16 己の愚かさに気づかされ

第22話

城下町から城へ戻り、気持ちを落ち着かせたくて両親へ手紙を書いても結果は変わらず。

 懐に入れていた例の手紙は今、卓上たくじょうに。私はそれを、穴が空くほど見つめていた。


(他の女性と自分を、こんなにも比べてしまうなど……)


 この手紙の持ち主はアシュリー様を見下ろす大女ではなく、小柄で年頃の女性らしいふくよかさもあり、緊張の面持ちが愛らしかった。

 きっと女性らしい趣味も持っていて、間違ってもオムレツを作るつもりがスクランブルエッグにしてしまう失敗もしないだろう。


 好みはあれど、あんなに可愛い女性に愛を告げられて嫌な気などしない。

 一般人には手を出さない、恋人にはならないと決めているアシュリー様も、今回ばかりは心変わりするのでは?


「……っ」


 まただ。冷たく凍った剣を突きつけられたような寒気に、ふるり、震える。


(アシュリー様が待っているのに……)


 そろそろいつもの時間になるというのに、机の上の手紙は置いてから少しも動いていない。

 もしかしたら私は、これを彼に渡したくない? ならその理由は?

 これも分からないまま時間が過ぎてしまい、いい加減行かなくてはと手紙を持って秘密基地へ。

 ドアをノックすれば、「どうぞ」の声。


「こんばんは、アシュリー様」

「うん、こんばんは。来てくれて嬉しいよ」


 おいでおいでの手招きに合わせて、室内に踏み込む。

 初めて招待してもらった時とはまったく違い、この場を逃げ出したい気持ちが心の大半を占めていた。


(いけない、このままでは)


 黙っていてはアシュリー様が怪しんでしまう。


白湯さゆとタオルをどうぞ」

「ありがとっ。……じゃあ、俺からも。はいどうぞ」


 差し出された袋はいつもと違い、ずいぶんと可愛らしい。

 受け取れば、袋越しでも硬く四角い物だと予想出来た。


「でね? お礼っていうか……贈りたい物、もうひとつあるんだ」


 ここからは見えない場所に隠されていたのは、赤いミニバラで作られたブーケ。

 枯れないよう生けてくれていたのか、花弁もまだみずみずしかった。


「君が野花のイメージは変わらなくても、今夜は……ちょっと、だいぶ、特別なんだ」


 笑みが消え、スーッと小さな深呼吸の後。真剣な眼差しが、瞬きもなく私を見る。


「俺、君にずっと伝えてたことがあるでしょ?」


 いけない、これ以上は。

 聞いてはいけない。

 そう、何かが警告する。


「もう一度、改めて真剣に伝えたくて――」

「――アシュリー様。まずは、これをお受け取りください」


 優しい声色を聞けば聞くほど、腹の底から悲鳴が上がりそうになる。それを誤魔化そうと差し出したのは、例の手紙。


「手紙? ……あ、もしかしてラブレター?」

「はい」

「ほんとに!? エマちゃんからって、じゃあ俺たち両思――」

「わたくしからではありません。城下町に住む女性からです。大変可愛らしい方でした。背も低く、表情も豊かで……」


 受け取ろうと伸ばされていた指先が、ピタリ、止まる。


「なにそれ」

「ラブレターです」

「じゃなくて、なんで受け取って来るのさ」

「断る理由がありませんでした」

「てことは何? 俺がこれを受け取って、読んで、その子にオッケイの返事をしても君は平気だっていうの?」

「……お似合いかとは」

「…………ああそうですか」


 乱暴に、私の手から手紙を奪い取ったアシュリー様。と同時に、手にあった花束をぐしゃり、握りつぶす。


「花が……!」

「君は俺に、他の子とくっついてほしいんでしょ? なら、こんなの貰っても迷惑でしょ。俺の想いが込められてる花束なんてさ」


 パラパラと床に散って行く赤は、まるで涙のよう。

 どちらが流した涙かも明白で、これは私の言葉が招いた結果なのだ。


「分かってるよ。全部、俺が勝手に浮かれてただけだって。でも、君があんな笑顔で俺の手料理をまた食べたいとか、差し入れとかくれるから……抱きしめてくれて、だからっ」


 私が伸ばした手を避けようと、今度はアシュリー様が飛び退く。


「……いいよ、君が望む通り、この手紙の子だろうと誰だろうと伴侶を作る。そうすりゃいいんでしょ」

「そういうつもりでは――」

「つもりなんていう不確かな要素はいらないんだ!」

「アシュリー様……!」


 花束を床に叩きつけ、私に渡した紙袋もひったくると、アシュリー様は秘密基地を飛び出した。

 その目に涙を浮かべながら――。


「アシュリー……様……」


 膝から崩れ落ち、開かれた扉の向こうに広がる暗闇を呆然と見つめる。

 ふと指先に触れた感触の柔らかさに視線を落とせば、ちぎれた花びらが。あんなに綺麗な花束であったのに、今やなんて無残な姿。


「……申し訳ございません」


 謝罪はアシュリー様と、床に散らばってしまった花に対して。

 普段は花を大切にされる方だろうに、私がさせてしまった。どちらの美しさも傷つけてしまった。


「わたくしは……なんて愚かな女でしょうか」


 それでも、どうしていいか分からなかった。

 アシュリー様を追いかけることも出来ず、私に贈られ、けれど散ってしまった花びらを一枚一枚拾うしか出来なかった。


(アシュリー様……)


 拾い上げた花びらを、ギュッと胸に抱きしめる。

 泣きたくても私には泣く資格などないと、懺悔しながら――。

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