13 美しい人
第19話
「――アシュリー様の居場所?」
「ああ。エマは知らないか」
昨晩に引き続き、夜の自由時間に書庫へ。アシュリー様に役立ちそうな本を数冊手にして廊下へ出たところで鉢合わせた先輩にそう問われても、首を傾げるしかない。
「もともと簡単に捕まる人でないと承知しているが、この時間帯なら執務室にいる場合が多いのに、いらっしゃらないんだ。お借りした本、早くにお返ししたいんだが……」
「申し訳ございません。わたくしも、どこにいるかまでは……」
「そうか。すまなかったな」
「会えたら伝えておきますので」
「よろしく頼む」
アシュリー様が捕まらないのは、私も何度も経験している。
庭は真っ暗で何が出来るわけでもないし、陛下の所にいるのなら私室だろうと執務室だろうと、私室のドアに印の看板を掲げる。
それがないなら他の用事で出歩いているとして、いったいどこへ?
(執務室にもいらっしゃらないとなると、わたくしも行くだけ無駄になりますね)
今朝、訓練場で「あの本、すっごく役立った! あと物語としても面白かった!」と、満面笑顔をいっそう輝かせて言ってくれたから。それが、とても嬉しかったから。
(今夜もと選んだのですが……)
これは別の国で流行っている現実世界を題材にした物語。私も読んで面白かったし、少しはまた役立つはず。
「そのうち、お貸ししたい本があると――……?」
窓の向こうで、何かが中庭を横切ったのに気づく。
(今のは……)
暗すぎて誰かは分からないが、方向的に裏庭へ向かったのは間違いない。
城の敷地内とはいえ、昼ですら薄暗い場所にどんな用があるのか。怪しいと、急ぎ裏庭へ回る。
慎重に探るが、人の気配はどこにもなく。これ以上進んでも、あるのはアシュリー様の秘密基地ぐらい――と、そこまで考え及んで、はたと気づく。
(先程の人影は、アシュリー様だったのでしょうか)
ならば本を渡せるし、アシュリー様でなければ誰が何をしているか確かめる必要もある。
音を立てないよう、気配も消して秘密基地へと近づくと、ヒュンッ! と
(間違いなく、中から聞こますが……)
こういう時、古い建物はありがたい。朽ちている壁の隙間から中を覗いて、予想もしていなかった光景に息を呑む。
明かりは、部屋の隅に置かれている小さなランプただひとつ。
ぼんやりとした明るさの中、アシュリー様は剣を振っていた。しかも上半身裸で、寒いというのにあんなに汗をかいて。
体から発せられる緩やかな白い蒸気が彼の体を取り巻く、それもまた幻想的で。
美しい金の髪と
しかし何より私の目を奪うのは、その裸体。
(なんと芸術的で美しい……)
二の腕、腹筋、背筋と筋肉がついていて、それだけ鍛えてきたのが分かる。
見惚れるのはそこだけではなく、あれだけ腕を大きく振り上げているのに、剣先が一切ぶれない。
ずっと眺めていたい光景だが、こんな所で訓練しているのだ。秘密なのかもしれないし、よしんばそうでなくとも誰かを確認した今。これ以上の覗き見など、恥ずべき行為。
(すぐに戻らなければ)
ああ、でも後少しだけ。もう少しだけ、この光景を目に焼き付けたい。
息をするのも忘れて魅入っていると、アシュリー様が近くに置いてあった水筒を手にした――が、手を滑らせ中身をだいぶこぼしていた。
ほんの少し迷う表情を浮かべたものの、まあいいかとまた素振りを再開。
(水分補給せずに続けるのは……)
いったんその場を離れ、
(後は……)
離れた茂みに潜り込み手頃な石をドアへと投げつけ、すぐに身を隠す。
キィッと錆びた音を立てドアが開かれ、慎重に外の様子を確認していたアシュリー様が、ようやく足元の物に気づいてくれた。
ハッと辺りを見回しても、この暗さ。怪しい気配もないと納得もしたのか、水筒とタオルを手に中へ戻った。
全て見届け自室へ戻り、ようやく詰めていた息を吐き出す。
ドッドッドッ! と激しい心音は、ここまで走って戻ったからなのか、彼の秘密を知ったからか。
(あるいは、あまりにも美しい光景を目にしたからか……)
それだけじゃない。
私はあの体に抱きつかれていたのだと思い出せば、心音がさらに上擦った。
「アシュリー様は、男の方……」
私の中で女は女であり、男は男であり、人間としてそれ以上も以下もなかったのに。
(わたくしの笑顔をアシュリー様しか知らないように。今夜のアシュリー様を知っているのは、きっとわたくしだけ……)
そう気づくと、上擦っていた心音が今度は優しい音色に変わり。
経験のない、言葉に表せない感情が立ち上っていた――。
**********
親愛なるお父様、お母様へ
お父様、お母様、その後お変わりございませんでしょうか。
私は寝ようとしても寝付けず、月も空高く登った時間帯に諦めて起き出し、こうしてペンを手にしました。
……私はどうやら、変わってしまったようです。
などと書くとまた不安にさせるかも知れませんが、悪い意味ではなく。普段ならアシュリー様に相談するのでしょうが、この問題もこの感情も、アシュリー様が原因なのです。
彼の傍にいると哀楽の起伏が激しく疲れてしまうのに、離れたくもないのです。とらえどころのない感情を、どう説明していいかも誰に質問していいかも分からず、ただ黙るのです。
この問題、いつか解決出来るのでしょうか。光明も見えませんが、次のお手紙ではまたいつもの私に戻っているよう努めます。
お父様もお母様も、どうぞ仲良くお過ごしくださいませ。それでは手短ではありますが、今回はこれで失礼致します。
エマ = ウィルバーフォースより
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