スローライフは送れない

沼津平成

第一部 邂逅

第1話 ビリーの逃亡

 トマス・ビリーは自販機と盆栽の間に息を潜めていた。自販機といってもほとんどの飲み物は売れ切れているし、盆栽といっても焦げたような色で枯れているのを強調している、もはやそれぞれがそれぞれの役割を果たしていない世界。

 それは戦争のせいだった。アル・ウヌス国がイル・ヴィゼ国と戦い始めたのは、だいたい2年前になる。

 戦争真っ只中の、焼け野原の世界、そこに身を潜める青年というのは古代のどこかの原風景のように映る。違和感ない。敵国の兵士もしのげるだろう。

 しかし一つだけ問題点がある。ここは行き止まりなのだ。

 万一見つかったら、トマス・ビリーに命はない。

 今までこの街にも焼夷弾が何発も落ちてきて、少年たちが遊べる空き地を何坪も増やしてきた。ほんと、いい迷惑だよな。トマスはマッチで火をつけようとしたが、マッチは濡れていて、なかなか火がつかない。

「そっか、燃え移らないようにって、センセに消されたんだっけ……」

 トマス・ビリーには父親というのがない。正しくは、知らない。

 母親の記憶はある。しかしこの戦争でトマスが徴兵に取られると、それを引きずったのか息を引き取った。

 トマスはゆっくり息を吐いた。吐き切ると、さまざまなことに思いを巡らせる。

 まず、喫茶店はやっていないだろう。少しでも明かりをつけようものなら、自分から「殺せ!」といっているようなものだ。

 次に、仲の良かった友達は全員徴兵に取られるか、赤紙を避け続け自殺した。

 つまり、トマスの友達の中で、今まで戦争を避けて生き延びているのは、トマスの知る限り自分だけだ。

 不意に体が震えた。その瞬間、トマスはまた別のことに思いを馳せていた。——そんな気がしたのは、気のせいだろうか? 


 トマス・ビリーが電柱生活を始めておよそ四日になる。盆栽を持つ家は、焼けている。なぜか盆栽と、それを支えるコンクリートだけが残っていて、あとは空き地だけになった。

 盆栽の持ち主の老人は、徴兵に取られて戻ってきていない。「自由に使っていい」ということだ、とトマスは好意的に解釈し、今この電柱に住んでいる。

 管理所は、こないだの焼夷弾で一割焼かれたと聞いている。つまりこの電柱はパブリックということだ。

 もっともそうでなくても、今は命が大事だ。口では、「徴兵徴兵! 富国アル!」と叫んでいても、そんなことは管理の方々はご存知だろう。トマスはまた好意的に解釈していた。


 ——回想は唐突に終わった。足音が聞こえたのだ。

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