第29話 夢にまで見たイベント
「じゃあこれ。男子のが早いだろうし頼むわ」
午後五時。
海の家が閉店すると同時にバイト時間が終わり、荷物を取りに更衣室へ行こうとしたところを杏奈さんに捕まった。
「なにこれ?」
「レジャーシート」
ドイツの国旗のような大きめのレジャーシートを渡される。
意味がよくわからずに思考停止していると、杏奈さんはシートを指さしながら。
「場所取りしといてってこと。ここからが自由時間なんだから」
つまりこれから海で遊ぶから男子は先に行ってろよ。ということか。元気だなー。
俺は仕事で動き回ってクタクタで今にでも横になりたいくらいなのに。
やっぱり普段から家に引きこもっている俺とは根本から体力が違うのだろうか。
「お疲れ湊。それどうしたんだ?」
「杏奈さんから場所取りしといてくれって渡された」
「あーなるほど」
斎藤はうんうんと頷き、そして目をゆっくりと開く。
「つまり、あれか?」
「つまり、あれだな」
疲労で動きたくないし、なんならシャワーを浴びてベッドにダイブし泥のように眠りたい。
しかし、そんな疲れなんてこの事態を考えれば風で吹き飛ぶくらい小さな問題である。
俺たちは二人で頷き合うと、荷物をロッカーから取り出し、超ダッシュで浜辺へと向かった。
――水着回が始まる!
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
夕方に差し掛かると、海水浴目的の人は少なくなってきていた。
レジャーシートを敷き荷物で固定する。そして店長さんが貸してくれたパラソルを砂浜に突き刺すことで、優雅に休憩できるスペースの完成だ。
海パンと自前のTシャツ姿に着替えた俺は、そんな日陰の中で斎藤と体育座りをして女子を待つ。
しかし女子って下に水着付けてるんだったよな。だったらTシャツと短パンを脱げば着替え終了なのではないのだろうか。
まぁ色々と男子では想像が出来ない大変さがあるのか。髪とか化粧とか。あとはわかんない。
「あ、いたいた」
目に飛び込んできたのは鮮やかなスカイブルー。綺麗な首筋を細い紐が交差し、その形のいい胸をしっかりと支えていた。きめ細かい肌に、透明感が強い腰まで届くその髪が、ビビットな水着によく映える。
「白波さん似合ってるね!」
「ありがとー」
流石斎藤。水着姿の女子でもナチュラルに褒める。
お礼を言った彼女は、そのまま俺と目を合わせると。
「相馬君の感想は?」
見つめていることがバレたのか、そんなことを聞いてくる白波さん。
いや感想とか求められても……。
なるべく気持ち悪くならないように、無難な言葉を選んで口を開いた。
「その、なに。いい感じだよ。似合ってる」
「そうかな。うん、ありがと」
あれ、なんか少しそっけない感じがするのは気のせい……? 絶対いつもみたいにニヤニヤしてくると思ったんだけど。
喉に小骨が刺さったような違和感を覚えていると、視界の先に見えた四人の姿に思わず息を飲んでしまった。
椎名さんの雪のように白い素肌を包むのは真っ白な水着。歩くたびに形のいい美脚がパレオの隙間から見え隠れしている。そして芸術品のような長い黒髪も相まって、まさに大和撫子に相応しい姿だった。
その隣を歩くのは森川さん。
紐を交互に締め上げたデザインがあるレースアップを身に着け、腰からはドレスのような透明のスカートが揺れていた。
そしてやはり意識せずにはいられないその圧倒的な胸部は、惜しげもなく谷間があらわになっている。
「場所取りしてくれてありがとう! 結構待たせちゃったかな?」
「ごめんね~」
美女二人が申し訳なさそうな顔で誤ってくるが、むしろこんな眼福を味わわせてくれたことに俺がお礼をいいたいくらいだった。
見ていたい意思を堪えて振り向くと、そこには杏奈さんと恋伊瑞。
「なんだよ」
「いや、杏奈さんは安心するなって」
「意味わかんないけど何がムカつくな」
黒ビキニというギャル満載の水着で、なんなら一番露出度が高いのに不思議だ。
妹もそんな格好で部屋の中うろついているが、まさにそれを見ている気分になる。
「日焼け止め誰か塗ってくれない?」
「私もいいかな? 背中まで届かなくて」
「私も~」
「じゃあウチが塗っていくから並んで。最後にウチにも塗ってね」
いつの間にか女子たちは日焼け止めの塗り合いっこを始めだした。
いや日焼け止め塗ってるだけなのに、なんだこの見てはいけないものを見ているような感覚は。
杏奈さんも向こうへ行ってしまったことで、俺の後ろに残るのは恋伊瑞だけとなった。
バイトの最中と変わらず髪をポニーテールに束ねている。
ピンクのフリフリしたビキニ、フレアビキニとかいうんだっけか。それを身に着けた恋伊瑞は、細腕を胸の下あたりで交差させながら、なぜか俺を見ている。
「な、何か言いなさいよ」
これはあれか……? 言わなければならないのだろうか、あの伝説の言葉「可愛い」を。
実際に恋伊瑞は可愛い。確かに他メンバーと比べると体の凹凸は少ないが、線は細いし、脚線美には目を引かれてしまう。
しかしだからと言って自然に言えるわけではない。
「あー。似合ってるぞ。その髪もいいな」
日和った挙句そんなことしか言えなかった俺を許してほしいです。これでも頑張ったんです。
「ふーん。そう。ありがと」
恋伊瑞はポニーテールの尻尾をモミモミしながら呟くと、いつも表情に戻った。
「てかあんた何でTシャツ着てるの? 海入らないつもり?」
「いや俺も日焼けが嫌だったから。全員集まるまで着てようかなって」
「男子もそういうの気にするんだ。てか、私も日焼け止め塗ってもらわなきゃ!」
恋伊瑞は女子の花園へと走っていってしまう。
俺も俺も、日焼け止め塗ってほしいです! なんて言えるわけもなく、自分の鞄から日焼け止めを取り出した。
「湊! 俺たちも背中とか塗りあっとこうぜ、届かないだろ?」
「……うん」
何度も妄想した日焼け止めを塗り合うイベント。初めての相手は斎藤でした……。
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