我を描く

鈴ノ木 鈴ノ子

不良と私のこと

 かり、かりかり、かりかり、かり……か、か、カリリ……。


 鉛筆がスケッチブックを引っ掻く音がずっと響いている。

 聞き心地の良いサウンドトラックがスピーカーから流れている、しかし、調和の逆撫でるような音を放つ緑色の鉛筆は、ときにテンポよく、ときにとまり、ときに私に向き、ときに交換された。

 それを持つ手は大きくて岩のように固い皮膚で覆われていて、一見すると不器用そうにも見える。でも、私は知っている、その指先と手は驚くほどに滑らかにそして俊敏に動くのだ。

 スケッチブックの上でも、私の身体の上でも。

 魂を宿す真剣な眼差しが私を宿して、その眼球の中に私はいる。

 私の裸体に欲情し弛んでダラシナイほどの垂れた瞳は、獰猛な野生動物を思わせる眼差しとなり眼力を放っていた。

 都会から少し離れた田舎の影地にある小さなラブホテルの一室、隣からは獰猛で野蛮な嬌声が壁越しから耳へと伝わってくるが恥ずかしさはなかった。

 今先ほどまで私達も獰猛で野蛮だったのだ。

 シャワーは浴びていない、私はすべてをさらけ出して、彼のすべても貰い受けた。

 今まさに、彼は私を纏い、私を彼は纏っている。

 刻まれるほどの標が赤跡となって、首筋や乳房、いや、すべての部位に刻まれていた。

 温かさの残るベッドの上、枕を重ねて背凭れにベッドの上に座り、腰回りを布団で隠して、上半身を一糸まとわぬ姿。

そう、傷跡を曝したまま、向き合っている。


「休むか?」

「ううん、大丈夫、どれくらいかけた?」

「被写体に触れたくなるほどには…」

「馬鹿、どこか誤魔化してない?」

「するわけないだろ」


 会話で弛んだ顔が再び引き締まる。

力を取り戻した二つの瞳は私とスケッチブックを捉えて鉛筆の音が演奏を始めた。

 隣室からゴツンと何かがぶつかる音が聞こえ、それが不用意に嫌悪感を抱く記憶を蘇らせる。


「しんどいか?」

「ごめん、顔に出た?」

「顔と、体にもな」

「体に?」

「ああ、ほんの少し固まったようになって、おっぱいが不安そうに震えてた」

「そこだけ見てたの?」

「いや、全体を見てるよ、一部が動けばどこか一部が動くんだ、人体はそうできてる。」

「そうなの?」

「そうさ、僕はそう思うけどね」


 その視線は真剣だった。もう、何も伝えることはない。私は満足して言葉を続けた。


「続けて、大丈夫だから」

「おう」


 かり、かり、かり、と再び始まってゆく。

 

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