片割れ闇魔法使い、二人で行く。

むぅ

第1話 双子

 「っ…はぁ…はぁ…」

極限まで体力が落ちた体で、腐葉土と化した草を踏み、魔法を発動する。


 「エル!逃げるんじゃない!待ちなさい!」

母とは言いたくない人が、影になっている僕の隣をズカズカと歩いていく。いつも僕を睨んできた紅い目はより一層紅みを増し、呪文を唱えたかと思うと、魔力をすべて使い切ってしまうような範囲の炎魔法を使い、森の大半を焼き尽くす。


 幸い、木が盾となって少しの範囲の火傷で済んだ。母は大技を放ち、魔力を大量消費したことによってその場でへたれこんで気絶してしまう。


 その隙に魔法の効果を解除し、全力疾走する。沼地に弄ばれ、生まれつきの深い紫色の髪は泥と煤でぐちょぐちょになるが、お兄ちゃんのために走り続ける。


 他の追手もわらわらと来たが、捕まった際には、闇魔法の同位体ドッペルゲンガーで命からがら逃げ出した。皆、僕を捕まえることに必死だったが、森を抜けるとプログラムされたロボットのように、身を翻して追手は帰っていった。


 それを見ても僕は警戒を解かず、更に走り続けた。だが、急に足に力が入らなくなり、下り坂で思いっきり転ぶ。幽閉されていた身だったので、体力が全くないのを魔力で無理やり向上させていた弊害が出たのだろう。急に吐き気が襲い、尋常じゃない量の血を口から吐き出す。


 霙が僕を嘲笑うかのように降っている。やがて意識が朦朧とし始め、仰向けの状態で気を失う。




 家から逃げ出す決心をしたのは、五歳くらいの頃からだった。


 この世界には年中、魔物が暗いところに住み着いている。魔物は日光を浴びると燃える性質があり、日中には滅多に見ることはない。だが、夜には一定数の魔物が現れるため、街を守る組織、護衛団。…いや、自警団と言ったほうが合っているかもしれない。それがどの街にも一つ以上はあるのだ。


 自警団の中でも強さの基準となるものがあり、ミドルネームがAに近ければ近いほど強く、逆にZに近いと弱くなる。また、自警団の子供はミドルネームを引き継ぐという特徴もある。


 そして僕の両親は、両方ともミドルネームがA。しかも、月一で行われる各街のトップが集まる定例会議の議長と副議長を務めているというエリート具合だ。


 これだけ聞くと、家出の必要もないウハウハ具合だが、問題だったのは産まれた人数だった。


 僕にはケイという兄が居た。そう。双子だったのだ。

双子はこの時代では忌み嫌われるもの。魔力が二分されてしまうという理由からだった。


 ほんの数秒遅れて産まれてきただけで、兄との扱いの差が酷かった。

兄は広い部屋を与えられていた。それに望めば何でもくれる状況下にあり、練習場も整備された状態で自由に使えた。


 それに対し、僕は3歳頃になると、陽の光が一切当たらない地下に閉じ込められていた。壁をくり抜いたような作りで、トイレだけが付いた、大人が寝れるぐらいの幅と高さしか無い薄暗い部屋だった。


 食事は一日に一食。水もコップ一杯しかくれなかった。幸いなことに、地下の石はひんやりとしていて、汗を大量にかいて脱水症状となるということはなかった。


 二年ぐらい経った頃だろうか。何もすることがないという苦痛に耐えていたところ、ドアが重々しい音を立てて開けられた。そこには、本を小脇に抱えた兄が居た。


 「お兄、ちゃん。どうし、たの?」

勉強などは全くしてないため、タジタジの言葉で話す。その様子を見た兄はにっこりと笑い、本を置いていく。

「ほら、本でも読んで勉強していな。もし出れた時不便にならないようにな。」

じゃあね。と言い残し、足早に地下から去っていった。


 そこから毎日、僕はもらった本を読み続けた。その中には、闇魔法の本もあり、それを読むのに没頭した。分からなかった言葉は、お兄ちゃんが持ってきた、文字がいっぱい書いてある分厚い本で意味を調べて読み解いた。

度々、メイドさんたちの目を欺いたのかは分からないが、水や食べ物をくれたりした。その時初めて、愛というものを感じた。胸の中がほわほわする新しい感情。


 その感情が家出する十分な理由になった。愛を感じない家を出ることを本格的に考え始めた。だが、こんな密室ではどうすることもできずに、ただただひたすら、がむしゃらに闇魔法の勉強をし続けた。


 そして、お兄ちゃんが言うには7歳の誕生日の日、僕は地下から出してもらえた。

燦々と輝く太陽に向かい睨んでいると、お母さんに無理やり腕を引っ張られる。

そのまま闘技場と書かれた部屋に入れられると、先にお兄ちゃんが居た。


 「殺りなさい。この出来損ないを。」冷徹な声でお母さんが叫ぶ。

何かを諦めたような顔でお兄ちゃんが呪文を詠唱する。


 地下に居たときも幾らか死線を潜り抜けてきた。餓死しそうになったときはお兄ちゃんがすっ飛んできて、パンを大量に持ってきてくれた。頭を思いっきり壁にぶつけたときも、止血作業をし、寝かせてくれた。


 そのお兄ちゃんの手で殺められる。この時、はっきりと「死」を実感した。だが、他の感情を抱くことはなかった。これが仮にお母さんが殺してくるのであれば、泣き叫んでいたかもしれないが、愛があるお兄ちゃんだ。一撃で仕留めてくれるだろうと思えた。


 だが、飛んできた風魔法は僕を宙に浮かせる。そして、爆弾を風の中に投げ込み、お兄ちゃんは僕に叫ぶ。


 「逃げろ!森の外に何があっても逃げ込め!」

その瞬間、爆弾が爆発し、左耳の鼓膜を破きながら体が宙を舞い、闘技場の壁を超える。

受け身を取るのに失敗した僕は右腕から嫌な音が鳴り、悶絶するが、その痛みを噛み殺し、全身に魔力を滾らせて走る。


いつの間にか出てきた涙を拭いながら。


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