第20話
「ねえ、エマ」
「なんでしょうか」
「この
バスローブの下が少々心もとない旨を伝えると、エマがアシュリーさんを
「アシュリー様、ご説明を」
「透けるの最っ高! 超、激、おっ勃つ! 半濡れ半脱ぎは、男としてそりゃもうたまんないですよ! エマちゃんが初めて湯着をまとってくれた日なんて、全裸にはないエロさに、おっぱいとあんよからずーっと離れられませんでした! アレクも同じになるのは間違いなし!」
「ご納得していただけましたでしょうか」
「問題ないのは理解出来たわ」
「では参りましょう。のんびりしていると、タイミングを逃しかねません」
さすがにバスローブで廊下は歩けないと、さらにマントを羽織り。陛下専用の湯殿に近づくと、温泉の匂いが強くなる。
いよいよかと高鳴る心音を手で押さえながら脱衣所に入り込み、まずはアシュリーさんが洗い場の扉を開いた。
「アレク。星見ん時の服装で話したいことがあるんだけど、俺も一緒にいい?」
「うん、いいよ。髪を洗い出すから、顔は上げられないけどね」
アシュリーさんがオッケイサインを出してすぐ、私たちに背を向ける。
羽織っていたマントとバスローブをエマに渡し、濡れている床に足を着けた。ひたっ、という小さな足音だというのにバレてしまわないか、ひやりとしてしまう。
「僕もあれからずっと考えてるんだけど、やっぱり団員の制服のほうがマリーツァも妙に構えなくて済むかな。でも、もう一度気持ちを確認したいわけだし……せめて団員の礼服とか? 他は……って言っても僕、服に興味ないから選べるほど持ってないしなあ……」
どうやらアレクセイ陛下の悩みは尽きないようで。髪を洗いながら、制服か私服かで迷い続けていた。
(まず心配するところがそこなのね)
笑いそうになるのを必死に堪えていると、ふっ、と彼の肩が落ちた。
「でもさ……服で気合い入れても見た目で興味を引いてみても、結局は中身だよね。分かってるのに、服で誤魔化そうなんて……」
「…………」
こちらの沈黙を誤解して、話は勝手に進んでいく。
「……大好きなんだ、マリーツァが。会うたび、話すたび、好きになる。その気持ちを伝えたいのに、行動が空回って……。今夜も、もう国へ帰るって言われるんじゃないか、びくびくしてるよ」
これに、まだ返事をしてはいけないのよね。
でも私と知らずに心情を吐露しているわけで、申し訳ない気が……。
「革命を終わらせて、あちこちの国へ手紙を出して招待して。そういう人たち相手なら平気なのに、彼女の前だと緊張して言葉も詰まらせてばっかりで……。ものすごく不器用な男になって……かっこ悪い」
髪を洗っていた手が止まり、はぁっ、と背中を丸める。
「
(……ッ)
なんて寂しそうな声を出すの。
抱きしめてあげたいのに、まだ駄目だなんて。早く髪を洗い終えてと願うばかりよ。
「ごめんね、アシュリー。エマにも謝らないと。頑張ってくれてるのに、ちっとも結果に繋げられなくて」
彼の手が、桶を探してさまよっている。
背後から私がお湯をかけてあげれば、感謝なのか、親指と人差し指で丸を作っていた。
「……ぷはっ、ありがとアシュリー。話、まだあるでしょ? 僕は先に出て、部屋に戻るよ。星見まで時間もあるし、よければもう少し相談に――」
背中で膝立ちしてかなり接近していたせいか、振り向いた陛下と軽く衝突してしまう。
「……アレクセイ陛下とは、こういう体勢になってしまうのがお約束なのね」
「…………」
「もう出られるのよね? 私が、体を拭くお手伝いをさせていただきます」
「…………」
「それとアシュリーさんとではなく、お相手を私に変更していただけると嬉しいわ」
「…………」
胸に顔を挟まれたまま、陛下は私を見上げ。きょとんとした表情がやけに幼くて、ふふっ、と笑ってしまう。
前髪からは、その髪の色を映したしずくが私の胸にも垂れ。その刺激がくすぐったいと、指で濡れている前髪を軽く弾いた。その刺激でか、ようやく陛下が瞬きを繰り返す。
「自慢の温泉、私も毎日堪能させていただいてるの。おかげで肌がすべすべになったわ。陛下の肌も綺麗なのは、この温泉のおかげなのでしょうね」
「…………」
「それと、布と刺繍糸もありがとうございます。どれも素晴らしい品で、あなたに何か作って差し上げたいわ。私服が少ないなら、シャツでもいかが? 夕日色の生地は、アクセントとしてポケットや袖口に使うのはどうかしら。他にも希望があれば、遠慮なくどうぞ?」
「…………」
「毎日美味しいお食事も用意してくださって……この間のズッキーニのお料理、本当に美味しかったわ。今度、うちの郷土料理も食べていただける? 私で良ければ作って差し上げたいのだけれど……」
「…………」
「……アレクセイ陛下?」
あんまり反応がなくて心配になり、そーっと体を離して気づく。濡れていた陛下を抱きとめたせいか、湯着の前面が濡れて肌が透けてしまっていた。
無垢の何も知らない女ではないとはいえ、さすがにこれはと羞恥心が芽生えてしまう。
そうは思っても、私は自分で望み、ここに来た。対して陛下は女性を知らないとなれば、やっぱり積極的であるべきなのは私のほう。
「見るだけでよろしいの? 布越しとはいえ生地は薄いのだし、触られてはいかが? 感触も分かるのでは――」
ぽたっと一滴、床に赤い痕。
(……?)
それが何かはすぐに分からなくて、まず確認したのは天井。そこに似たような赤は見当たらず、もう一度床を見ると、赤く小さな丸い痕は増えていた。
「血……?」
私はどこも傷ついていない。
(まさか……)
慌てて視線を彼に戻せば。
「アレクセイ陛下! 鼻から血が……!」
「え? あっ、わ……」
互いにそれが鼻血であると気づくと同時に、ぼたぼたっとさらに赤い点は増え。彼も慌てて鼻を手で押さえても、指の間から流れてきてしまう。
「エマ! アシュリーさん! まだいるわね!? アレクセイ陛下が……!」
すぐにふたりが飛び込んで来ると、状況を瞬時に把握してくれた。
「お姉様はこちらへ!」
「アレクは鼻にタオル当てて! すぐ部屋に戻るよ!」
アシュリーさんが陛下を連れ出し、私も後を追おうとしてエマに引き止められる。
「心配なさらず、お姉様は部屋でお待ちください」
「でもお見舞いにっ」
「それはさすがに、男の
「なぜ?」
「あれは体調不良からではなく、興奮からくる鼻血です」
「なら安心――……安心? 安心していいのかしら」
「はい」
エマがいつもどおり冷静ということは、本当に大丈夫なのだとしても。
「私は、今の陛下も純情で可愛らしい方だと……部屋でお待ちしているとも伝えてもらえる?」
「ありがとうございます。必ず」
湯浴み後、ひとりで過ごすなんて予想もしてなかった。
今はもう
(こんなにも私は期待していたのね……)
アレクセイ陛下の感触が胸にだけ残った体を、寒さからではなく寂しくてぎゅっと抱きしめる。
私をひとりきりにしたくないという気持ちを持ってくれていたとしても、顔を合わせるのはいたたまれない気持ちになっていてもおかしくはなかった。
とはいえ真面目な彼が、当日中に何も話さず終わらせるともやっぱり考えにくく。
(来るかどうかは、五分五分といったところね)
窓の外を見上げると、月は霞んでおらず星も瞬き。その穏やかな明るさと輝きは、まるで彼のよう。
(アレクセイ陛下……)
今夜、伝えられるといい。
私の気持ちを。
間違いなく芽生えた、あなたへの想いを――。
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