第26話
「アシュリーって、それそんなに好きだった?」
「好き好き大好きっ。だからエマちゃん、俺にお口も拭いてー?」
「何がだからなのかも分かりませんし、そういった行為は人前ではいたしません」
「俺たちもいちゃいちゃして、みんなを喜ばせようよ!」
「わたくしたちが仲の良い夫婦であると、
「前に出るとかじゃなくて、俺も俺のエマちゃんを自慢したいのっ」
「必要性が分かりかねます」
「エマちゃんは俺のって、見せびらかしたいんだってばっ」
「やはり分かりかねます。見せびらかさなくともわたくしはアシュリー様のものであり、アシュリー様もわたくしのものであり、その関係性は生涯続く――」
「エマちゃん好き!」
嬉しかったのか横から飛びついたアシュリーを、エマは片手でがしっ! と顔面を掴んで止めていた。
「まあ……エマったら
「この反射神経に関しては、騎士の能力とはまったくの別物です。たんにわたくしがアシュリー様の行動パターンを読めるというだけであり、状況により対応も変わります」
「エマ、エマ。その説明の前にアシュリー見てあげて……」
それなりの衝撃で痛かったのか、アシュリーは両手で顔を覆い、机に突っ伏していた。
「ふぐぅっ……」
「泣き真似は通用しないのですが」
「知ってるけどー……! あと、俺に容赦ないそんなエマちゃんも好きだけどー……!」
「わたくしもアシュリー様が好きで、愛しております」
「あ、はい! ありがとうございます! 俺も一生愛してる!」
あっという間に機嫌を戻すアシュリーに笑っていると、鐘の音が町に響く。
休んでいた人たちも仕事に戻り始め、代わりに子供たちが休憩所で遊び始めた。
「あら……」
こちらに転がってきたボールを、マリーツァが拾い上げる。
「返して来るわ」
「いえ、わたくしが」
「なら一緒に行きましょう」
子供の元へボールを届け、そのまま何か楽しげに話し込んでいるマリーツァ。エマも、男の子たちに足技を見させてほしいとせがまれているようだった。
「はぁ……」
「それ、どういうため息よ」
「幸せなのと情けないのと、ごっちゃです……」
「童貞卒業して、今じゃ毎晩やってます! って宣言したら安心すんじゃね?」
「そんな宣言出来るはずないでしょ!?」
「俺は言えるよ。エマちゃんが許してくれないから言わないけどねー。そういうところでも、他の男を
ぷすーっと頬を膨らませエマを見るアシュリーは、明らかに妬いていた。
「相手が子供でもなんだね」
「子供でも男だもん。あの中の何人かは、間違いなくエマちゃんが初恋の相手になってんじゃん。つか、アレクもうかうかしてらんないよー」
確かに、マリーツァを囲む男の子の何人かが、憧れ以上の視線を送っていた。
「マリーツァは優しいし、物腰も柔らかいし綺麗だし。あの年代の子が好きになるのは当然っていうか……僕、ずっとアシュリーがどうしてやきもち妬くのか分からなかったんだ」
「ぅん?」
「エマはアシュリーしか見てないのに、なんで妬く必要があるんだろうって。でも今なら分かる。好きだから、やきもちって感情が出てくるんだね」
「そうねー。どうでもいい相手が、誰とどこで何してるかなんて気にもしない。ぅんでも自分の恋人や伴侶が今どこで誰と何してるかってのは、気にしだしたらとことんですよ。とくに俺は、その手の感情も激しいからねー。エマちゃんは浮気だとか絶対しないって分かってても、人気あるのも間違いないしさ。同性からでも子供からでも手紙を貰ったとか言われると、マジでびりっびりに破りたくなるよ。しないけど」
「分かる。僕もずっと妬いてる」
「ずっと? 今じゃなく――……ああ、元旦那か」
「想いが通じ合うまでは、前の人とはもう別れてるんだしってさほど気にもならなかったのに……」
なぜか結ばれてからのほうが、僕は自分と前の人とを比べるようになっていた。
僕のほうが男らしいかな、とか。
僕のほうが貴女を幸せに出来てるよね? とか。
愛する人がいる喜びを知ったからこそ覚えてしまった、負の感情だ。
「僕以外の男に見せてないって教えてくれてるのに。こんな感情、マリーツァを信じてないみたいで嫌なのにさ」
気にするのはやめたいのに、どうしても政務とは違う割り切れなさがあった。
「マリーツァを知れば知るほど、前の人はどうして彼女をちゃんと愛してあげられなかったんだろうって……」
「元旦那が馬鹿だったんでしょ。金儲けばっかで、マリーちゃんを知ろうとしなかった。だからマリーちゃんも、本来の自分を見せるってことを遠慮した。今そうなってないのは、お前が間違えてないってことよ」
「これからも間違えずにいられるかな」
「愛されてるって、あぐらかかなければ大丈夫。あとはまあ、普通に考えれば元旦那となんて一生会わないし、それこそ気にしたら負けってやつじゃね? 万が一会ったところで、会話なんて――」
話が途切れたのは、アシュリーが席を立ったせい。
エマが騎士団員のひとりに、何か話しかけられている。手紙を受け取り、すぐに僕らの元へ駆け戻ってきた。
「陛下、アシュリー様。例の手紙が投函されました」
「よしきたっ。居場所は」
「報告待ちとなります。このまま待機されますか」
「そうだね、待機所で待とう。アシュリー、君も残ってもらえるかな」
「承知」
指示していると、マリーツァが「大丈夫?」と僕の腕に手を添えた。
「ごめんね、急な仕事が入ったんだ。貴女はエマと先に城へ」
「何が起きているのか聞いても?」
「投函される手紙の主を探してて、足取りが掴めそうなんだ」
「手紙……?」
何も知らないままだと、よけいな心配をかけるかな。
説明しても問題ないと目配せすれば、エマが手紙をマリーツァに渡した。
「これは……」
「陛下宛に、借金の申し出です」
「…………」
「まーた同じ文面じゃん。会って話がしたい。必ず儲けてみせるから、軍資金ちょうだいって?」
「これまでと違う部分もございます。近々城へ行くから、門番に中へ通すよう伝えておいてほしい、だそうです」
「なんだかねぇ」
「…………」
「……マリーツァ?」
「あ……」
「怖くなったかな」
「……いえ、怖くは。こんなこともあるのだと驚いて……」
「投函箱から国王へ借金の申し出など、普通はありえません。よっぽど切羽詰まっているのか、ただの愉快犯か……。とにかく本人に会って、話をしなくてはと」
「この手紙、いつから届きだしているの?」
「僕に話が届いたのは、貴女が伴侶になるって決まってからだよ」
「一通目が届いたのもごく最近となります。ですが内容が内容なため、陛下に見せる必要はないとわたくしが弾いておりました」
「そう……」
手紙を僕に返しながら、マリーツァはどこか不安げに視線をさまよわせていた。
「エマ。城に戻ったら温かい飲み物を用意して、ゆっくり過ごさせてあげて」
「かしこまりました。お姉様、参りましょう」
「ええ……。アレクセイ、アシュリーさん、お気をつけて」
「ありがとう」
「ご心配なくよー」
アシュリーは、笑顔で手を振り続けていたが。ふたりの姿が消えると、「うーん?」と挙げていた手で髪をぽりぽりと掻いた。
「マリーちゃん、手紙に食いついてたよね。明らかになんか誤魔化してたし、これに覚えがあるとか?」
「覚えってどんな? 借金の申し出なんて、彼女からは一番遠い――」
そこまで言って、まさか……と呟く。
「前の人が、この手紙に関係してるっていうのは? 手紙の名前は偽名で、それを使っていたのをマリーツァは知っている。あるいは同じ文面を見たことがあるとか、筆跡が似てるとか」
「あー、どれもありそうだねぇ……。さて、どうしたもんかな」
「ひとまず団員の報告を――」
「陛下、団長、お話中失礼いたします」
噂をすればだ。騎士団員が駆け寄って来て、報告が入る。
「例の手紙の人物ですが、宿屋に入ったのを確認いたしました」
「おっと、予想以上に普通の答え」
「今すぐ連行いたしますか」
「いや、いい。ただし目を離さないで。誰かとつながっている可能性も踏まえて、少し泳がせたい。次また外に出るようなら、捕らえるのではなく尾行を。尾行役の団員数名には、私服へ着替えるよう伝えて」
「あとさ、宿屋の主人に宿泊名簿を見せてもらうなりして名前は聞き出しといて。ま、十中八九偽名だろうけど、知らないよりマシってことでよろしくね」
「はっ!」
そのまましばらく待機所で待っても、動きはなし。
「今日はもう投函しないのかな」
「まぁ、日に何度と言ってもこれが今日一通目なわけだし? その一回にまとめて何通も投函してたりとか、かなり雑な行動ではあったしねぇ」
「こちらの動きを察知したっていうのは?」
「なーんか、そこまでの相手にも思えないのよ。つか、こんなことなら前の夫……サミュエル = ベッタリーニの所在とか確かめさせておくんだった。ごめん」
「ううん、アシュリーに落ち度はないよ。僕も、まさかここで手紙の主と彼とがつながるなんて予想すら出来ないでいたし……マリーツァに直接聞くか、宿屋の男を遠目からでも確認させるのが一番早いよ」
「まぁ、そうなんですけども」
「大丈夫。国王としては、聞くのが正しいんだ」
「ひとりの男としては?」
「ただでさえやきもち妬いてるのに、わざわざ昔の男について根掘り葉掘り聞きたくない」
「ですよねぇ……」
励ましと、頼んだの言葉の代わりとして、ぽんっと背中を軽く叩かれる。
見張りは続行させて僕だけ城へ戻り、向かうのは当然マリーツァの所。
「ただいま、マリーツァ」
いつもなら、マリーツァは窓際で本を読んでいる。
この国の歴史や騎士団についてといった堅い本から、郷土料理の本や刺繍の図案までと、幅広く知識を蓄えるために。
自分からグーベルク国を知ろうと動いてくれるマリーツァを、僕はもっと好きになって。ドアを開けると本を読んでいた顔を上げ、笑顔を贈ってくれるのも嬉しかったのに。
(本、読んでないね……)
膝の上に置かれている本は開かれていても、視線はどこか遠く。
「アレクセイ……お帰りなさい、お疲れ様」
見せる笑顔もいつもの穏やかさはなく、作られた仮面のように張り付いたものだった――。
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