功利の怪物
つじくん(マンガ大好き芸人)
功利の怪物
『功利の怪物』という思考実験がある。
簡単に言うと、シュークリームをもらって1うれしい人達の中に100うれしい人がいたら、グループの幸福値の合計を考えたら、シュークリームがいくつあろうと、全て100うれしい人にあげるべきだという考え方だ。個よりも集団としての功利を優先すべきという考え方。
ある日突然、僕の住む街にその“功利の怪物”が現れた。文字通り、そして見た通りの怪物だ。
怪物は100メートルほどはありそうな大きさで、ビルとビルの隙間に鎮座して移動はしなかった。怪物は人々を襲いはしなかったが、手の届く範囲の食べ物や金品を片っ端から食べ始めた。人々は逃げ惑い、避難を始めた。
怪物は食事中、身体からまばゆく光る鱗粉のようなものを発し始めた。それは人体には有害ではなく、むしろ浴びた人々を幸福な気持ちへとさせた。嫌なことを忘れ、難しいことも考えず、それを浴びている間はただただ幸福な気持ちに浸ることが出来た。
怪物は食事はするが、人々や街を破壊したり傷つけたりすることは決してなかった。
そのうち人々は功利の怪物へと自ら食物や金品を捧げ始めた。
食べ物を自分が食べるより、怪物に与える方が、怪物の恩恵を受け幸せな気持ちになれるからだ。
でもそんなことをすれば、お腹は空くし、お金もなくなる。それでも人々は笑顔で怪物へと貢ぎ物を運んだ。怪物の食事は止まることはなく、幸福はばら蒔かれ続けた。
怪物が来て三日が経った。街は少しずつ飢餓と貧困に陥りながらも幸せに包まれていた。
僕は何故だか幸せじゃなかった。最初から。怪物の鱗粉を浴びても何も変わらなかった。僕だけなのだろうか。
他の街から来た人達は、この街の人達に追い返されるか、同じように怪物の鱗粉を浴び幸福に染まってしまう。もはや警察や救急隊など何も機能していなかった。
何も変わらないのは僕だけなのだろうか。
両親も、隣の家の人も、その隣の家の人も、その隣の家の人も、毎日毎日仕事もせず遊びにも行かず、ただただ怪物が見える範囲で朝から晩まで笑顔でいる。僕だけが何も変わらない。
なので僕が怪物を倒すことに決めた。両親も学校の同級生も僕が元に戻してやる。怪物もこの街も間違っている。
怪物の胸の辺りにある金平糖のような形をした光る物体が、きっとあの怪物の心臓だ。
あの怪物は大きいけど牙も爪もない。弱点も丸出しだ。
きっと、天敵がいないのだ。戦うことを前提に生きていないのだ。
僕は先を尖らせた角材を手に、怪物を見下ろせるビルの屋上へやってきた。ここから飛び降りれば、怪物の心臓へは用意に辿り着ける。
僕は怪物へと叫んだ。
「お前がやっていることは、麻薬をばら蒔いてるのと同じだ!」
すると、声が聞こえてきた。
「邪魔するんじゃない 町は、人々は幸せだ
俺を倒すことはお前の一人よがりじゃないのか?
英雄症候群に取りつかれた哀れな勇者か、一人幸せに入れない寂しがりやか」
これは怪物の声じゃない。誰も何も喋ってない。
僕の声だ。僕自身の。この街の中で、僕が、僕の人生だけが、怪物が来る前と来た後で何も変わっていない。怪物が来る前から親とも同級生とも打ち解けれず、ほとんど笑ったことなどなかった。僕だけが怪物の恩恵を受けれずに幸せじゃなかった。僕を除け者に幸せそうなこの街も、僕を除け者にさせる怪物も許せなかった。
僕は街や家族の為じゃなく、自分の為に怪物を倒したかったのだ。どうしようもない孤独を加速させるこの世界を破壊したかったのだ。
だけど、結局、僕は怪物を倒さなかった。皆の幸せを壊したくなかった。恨まれるのが怖かった。怪物を倒した後の街にも、僕には待つべき幸せは無い。僕には現状を変える勇気はなかった。
でも、街を包む作られた幸せはあっけなく終わりを告げた。
怪物の寿命は遥かに短かったのだ。僕が倒せなかった翌日、怪物は自ら倒れ、身体はススのようにバラバラに空へ散っていった。
結局怪物が来てからその騒動は一週間も続かなかった。
怪物は幸福を与える代わりに、食糧も金品も仕事も遊びも生活も思考も選択も将来も全て奪っていった。この一週間で何人の人が飢えて亡くなったかわからないが、死んでいった人達は皆笑顔だったに違いない。
人々は正気に戻り、他の地域からの支援を受け、街は少しずつ元の暮らしに戻ったけれど、最大多数の最大幸福を経験し、そして失ってしまった人々からは、以前のような笑顔は消えてしまった。
怪物は、倒れる時卵を残していった。実はその卵は駆除されず、未だにその場所に置いてある。まるで大事な墓石や神物か何かのように、定期的に誰かが手入れをしているようだ。
誰も口には出さないが皆、本心では、功利の怪物が帰ってくることを望んでいるのだろう。
ー終ー
功利の怪物 つじくん(マンガ大好き芸人) @kodona32
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