悔しがっていたのかもしれませんね……。申し訳ないことをしました」
と呟いた。俺は店の中を見渡し、静まり返った空気の中でふと感じた。
彼は恨みは報われたのだろうか——理不尽な扱いを受けて消えたアルバイトの無念が、ようやく晴れたのかもしれない。そして、それを誰よりも望んでいたのは、実は彼自身だったのかもしれない。
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