七日後に転校する先輩と僕の話

コオロギひかる

一日目 

 「僕と付き合ってください!」

 僕が今日告白したのは――


 ここは関東の東京に行きやすい普通の町。朝のことだった。僕は、いつも通り学校に徒歩で通っている。もう冬だ。先輩たちは受験勉強を始めなくてはならない季節。僕は高い偏差値の大学を目指していないので、たいして勉強はしていない。歩道は冬の寒さで硬くなっていた。

 僕の学校は、世間的に言ったら、普通の高校だ。普通といってもいろいろあるが、頭の悪いやつは少ない。良いやつもいない。凡々たる学校だ。進学先も就職と進学が半々でだいたいが地方の大学に進学する。


 冬になったからか、木々に緑はない。僕は寒いのでコートを着ている。吐く息は白い。

「よう! 紫」

 そう僕の名前を呼ぶのは友人の祐二だ。祐二は、ピアスを開けていて、金髪でピザ屋でバイトをしているおちゃらけた俺の友人だ。

「おお! またなにかやってるじゃん」

「ん?」

 僕が祐二に聞くと、を見て僕はぞくっとしていた。

「せ、先輩」

 僕は驚いていた。心臓がどきどきしている。どきどきするのには理由がある。


「付き合ってください」

 そう言っているのはリアルの充実していそうな一軍のサッカーをしている色白で顔が細く整っているイケメンの高校二年生の先輩だ。彼が告白している対象。これが僕のこころを不安にさせていた。

「ごめんなさい」

 そう断っている先輩の浅香さん。この人がそう、彼女が僕のこころをどぎまぎさせている。

 クールビューティーでロングの髪形。彫刻品のような美女。大和撫子やまとなでしこさを醸し出し、また自立した大人の女性といった雰囲気。着ている黒色のコートが、また彼女のクールさに磨きをかけている。

「どうして」そうイケメンは聞き返す。

「教えないわ」


 そういうと、がっくりと肩を落とすイケメンを無視して、先輩は歩き出した。

 その様子をみて少し前のことを思い出した。どうして先輩は部室に来なくなってしまったんだろう。僕と先輩は同じ部活「文芸部」だった。


 僕と先輩は、黙って本を読む。その時間を二人で共有しているだけだった。僕は、ネットで暇つぶしに小説をあげていたので、部室ではパソコンを使ってその本の気に入った部分を模写したりしていた。

「作家を目指しているの?」と浅香先輩は聞いてきた。

「いえ」

「なんで?」

「ただうまくなりたいから」

「あなたはなにになりたいの?」

「考えてません。大学行くのも面倒くさいですし高卒公務員でも目指そうかなーって」


 僕は模写をしている。谷崎潤一郎から志賀直哉。そんなクラシックから最新の小説まで徹底的に模写していた。どうしてこうなるのかとか最初はわからず、ただうまい文章を書く人をひたすらに物まねして文章はどんどんうまくなっている。何度もひたすら書き続けようやくいろいろ文章がわかるようになっていった。

「そうなんだ」

 先輩はそういうと読書に戻った。僕と先輩はほとんど話さない。


 先輩のページをめくる音。A4のノートに鉛筆で何度も模写してぼろぼろになった谷崎純一郎の文庫本。冬。ストーブの音、からっ風。静寂。本棚にある耽美派たんびはの本と浅香先輩の好きな推理本。

 浅香先輩の本棚には本格ミステリーから清涼院流水まで並んでいた。

 僕と浅香先輩との間に会話などない。ただ、お互いにこの静寂さを共有する。それだけの関係。だから、浅香先輩のことが好きであるという気持ちはいつ芽生えたのか?

 それは単純な理由になる。男って単純だよ。


 これは7月ごろの話だったと思う。夏に近くなって、僕と先輩が汗をかきながら、部室にいた時のことだった。先輩の短いスカートとセーラ服、それに制汗剤の匂いが漂ってきた。 

「どういうもの書いているの?」そう浅香先輩が僕の書いているものを後ろから覗いてきた。

「あー見ます?」

「うん」

 先輩は僕の書いた小説を読みだした。僕の当時書いたものはなんというかつまらない小説だった。単調だったし。

「うわーひどいわこれ。つまんない」

 あまりに酷いものだったのかこのように言われ、少し落ち込んだ。その小説は確かに駄作だった。今の自分が見てもそう思う。

「ひどい」

「でも、このシーンはよかったかも」

「ホントですか」

「うん毎日勉強しているだけあるわ上手いすごいよ」

「えっ」 

 僕はびっくりした。先輩の手が僕の頭を撫でていた。

「ありがとうございます」


 そのあと、いつも通りの静かな時間に戻った。時計の秒針の音が時を刻んでいく。

 先輩が本を読んでそろそろその本が終わりごろに近づいていったとき、ページをめくっている先輩の親指の皮膚が紙で切れた。細い切れ目ができて、少し出血している。

「痛っ」

「大丈夫ですか?」

 そうすると、先輩は口に親指を咥えた。

「まあ、大丈夫だと思うわ」

「僕緊急箱取りきます」

「いいの」

 そういって、出血している手でつかんだ。僕のワイシャツに先輩の鮮やかな血がついていた。だが、僕はその言葉を無視し保健室で緊急箱を取って先輩を治療した。

 先輩が読んでいたページには血の痕がついていた。


 僕がなぜ、浅香先輩を好きになったのか。その理由は単純だ。彼女が、ほめてくれたからだ。


 その後も、僕は浅香先輩に辛口批評をうけつつ、いいところはほめてもらっていた。いつも静かな部室で、僕と先輩の時間は心地よかった。

 


 だが、ある時から浅香先輩は部室に来なくなってしまった。


 二学期になって、秋ごろに、僕は部室に来なくなった先輩のあとを追うように先輩のクラスへ向かった。

「おい、紫! どこ行くんだよ」そう、裕二は尋ねる。

「ちょっと野暮用」

「野暮用! ひゅーかっこいいねえ」

「からうなよ裕二」

 夏服はもう終わって、冬服に変えていた。銀杏の木々が葉を黄色く染めていた。紅葉した木々が、もの悲しさを持っていた。

 先輩のクラスにつくと、浅香先輩がいた。

「あ、浅香先輩」

 僕は小声で先輩を呼んだ。だが、聞こえる声で呼べていなかったと思う。

「あ・さ・か」


 休み時間、本を読みゆったりとしている先輩に歩み寄ったのはリアルの充実していそうな一軍のサッカーをしている色白で顔が細く整っているイケメンの浅香先輩と同じクラスの先輩だった。


 そのイケメンは、先輩にだる絡みをしていた。先輩が興味なさそうなスポーツの話とか、スマホのソシャゲとかそういった類の話。


 たぶん、それが彼なりの一生懸命さであったのだと思うが、読書中に話しかけられたらそれは迷惑だよなとは思った。先輩はイケメンに

「ごめんなさい読書に集中したくて」

 そう断った。

 僕はそれをみているだけになった。先輩に話しかけられる勇気など到底ありはしない。


 そして、今日のイケメンの告白と来たわけである。衝撃だった。

「大丈夫か? 紫」

「僕、浅香さんに告白するよ祐二」

「何言ってるんだ。たまたま部活同じなだけだろ。あの告白を100回断った女帝だぞ。今日告白した人でもダメだったんだぞ」

「うん。でもするよ。決めたことなんだ」

 僕は決意していた。先輩に告白すると。

 良いんだ。嫌われてしまっても。あの静かな時間を彼女にとって最悪な記憶にされても。僕がその思い出をこれで失ってしまっても。

 


 僕はそのまま教室に行った。

 僕はそのあと、授業を受けていた。一限目が終わりどんどん授業は終わっていく。僕は、四限目の昼休みに先輩のクラスに向かった。昼ごはんも食べずに向かった。足は先輩のクラスへと向かう。

「おい紫」

 祐二はそれを追う。

 僕はその言葉を無視して歩き続ける。

「紫!」

「なんだよ祐二」

「俺はお前の傷つく姿見たくないんだ」

 僕は制止する手を払いのけて「わかっているよ」

 僕はそれでも進もうと決めた。


「浅香さんいますか」

「はい。紫くん」

 驚きも動じずもせず現れた浅香先輩。久しぶりの浅香さんは綺麗だった。良いにおいするし近づけば美しいと率直に感じた。

「放課後に部室に来てくれませんか」

「どうして?」

「話があるんです」

 僕は自信なさげに答えた。

「わかったわ」

 その時の先輩の切なそうな顔を僕は忘れない。少し寂しそうだった。なにかが、終わることを知っているような孤独さを抱え込んでいるような。でも、感情で見せてくれるわけでもない。雰囲気でわかる。ただ、先輩の見せてくれる顔に少しそれを感じた。


 僕はそれを話すと、先輩のクラスから出た。僕には分かっていた。


 授業がすべて終わり放課後になった。夕日が出ていた。寒空を見上げた。僕はクラスから部室へと向かった。部室棟に入って、そこから、部室に入った。

 僕は部室に入った。

「紫くん。着たのね」

「はい来ました」

 僕はにこっと微笑んだ。先輩は無表情で冷徹な顔をしていた。

「先輩に聞きたいことがあるんです」

「なに?」

「先輩はどうして部室に来なくなったんですか」

「言えないわ。だってただの部活が同じなだけの関係じゃない」

「わかりました」

「話ってなにかしら」

「僕と付き合ってください!」

 先輩はその言葉に少し驚いていた。

「なんで」

 先輩の無表情が崩れて、教室にいたころとは違って泣きだした。

「なんで告白なんてするの。ひどいよひどいよ紫くん」

「先輩が好きだから」

 すると、先輩は僕に抱き着いてきた。涙を流しながら。

「私も好きなの! あなたのことが。あなたにひどい態度とってごめんなさい」

 何がなんだかわからない。ただ、告白しただけだ。

「な、なにかあったんですか」

 いつもクールでかっこいい先輩の涙を流す姿は僕には信じられなかった。

「私もうこの町から出ていかなくちゃいけないの」

「なんでですか」

「引っ越すの親の事情で」

「そんな」

「こんな女忘れて」

 弱弱しくつぶやいた先輩に僕はどうすればいいかわからなかった。でも決めたことなんだ。

「付き合いませんか?」

「嫌よ。最初から別れが決まっている恋愛なんて」

 先輩は更に泣き出してしまった。

「遠距離恋愛とかだって」

「それ本気で言っているの! お父さんの転勤先は北欧のノルウェーなんだよ」

「そんな……」

「こんな女忘れてほしい」


 どうすればいいかわからなかった。でも、ただ、わかることがある。

 僕は先輩を抱きしめて、

「付き合いましょう! 先輩の責任は全部取ります」

「な、なにいってるの噓でしょ」

「だめですか?」

 僕は聞いた。

「こんなめんどくさい女と付き合っちゃうの」

「はい」

「でも……」

「好きなんです! 愛しあいたいんです! 先輩がいなくなる前に一生分愛し合いたいんです」

「北欧には」

「行きますよ! いつでも会いに行きます」

「私と付き合いたい?」

「はい」

 僕は彼女を抱きしめてキスをした。

「恥ずかしいけどキス初めてなの」

「僕もです」

「聞きたかったんですけど」

「なに?」

「どうして僕のこと好きになってくれたんですか?」

「一生懸命色んなこと頑張っていたからかな。あなたが没頭したあとの疲れ切った姿がかっこよくて」

 僕と彼女の恋が始まった。


あとがき

 焦らずマイペースに投稿していきます。

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