18 貴方を守る盾になろう
第24話
気分は最悪であろうとも、私は朝になれば起きなくてはいけない。
熱はないのに体が重く、朝の身支度を済ませるのにいつもの倍、時間がかかる。
なのに時計は正確に、楽しかった日々と同じ速度で過ぎていく。
今日も座学、剣術、体力づくりと訓練をこなしていれば、午後の職務も終わりを迎えていた。
(アシュリー様とお会い出来ませんでした……)
朝礼といった通例行事は別として。偶然でも必然でも、アシュリー様は目の前に現れなかった。
私が怪我をしていた頃のほうが、まだ会えた。というか、私が会いに行ける精神状態だった。
(ですが今回は……)
謝罪のためとはいえ、会ったところで何を話せばいいのか。どんな顔をしていいのか、なんの糸口も掴めない。
けれどこのまま、目に見える互いの距離も心の距離も開きたくはなかった。
(わたくしは、我が儘な女でもあったのですね)
自分の中で、まともに答えが出ていないというのに。
相手が好意を持って接してきた時は素っ気ない塩対応をしておいて、離れてしまうのが嫌で、なんとか元の鞘に収めたいと願うなど。
(アシュリー様……)
今日は、陛下の代理で舞踏会に
通りがかった渡り廊下。外はまだ明るいが北風が冷たく吹くのに、城外にいる彼を心配してしまう。
(いつもと違う正装姿と聞きましたが……拝見出来ないのが残念です)
以前までならきっと「どう? かっこいい? 惚れちゃう?」などと軽い口調で、自ら披露しに来てくれただろうに。
苦笑も出来ずにいると、廊下の先から騎士団の先輩が駆け寄って来る。
「あっ、エマ! この後に何も予定がないなら、これから夜にかけての城下町の見回り、頼まれてくれないか? 今日の担当者が急病でな」
「かしこまりました。担当の方へ、お大事にとお伝えください」
「悪いな、助かるよ!」
アシュリー様の件で落ち込むのは、またひとりになってからだ。気を引き締めて任務に取り掛かり、城下の見回りを始めてすぐ――その悲痛な声が届いた。
「騎士様、どうかお助けください!」
「どうされましたっ」
「息子が……ミオが、山へひとりで入ってしまったようで……!」
「詳しくお話を!」
聞けば女性はここ数日、体調不良で寝込んでいたらしい。今日も休んでいたら、いつの間にか幼い息子の姿が消えていた。
『山へ薬草を取りに行って来る。すぐに戻るし、心配しないで』という書き置きを見て慌てて家を飛び出したら、私がいたのだと言う。
「暗くなるのにっ……とくに今は、猛獣が出るから昼夜問わず、絶対山に入ってはいけないというお達しも出ているのに……!」
そうなのだ。
明朝山狩りが行われるかもというだけで、山はまだまだ危険地帯。間違いがあってはいけないと、民にも念押しして回ったばかり。
(せめて、どの山に入ったかが分かれば……)
悩んでいるうちに、母親の取り乱しぶりに気づいた人たちが、どうしたどうしたとこちらを囲み始めている。
このままでは心配したこの中の誰かが、子供を捜そうと山へ入りかねない。
だからと勘だけで、私も山へ入るわけには――。
(いえ、違うっ)
選択肢を減らす方法が、ひとつだけ残されている。
こういう万が一を想定し、私は勉強し続けていたのだ。
「奥様。ご子息は、どの薬草を採りに行ったかご存知ですかっ」
「熱冷ましと胃腸の薬草かと……」
バッ! と勢いづけて、ひとつの山を凝視する。
「わたくしは陛下と騎士団長と初めてお会いした山へ、ご子息を捜しに参りますっ。このこと、まずは自衛団の方へ! そこから騎士団へ伝達してもらうよう、お願いします! その山だけでなく、念のため近隣も調べてほしいとも!」
「は、はい! どうかお気をつけて……!」
山に到着してすぐ、馬の背の上で子供の名を呼びながら登る坂道。
この山は、アシュリー様と初めてお会いした場所。ならばきっと、アシュリー様の加護がある。不安など一切なかった。
「わたくしは、騎士団員のエマと申します! ミオ様! この声が聞こえたなら、どうか返事を!」
必死に声を上げ突き進むが、返事はない。
馬の足でこれ以上は無理という場所からは歩き続け、しばらくして聞こえてきたのは川の音。
(熱冷ましも胃腸の薬草も、川辺に群生する。あの家から川のある山はここが一番近く、子供の足でも来ようと思えば来られる距離なのですがっ)
夕焼け色は徐々に薄くなり、代わりに夜の色がレースのように広がり始めている。
早く見つけなければ。一緒であれば、暗くとも山を降りるなり迎えが来るまで大人しくしているなり、助けられる方法は一気に増やせるというのに。
「ミオ様、いらっしゃいませんか……! いらっしゃるなら、どうか姿をお見せください!」
――ガサッ。
(今の音は!?)
川が見えている場所で聞こえた、風で起きたのではない葉擦れの音。
獣か、捜し人か。
剣に手をかけ固唾を呑むと、恐る恐るといった具合に、近くの茂みから小さな子が顔を出した。
「ミオ様でいらっしゃいますねっ?」
「う、うん……お姉さんは……?」
「わたくしは、騎士団員のエマと申します。お母様が心配されています。さあ、戻りましょう」
「でも僕、他の薬草を取りながらここまで来てたせいで、欲しい薬草がまだ……。川、もう見えてるし……」
「わたくしが必ずお届けします。ですから、どうか今は――」
「……騎士様?」
「シッ」
咄嗟に彼の体を抱き込んで、腰を屈める。
(今、川の向こうで何か……)
暗くなり始めているからこそ気づけた光。
息を潜め探れば、木々の間にギラッと青白く光るものがふたつ。直後、のしっ、のしっ、と大きな黒い影が姿を現した。
(熊!?)
大イノシシとはわけが違う。
あれはさすがに、私ひとりで相手に出来る獣ではない。少年も気づいて青ざめ、震えだしていた。
「まだこちらに気づいてはいません。川の向こうでもあります。静かに立ち去りましょう。ご自身で歩けますか?」
「……ぅ、っ……」
恐怖で足がすくんでいるのか、首を横に振るのが精一杯の相手を抱き上げる。
完全に足音を消すのは無理だが、川もあるし、こちらに気づいていない今。さらなる距離を開けるためジリジリ下がり出すと、偶然にも合わせるように熊も近づく。
それに驚いてか、腕の中の彼が「ひいっ!」と悲鳴を上げてしまった。
間髪入れず熊の視線がこちらを捉え、「ゴアアアアアッ……!」と空気が震えるほどの
「走ります! しっかり歯を食いしばっていてください! でないと舌を噛みます!」
「っ、は、はい! ごめんなさい、騎士様……!」
背後からのバキバキと木が折れる音を判断するに、まだ距離はあるが追いつかれるのは時間の問題だ。
(こんな山中、剣を振るうにはあまりにも適していなさすぎる!)
この先も、開けている場所はなかった。
よしんば
「いったん川へ戻ります!」
「え!? で、でも後ろには熊が……!」
「わたくしに考えがっ。今は信じてください!」
迂回して戻るのは、また川辺。
岩と岩の間にある隙間に身を隠してから、彼に言い含める。
「わたくしが囮になります。その間に、貴方は山を下りるのです。いいですね?」
「そしたら騎士様が……!」
「わたくしは大丈夫です。貴方も、貴方のお母様を守らなくてはなりません。そのためにも戻るのです。悲しませないためにも戻るのです。そうして、ここでのことを伝えてください」
「は、はい!」
「素晴らしい返事です。では、背後の道へ。その後は振り返らず、とにかく下へ。きっと途中で、他の騎士団員に会えるはずです!」
「はい、騎士様! 必ず伝えます。それまで、どうかご無事で……!」
「ありがとうございますっ」
さあ! と背中を押せば、小さな体が必死に山を下りて行く。
途中で完全に夜になるが、迷うことはないはずだ。それこそ私を助けるためではなく、少年を助けるため、アシュリー様も来てくれているに違いない。
彼はそういう人だ。騎士団長として、決して公私混同はしない。
そういう人だからこそ、私は――。
(……やはり、匂いをたどって戻ってきましたか)
一番は熊が私たちを見失い諦めて去っていることだったが、やはりそう甘くはない。
出来る限り、ここで足止めをしなくては。
(アシュリー様。わたくしは、わたくしの任務を果たします)
民を守る。国を守る。陛下を守る。
そして、貴方を守ると約束したのです。
これはきっと、それに通じている。
「エマ = ウィルバーフォースと申します。貴方に罪がないのは承知しておりますが、わたくしも守るべきものがあるのです!」
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