第30話 海の声
レジャーシートの上で体育座りをしながら海をボーッと眺める。
足首まで浸かる程度の波打ち際では、俺以外のメンバーがビニールボールで遊んでいる。
トイレに行って帰ってくると、もう既にこんな状態だった。
いやね、ぼっちは「いーれーてー」が言えないからぼっちなの。俺がいったら空気悪くならないかなとか考えちゃうの。
故に風景に同化するかの如く静かに黙ってお座りしておくことにした。
女子たちがキャッキャウフフと随分楽しそうなのは見ていて嫌ではないのだが、そこに斎藤が混じっているのが腑に落ちない。しかも違和感がないのがまた憎たらしい。
なんで周りに水着女子がいるのにボールに夢中なんだよ。ボールと友達なのか?
「いくよー!」
椎名さんからボールが放たれ、森川さんが綺麗にトスをする。
そのボールは白波さん、恋伊瑞と繋がっていき、杏奈さんの頭上へと舞い上がった。
金髪が揺れる。
「おりゃぁ!」
大きく飛び上がった杏奈さんは、自分の最高打点でボールをぶっ叩いた。
「え」
見事なまでのスパイクアタックだった。
斎藤の呟きを切るような速度で落下したボールは、海面に当たりバウンドする。
え、えげつねぇ……。
ほんわか遊んでる中であんな球が飛んできたら、そりゃ反応出来ないよ。あれはもはや競技だ。
そんなことを考えていると。
「うわっぷ!」
「あはは! うわっぷって何よその可愛い悲鳴!」
いつのまにか目の前に来ていた恋伊瑞に水鉄砲で顔面を攻撃される。
そんな武器どこに隠してたのやら。
幸い海水が眼球に入ることは無かったが、口の中は塩辛い。
「なんで一人で黄昏てんのよ。仕事で疲れた?」
「それもあるけど、ほら、入るタイミングわからなくて……」
「ふーん、変なの」
恋伊瑞はタオルを取り出しレジャーシートの上に置くと、その上に座る。
さっきまで海にいたこともあり水滴が流れているその姿は、意識しないと見惚れてしまいそうになる。
なので横は向かずに、浅瀬で遊んでいるメンバーを適当に見る。
「お前はあっち行かなくていいのか?」
「ちょっと休憩。あとこれの試運転よ」
「初めてで人に試すなよ……」
無駄にカッコよく水鉄砲を構えられましても。
彼女はそのまま残った水を砂浜に向けてシューと打つ。
次第に容器が空になったのか、発射ボタンを押し込んでも水は出ずにカシュカシュと情けない音を出すオモチャと化した。
「意外と平気そうね」
「まぁな」
夏なので日が沈むのが遅いとはいえ、そろそろ夕陽が見え始める頃だろう。
カラスの鳴く音は聞こえないが、トンビが空を飛んでいるのは見える。
「バイト中とかに何かあったりしたの? 厨房からじゃそういうのわかんないし」
「驚くくらいに何も無かったな。仕事のこと話したくらいだし」
「ふーん」
「なんだよ急に」
「別に。気になっただけ」
この旅行が始まる前から気にかけていてくれた恋伊瑞は、旅行が始まってからも、仕事の最中だって、頭の片隅で心配してくれていたのだろう。
「……私が聞いてみようか?」
「なにを?」
「相馬のことどう思ってるのか。そこまで直接的じゃなくても、なんでこの旅行に来たかとか」
その言葉に心が揺れる。
正直に言うと、その考えはあった。
でもそれをしてしまうと、うまく言えないけれど、何故かとても彼女を裏切ったような気持ちになってしまう。
「いや、止めとくよ」
本気で好きになった女性。
気になることも、納得いかないことも、聞いてみたいことだって沢山あった。
だからこそ人に頼ることは出来ない。
きっとこれは、彼女に振られた俺がずっと持ち続けなくてはならない気持ちだから。
俺は恋伊瑞に正直に伝える。
なによりも、彼女にだけは嘘をつきたくないと思った。
「そっか」
その呟きは、どういう気持ちがこもっているのだろうか。
それを知ることは俺には出来ない。
他人の感情なんて、結局のところわからないのだから。
それでも俺は、たった数ミリでも知ってみたいと思ってしまった。そんな浅ましい感情は持つべきではないのに。
「恋伊瑞はどうなんだ? まだ佐久間のこと……好きなのか?」
「それは……」
隣に座っている彼女と、目が合ってしまう。
慌てて目を逸らしたことで恋伊瑞の視線がその後どこへ向いたのかはわからない。
彼女は一体何を考えているのだろうか。何を思っているのだろうか。
何を感じて、俺を見てきたのだろうか。
こんな答えを聞いたところで何も変わらないのにと、言ってから後悔したがもう遅い。
遠くから聞こえる人の声と波の音。
そして──
「……好きよ。私もまだね」
その小さな呟きを、波の音が消してくれたのならと、何故か俺は思ってしまった。
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