第29話「面積が変わる土地」
測量を依頼した土地家屋調査士から連絡があった。
「田中さん、ちょっとおかしなことが起きてまして、調べてほしいんです」
詳しく話を聞くと、その土地は測量のたびに面積が変わるという。そんな馬鹿げた話があるものかと思いながらも、調査士の困惑した様子に押されて現場へ向かった。
現場は郊外の元は桑畑と思しき、のびのび育った桑と雑草が生い茂る広い空き地だった。見た目には何の変哲もない。
「ここがその土地です」
調査士が指差す先で、俺も一緒に測量を始める。だが、結果は確かにおかしかった。
「……502平方メートル?昨日は500だったんですがね」
調査士が渋い顔をして呟く。
その後も俺たちは何度も測定を繰り返した。ところが、面積は測るたびに変わる。ある時は510平方メートル、またある時は498平方メートルになることも。
「これじゃ、正確な価格がつけられませんね。登記もできなければ、固定資産税も計算できない。無理に値段をつけても誰も納得しないでしょう。測量は終わりにしましょう」
調査機器を弄り、書き直しつづけて消し痕だらけになった図面に頭を掻きむしる調査士に俺は言った。
正直言って、俺も頭が痛くなり始めていた。面積が変わる土地なんて話、常識的にあり得ない。それでも事実として、測量結果はバラバラだった。
その日の午後、俺は社長に報告を入れた。
「社長、測量した土地の件ですが、測るたびに面積が変わるんです」
社長は俺の話を聞いて、面白そうに笑った。
「おお、それは土地が遊んでいるのかもしれないね。大地にも気まぐれってものがあるかもしれない」
「……冗談になりませんよ。これじゃ誰も買いませんし、うちで管理もできませんよ」
「田中、お前はどう考えているんだ?」
「知らぬ顔をして売り払う――のはリスクが高い。結局、登記ができない以上、この土地を自治体に寄付するのが一番かと」
社長は顎を撫でながら少し考えた後、意味深に口を開いた。
「寄付するのが一番だろうね。田中、そういう土地ってのはね、人間のルールの外にあるんだ。我々の手に負えない」
「一銭の儲けにもならないことが悔しいですが……」
「ま、損切も仕事のうちさ。私としては、その土地の行く末が個人的にとても楽しみなんだがね」
約500平方メートル、150坪、周辺地域は車通りも多く、広い駐車場付きのコンビニでも立てれば、それなりの利益が出る土地だ。無償寄付は会社としては非常な痛手だが、俺はこの土地の行く末に漠然とした不安を抱き、逆に社長は楽しみにしている。
その後、調査士と一緒に市に土地の寄付を申し出ることになった。だが、ここで思わぬ壁にぶつかった。市はこの土地を受け取ろうとしなかったのだ。
都市計画課
「現在、土地の寄付は受け付けておりません」
建設部
「はあ、土地の面積が測量の度に変わる? 測量が間違っているのではないのですか? はあ、はあ。そのトータルステーションが壊れているんじゃないですかね? え、最新式? 点検したばかり? ――ハア……、そういったおかしな話は担当ではございませんので……」
税務部
「面積が変わるから、評価額がわからない? そんな理由で滞納は認められません! 一番大きな面積で税を徴収しますよ!?」
市役所の部署をたらい回しにされた挙句、どこでも首を横に振られた。
それでも粘り強く交渉を続けていると、ある日突然、状況が一変した。国土交通省から役人が現れ、その土地の寄付をあっさり受け入れたのだ。
「国土交通省……ですか?」
『国土交通省 特殊地理対策局 主任調査官
受け取った名刺には聞きなれない所属部署が書き連ねてある。
あまりに急な展開に驚いた俺が尋ねたが、パリッとしたスーツを着こなした日置氏は素っ気ない。まるで余計なことは聞くな、という態度だ。
「特殊な土地ですから、責任を持って引き取ります」
そして余計なことは何も言わずに、必要書類だけを持ってさっそうと霞が関に帰っていった。
納得がいかないまま帰社し、社長にその顛末を報告した。
「国まで動いたのか。それは面白いね」
「……普通じゃあり得ませんよ。なんでこんな土地に国が出てくるんです?」
社長はいつものように落ち着き払っていた。
「まあ、そういうこともあるさ。世の中にはな、普通じゃないものも普通にあるんだよ。人間のルールの外にある不動産はさ、国にでも任せようじゃないか」
「……納得できませんね」
俺が少し不満げに言うと、社長はにやりと笑った。
「納得できないままでいいんだ。そういうものを相手にするのが、君の仕事なんだからね」
以後、その土地には頑丈なフェンスで囲まれただけで中身は茫々たる桑と雑草の空き地のまま、だが登記や土地台帳などの過去の情報は抹消されてしまっていた。
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