第11話 体育祭②

 スタートラインに立つとやけに冷たい風を全身で感じた。

 遅れて冷や汗をかきまくっていることに気づいたが、「緊張で体が動きませんでした」では本当に笑えないので大きく深呼吸をする。

 目的のためにも絶対に一位を取らなくてはならない。

 そのために斎藤へ頼み込んで出場を変わってもらっただけでなく、いろいろと準備してもらったのだ。

 クラスメイトは今頃、斎藤ではなくこんなよく分からない奴が出てることにがっかりしているのだろうか。

 あまり知りたくなかったのでクラスの方を見ないようにしていると、後ろから一番聞きたくなかった名前が呼ばれた。


「はぁ!? 光輝なんでいるんだよ!」


 野球部だと思われる坊主が驚きの声を上げる。


「エントリーしてた人が怪我してさ。代打で俺が出ることになったんだよ。よろしくな」

「はぁー、マジかよー! また一位奪われるのか」

「まだわかんないだろ? まぁ一位は狙うけどな」

「よく言うよほんとに」


 いや坊主頭もっと頑張って反対しろよ!

 普通に考えて選択競技に二つ出場することは出来ないのだ。しかし、そこは佐久間光輝。


「かんばれ佐久間ー!」

「ここでも一位とれよー!」


 白組はもちろん、赤組ですら応援する人たちがいる中で反対意見を言える者なんていなかった。

 結局は多数決であり、少数派の意見は見向きもされない。それどころか空気を読んでないと厄介者扱いされるのは世の末だ。

 だから複数の種目に出るのは別にいい。

 俺が許せないのはもっと別のことだ。


「よろしく。お互い頑張ろう」


 そう言って、俺の隣に立つと爽やかな笑顔を向けられる。

 本当にいい奴なんだと思う。名前も知らない俺に対してでさえ、こんなにも優しい言葉をかけてくれるのだから。

 きっと誰に対しても優して、男女問わず友達も多くて、毎日が楽しいのだろう。


 なのになんでだよ。

 そんなに人の気持ちに寄り添えるくせに。俺なんかにですら優しくできるくせに。


 なんで恋伊瑞の気持ちを考えてやれなかったんだよ。


 単純に恋伊瑞への気持ちが冷めただけならそれでよかった。他の人を好きになったのなら納得できた。

 でも佐久間。お前はそうじゃなかった。


 真実かどうか判断できない噂を真に受けて一方的に拒絶するのは違うだろ。

 付き合ってたのなら、一言ぐらい恋伊瑞に確認してやれよ。少しくらい彼女のことを信じてやれよ。

 その一言があれば、あいつは泣かずに済んだかもしれないのに。


 分かっている。こんなの俺の勝手な感情で、佐久間には佐久間の思いがあったのだろう。

 だから、これはただの八つ当たりだ。

 そして八つ当たりついでに。


「佐久間さ」

「ん、なに? えっと……」


 急に名前を呼ばれたことで戸惑いながらも、俺の名前を脳内で探しているのかもしれない。

 俺は名乗ることはせずに、ただ一言だけ。


「本気で人を好きになったことってある?」


 その瞬間スターターピストルの音が響いた。

 佐久間の答えを待たずに、俺は音と共に走り出す。


「光輝ー! 何やってんだ走れー!!」


 観客席からそんな声が聞こえたということは、佐久間はスタートダッシュをしていないのだろう。

 少しでも動揺させられたらいいなと、八つ当たりついでに言ってみたが効果はあったみたいだ。


 卑怯な手を使ってでも、絶対に勝たなければいけない。そしてそこに佐久間光輝がいるのならば尚更負けるわけにはいかない!


 ただ現実は残酷で、敵は佐久間だけではない。

 運動が全く出来ない訳ではないが、運動自慢たちには絶対に勝てない。

 そんなことはわかってる。

 だから障害物競走を選んだのだ。


 平均台を渡り、網を潜り、ピンポン玉を運ぶ。


『さぁー、もうすぐ終盤です! ラストの障害物は借り物競走! お題と一緒にゴールテープを切って下さーい!』


 司会が実況をしながら盛り上げている。

 上位の走者たちは「お題箱」からお題が書かれた紙を取り出し読むと、それを求めて走り出しているところだ。

 トップとの差は二十秒程。絶望的な差。


 息を切らしながらも、最後の障害物となる「お題箱」の前に来た。


 俺は勢いよく箱の中に手を入れるをして、箱の下に隠された一枚の紙を手に取る。

 そして紙の中身を見ることなく握りしめると、目的の場所へと走り出した。

 

 周りではお題を探している走者があたふたと走り回っており、お題を手にできた奴はまだいなそうだ。

 そんな様子を見ながら、心の中で斎藤に改めてお礼を言う。

 箱の下に隠してもらっただけでなく、このレースのお題だけ激ムズにしてもらった甲斐があった。

 

 そして苦戦している奴らを横目に、俺は初めから決まっていたお題の元へ辿り着く。

 自分のクラスの待機場所。

 そこに座っている一人の女の子。

 俺は倒れ込むように手を伸ばしながら。


「恋伊瑞!」


 その名前を叫んだ。

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