第43話 高まる気持ちは上空へ


 ゆっくりと上空へ昇っていく観覧車は、次第に人の身長では見ることの出来ない景色を映し出す。

 窓から地上を見下ろせば、人が豆粒程度の大きさに見えるのだろうか。

 しかし俺はそんな景色を楽しむ余裕なんてなかった。

 

「ちょ、ちょっと待って。ちょっと待って! 高くない? もう落ちたら死ぬわよねこれ!? 動かないで相馬!」

「落ち着けって。大丈夫だから! 落ちないから!」


 まさかの動くの禁止令が出てしまったのである。

 それが無くても、恋伊瑞の緊張っぷりを見ているだけで景色を楽しめる環境ではない。

 高校生になったら大丈夫という話はどこへ行ってしまったのか、小さなポシェットを破壊するのではないかと思うくらいに握りしめていた。


「きゃあ! 今揺れた! 揺れたわよね!?」

「風、風だから。お前あれだ、深呼吸だ。深呼吸しよう!」

「ひっひっひっふー。ひっひっひっひふー!」


 それは深呼吸じゃないし、リズムがおかしいぞ。


「てか今どれくらいの高さなの!? さっき四十五度くらいだったから、今って……」

「想像もするなって! なんでてんぱってるのにちゃんと考察は出来るんだよ」


 とりあえず彼女を落ち着けようと、つい力がこもってしまった。

 その瞬間、ゴンドラはぐわんと揺れてしまう。


「きゃあああ! 無理! もう降りる!」

「ご、ごめん」

「はー、はー! そ、相馬……」

「な、なんだ?」


 潤んだ瞳で見つめられる。

 そして――


「…………こっち、きて」

「は?」


 それは、俺が恋伊瑞の隣に行くということであっているのだろうか。


「は、早くして! 隣来てって言ってるの……」


 どうやら聞き間違いではないらしい。

 人間焦っている時ほど正常な判断が出来ない。恋伊瑞もこれは不安から来た世迷言なのだろう。

 しかし、ここで断るのはさすがに良心が許さない。……後で殴られたりしませんように。


「分かった。けど、そっちに行く時に揺れるからな。少しだけ我慢しろよ」

「う、うん。分かったから早く来て!」

「よし、じゃあ行くぞ」


 出来る限りゆっくりと、ゴンドラに負担を掛けないように恋伊瑞の隣へ行く。

 それでも揺れはするもので、揺れる度に体をビクつかせている。

 長距離にも感じた一歩は、なんとか目的地へとたどり着き、彼女の隣へ腰を下ろす。


「え、えっと」


 来てみたはいいが、ここから何をすればいいのか分からない。

 背中とか頭を撫でればいいのかな……、いや出来ないけど。

 

「大丈夫、か?」


 とりあえず言葉をかけてみる。

 すると親の仇のように握り潰していたポシェットを反対側に投げ捨てると。

 

 俺の腕に抱きついてきた。


「は!? おい、こいず――いてぇ! 痛い痛い!!」

「もう何かにしがみついてなきゃ無理なのよ! 我慢して!」


 いや我慢ってお前……、これ関節技とかじゃないよね?

 

 俺はそこで気づいてしまった。

 しがみついている腕に服越しに感じる膨らみに。柔らかいとかはないが、しかしそこにあることだけはしっかりと分かる。

 ヤバい、意識するな俺! 前から小さいと思っていたけど、やっぱり恋伊瑞も女子なのであることにはあるんだなぁ、とか考えるな!

 しかも意識しだすと他のことも意識してしまうもので、密着されたことによる甘い匂いも心をくすぐる。


 小鹿のように震えながら抱き着く恋伊瑞を見ると、不安が残っているのか眉を歪めて泣きそうな顔をしていた。

 そんな彼女と目が合う。うるんだ瞳で見上げられるそれは、はっきり言って反則であった。


「…………そ、相馬……?」


 こんな状態の恋伊瑞に、こんなこと思うのは不謹慎で糞野郎だと思うが。

 

 すげー可愛いな…………。


「って、何思ってるんだ俺!」


 もう無理! 俺も早く降りたい! 降ろして下さいお願いします!


「って、おい恋伊瑞! 離れたほうがいいぞ」

「な、なんでよ!? …………わ、私にこんなことされるの嫌だったんなら最初からそう言えばいいじゃない! そしたら私だってそんな……」

「いや違うから! ほら外」

「……え?」


 外を見ると、もう地上に到着する寸前であった。

 恋伊瑞もそれを認識したのか、抱き着いたままの腕を数秒見つめた後、超スピードで離れる。


「も、もう大丈夫。あっちいっていいから」

「お、おう」


 もう揺れを気にする必要もないので、普通に反対側へ腰を下ろす。

 いやもうマジで本当に危なかった。まだ心臓がうるさい。

 なんとなく恋伊瑞を見てみると目が合う。が、一瞬でお互いに目を逸らす。

 もう少し続いても良かったな……って何を考えてるんだ俺は……。


「お疲れ様でしたー!」


 係員がドアを開けると、恋伊瑞は一目散に外へ脱出する。

 最後の顔をしっかりと見ることは出来なかったが、もし同じように感じていたのなら……。


「ほんとに何考えてんだ俺」


 そんな意味のない思考は、観覧車の中に置いていこう。

 そう思いながら、彼女の後を付いていくように地上へ足を振り出した。

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