第27話「二股大根のモデルルーム見学」

「田中さん、ちょっと見てもらえませんか……」


 小湊が困ったような顔で声をかけてきた。新しく建設中のマンションのモデルルームのことで、まだ周囲には畑が残る地域だ。現場はプレハブの簡素な展示スペースだが、新築マンションの見込み客がちらほら訪れるため、問題があってはまずい。


「今度は何があった?」


 小湊に促され、現地に足を運ぶと、プレハブのドアの前に不思議なものが置かれていた。土がまだ付いたままの、根が二股に分かれた大根だ。まるで地面から抜かれた直後のような泥だらけの姿。


「これ……誰かが置いてったのか?」


 俺が尋ねると、小湊は首を傾げながら、


「朝来たら置いてあって……まさか、農家さんからの差し入れ……とか?」


 モデルルームの近くには畑が広がっている。どこかの農家がジョークで置いていったのかもしれない。


「それにしても、なんだか妙に目を引く形だな」


 大根はまるで二本足で立っているように見える。片方の根が長めで、もう片方が短いせいか、踏ん張っているようなバランスでドアの前に鎮座している。


「……何か、可愛く見えてきました」


 小湊がつぶやいた。その視線は、最初の困惑したものからだんだん柔らかなものに変わっている。


「この大根、モデルルームを見に来たんじゃないか?」


 そう冗談を言うと、小湊は吹き出して、思わず大根をじっと見つめた。


「確かに……ここが気になったのかもしれませんね」


 プレハブのモデルルームは簡素ながらも工夫を凝らした展示スペースだ。コンパクトなリビングダイニングに、北欧風の落ち着いた家具が並び、明るい日差しを思わせる照明が天井から優しく降り注いでいる。小窓のカーテンにはレース模様、観葉植物がテーブルに彩りを添える。広くはないが、居心地のよさが感じられる空間だ。


「もしかして、この大根、あのカーテンとかクッションに惹かれたのかも?」


 小湊がふざけたように言う。気づけば彼女の表情はすっかり明るくなっていた。


「短い方の脚を引きずって、苦労してここまで来たんだろ」

「……頑張って歩いてきたのかもしれませんね」


 まるで物語の登場人物のように、大根の動きを想像する小湊。それが面白かったのか、彼女は大根の泥を丁寧にふき取り、クッションを使って立たせてみた。そして、ついには厚紙に「いらっしゃいませ!」と書いて大根に持たせてしまった。


「これで看板大根ですね!」


 プレハブの狭いスペースが、小湊のアイデアでちょっとだけ明るく、そして楽しくなった。


 それでも、この状況を会社に報告せずに済ませるわけにはいかない。俺は事務所に戻り、社長に経緯を伝えた。


「モデルルームの前に二股大根か……。ふむ、田中、君らのお客様第一主義もいよいよここまで来たか。今度から野菜もターゲットにするのかね?」


 社長は目を細め、楽しそうに笑った。その無責任とも言えるのんきな反応に、俺は肩をすくめるしかなかったが、小湊の愛着ぶりを思い出すと、少しだけ救われた気がした。


 モデルルームに置かれた大根が、まるでこの場所に住み着こうとしているかのように思えたのだ。

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