第12話 体育祭③
「恋伊瑞!」
少なくともその場にいる全員に俺の必死な叫びが聞こえたはずだ。
傍からみれば、陰キャが急に障害物競走に出場して奇行に走っているようにしか見えないだろう。
正直言って滅茶苦茶恥ずかしい!
大体の人が「何やってんのこいつ……」みたい顔で見てくるし、杏奈さんとか言葉に出してるし。
それは恋伊瑞も同じなようで、困惑しながらも口を開いた。
「い、意味わかんないんだけど!」
「お題だよ、お題! 借り物競走!」
約一週間ぶりとなる会話だが、お互いそんなことを気にしていられなかった。
斉藤がお題を細工してくれたとはいえ、他の人が一位を取ってしまう可能性は全然あり得るのだ。
そんな思いが届いたのか、一秒でも早くゴールへ向かいたい俺に救いの手が差し伸べられる。
「はい相馬君。小和を頼んだよ」
「ちょっと! 霞!?」
白波さんが恋伊瑞の腕を引っ張り、俺の前まで持ってきてくれた。
「ありがとう白波さん!」
お礼を言いながら差し出された恋伊瑞の手を取る。
「行くぞ恋伊瑞!」
「は!? ちょっと相馬!」
そして、そんな驚嘆の声は一切無視をして走り始めた。
「意味わかんないって! なんであんたが競技出てんの? ってか、なんで私なのよ!」
「あーもうそんなのいいから! 一位取るぞ!」
「なんなのよもう!」
握った手を離さないようにしながら前に進む。
後はこのままゴールまで駆け抜ければいいだけだ。
幸いなことに他にゴールへ向かっている奴はいない。
『ここでトップを走るのは赤組の相馬選手だー! ビリ付近からの大逆転です!』
よし! このまま行けば……!
「フラグって本当にあるんだな……くそっ」
自分で立てといてなんだが、こいつが来ることは確信していた。
俺たちのすぐ後ろまで迫った佐久間光輝。
横には身長二メートルに届きそうな巨漢の外国人を引き連れている。
「どこにいたんだよそんな人……」
見てわかる通り、斎藤は難題を用意してくれている。ただ、佐久間はそんな逆行なんてものともせずに乗り越えてしまう。
『まさかのビリを走っていた二人の一位争い! 逆転勝利を収めるのはどっちだー!』
負けたくない。
ゴールまでは残り半周。あと少しなのに、俺と佐久間の差はどんどんと縮まっていく。
そしてついに、息遣いが聞こえる範囲まで追いつかれてしまった。
抜かされる。そう思った刹那。
「あるよ」
ほぼ隣まで迫った佐久間が、俺にそんなことを言ってくる。
意味がわからず佐久間の顔を見てしまうと、ムカつくほどに爽やかな笑顔で。
「質問の答えだよ」
『ここで佐久間選手がトップに踊り出ましたー!』
湧き上がる歓声。
前方には佐久間と外国人の背中が見え、瞬きするたびに離れてゆく。
あぁ、ダメなのか。
人生で初めて本気で勝ちたいと思った。
ずるをして、卑怯な手を使って、反則を犯してでも、勝ちたいと思ったんだ。
なのに、それでも届かない。
俺みたいな脇役が小細工をしたところで、主人公には勝てないのだ。
足が重くなり、段々と歩幅が小さくなっていく。
やっぱり俺は――
「なにやってんの!」
体がぐんと前に引かれた。
重かった足は自然と前に動き出し、勝手にスピードが上がっていく。
地面から顔を上げると、さっきまでは後ろに伸びていた左腕が、前に伸びきっている。
「なにいじけてるのか知らないけど、まだ終わってないのよ」
俺の手を引きながらも、恋伊瑞は振り返ると。
「一位、取るんでしょ!」
その言葉で、冷えた体が熱くなるのを感じる。
「……ああ! 絶対取る!」
ゴールまで残り百メートル。
佐久間単体なら絶対に勝ち目はなかっただろう。しかし、今回は巨漢と手をつないで走っているのだ。
ペースが合わずに本来のスピードは出ていない。
つまり、まだチャンスはある!
「よし! 全力で行くわよ! 死ぬ気で足回してね!」
「任せr――ああああああ!」
ちょっと待って! こいつ意味わかんないくらい速いぃぃ!
一緒に走っているというか、ほぼ俺が恋伊瑞に引きずられている形だ。
ただそのかいあって、あんなに遠く感じた佐久間が目の前にいる。
「相馬! ラストよ!」
「おおおおおお!」
恋伊瑞、やっぱりお前は凄いよ。
いつも俺の前にいて、引っ張って貰ってばっかりだ。
そんなお前が泣いていたから俺は――
そんなことを考えながら、俺たちは真っ白のゴールテープを切ったのだった。
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