10 どうして上手くいかない(アシュリー視点)
第15話
(あーもー! 俺ってば何やってんだよ……!)
エマちゃんを届けた医務室を出て、ドカドカと乱暴に歩く。
腹が立っていた。
誰に?
――俺に!
(ほんっと俺って、ばっかじゃね!?)
しゃがみこんで、廊下の床を力いっぱい殴りつける。
「アシュリー?」
「なんすか!!」
「……ずいぶんとご機嫌斜めだね。でも、床と格闘はしないほうがよくないかな。みんな、怖がって通れないでいるし」
見れば、廊下の向こうで誰もが進むに進めず渋滞が始まってた。さすがにそれは不本意で、俺が歩き出せばアレクもついて来るのは私室まで。
「なんで一緒に入ってくるのさ」
「エマが怪我したんでしょう? 話を聞きに行こうとしたら、幼馴染の大事なお兄ちゃんが何やらお困りのようなので。言いたくないなら聞かないけどね」
「……聞いてって」
実は……と、さっきまでの出来事を包み隠さず話す。
エマちゃんとの見回りは楽しかったこと。その後、一緒にひったくりを捕まえたこと。彼女の活躍と、そのせいで足を怪我したこと。死んだ親父のことも。
「全治一週間だってさ。褒めといてあげてよ」
「もちろん。君は褒めたの?」
「褒めるどころか怒っちゃった」
「怒ったんだ」
「そりゃもうブチ切れ。よくないでしょ、上司としてそういう態度」
「騎士団の規則として、小さな怪我もおろそかにしないってあるよ。この場合、エマが規則違反をしたことになる」
「それだけが怒った理由じゃない」
「おじさんを……君の父親を思い出したんだね」
「人んちの家庭事情で怒られても困るでしょ。俺だったら困る――てことを、俺がしちゃった! 伴侶どころか、上司としても嫌いって言われそうな瀬戸際になった……!」
「エマって、それで君を嫌うような性格だった?」
「……違う」
「だよね。君ばかり落ち込む必要もないよ。エマも、自分は無自覚すぎたって反省してるんじゃないかな。……それで? 君から見て彼女はどう?」
「騎士団員として? 俺の伴侶に出来るかどうか?」
「どっちも」
「剣の腕前、体術、素行から何から非の打ち所がないね。だからって得意気になるでもなく、新人として先輩をちゃんと立てるし、地味な作業も進んでやる。訓練も誰よりも頑張って、御存知の通り自主練もする。騎士の中の騎士って態度で、あっという間に城の女性陣からも大人気よ。同性だけど素敵! だってさ」
「アシュリーの目から見ても、意見は変わらずかい?」
「変わらないどころか、日々素敵度が増してます! なのに可愛いとこもあんのよっ。真面目なだけに、なんか面白いことになったりすんのよっ。ああいうのも、一種の天然ってやつだと思う! 好き……!」
きゃあきゃあとひとしきり騒いだ後、また撃沈。
「でもねー……。エマちゃん、俺にはまったく興味なさげです……」
「そうかな。騎士団長の君に、ずいぶん興味を持ってるじゃない」
「そこに関しては、ありがとうって感謝もしたくなる。俺っていう団長を、認めてくれてるわけだしね。けどそれって、俺が女でも同じ評価なんだよ。結局、男としては見てもらえてないのよー……」
「尊敬だけで、恋も愛も含まれてない」
そのとおりです、とソファーに倒れ込んで顔を両手で覆う。
「戦の駆け引きとはまったく違って、手応えのなさが半端ないっ」
「……ねえアシュリー。少ないとはいえ、騎士団に女性はいる。団員になれるぐらいだ、彼女たちも強い。なのに、その誰ひとりとして君は興味を示さなかった。でもエマは違った。それってなんで?」
「そりゃ……強くてかっこよくて、好みどストライクだったから一目惚れして……」
「それだけ?」
念押しされて、改めて真剣に考える。
強くてかっこいい女性は、騎士団にはむしろ多い。エマちゃんはその中でも美人度は高いけど、彼女以上の美人だっていないわけじゃない。
「……彼女を見た瞬間から、ドキドキしっぱなしなんだ。そのドキドキは今も続いてるし……むしろ増してるっていうか……俺、彼女の全部に恋してる」
「本気の恋なんだね」
「うん。……恋に落ちるきっかけは、人それぞれなんだよ。優しくされただけで好きになる場合もあるし、顔が好みってのもそう。どんな理由だろうと、本人がこれは恋だって自覚した瞬間から始まる……んだけど、そういう感情を相手に押し付けちゃいけないのに、俺、押し付けてるよなぁ……」
「あれだけ猛アタックしておいて、今さらそこを悩むんだ」
「これでも控えるべき所では控えてたのに……エマちゃんが怪我して、初めて気付かされたっていうか……。そもそも俺、エマちゃんに惚れてもらえるような男らしさ、披露出来てないのよねー……」
「手合わせしてたでしょ。今日だって、彼女を背負って戻ったって聞いたよ?」
「それは男らしい関係なくね? つかさー……とにかくエマちゃんが隅々までかっこいいから、俺のほうが乙女になってる気が……」
「諦めるんだ」
「諦めたくないから、こうして頭抱えてんじゃん」
「ならお見舞いに行ってあげなよ。ちゃんと目を見て、ごめんなさいって言えばいい」
「…………ど正論」
「やることやらなきゃ、向こうも振り向いてくれないでしょう? これも騎士道精神と同じ。騎士団員の心得、その六。いつだって誠実であれ、だよ。じゃあ、僕は執務室で仕事してるね」
ひとりになると俺の口から漏れたのは、本日何度目かってぐらいの深いため息。
(親父と重ねたのは本当なんだよ)
強い人だった。
これからも一族を率いて、この国のためアレクのため、頑張ってくれると信じきっていたら、小さな傷であっという間に死んだ。
人間はこんなにも簡単に死んでしまうのかとショックでもあったし、後悔は今もしてる。あの時、無理矢理にでも医師に見せておけば、と。
(俺だから作れる騎士団もあるのを承知で、俺は親父が率いる騎士団も見たかった)
親父とアレクが並び、その後ろから見る景色も見たかったんだ。
叶わない願いは、どうしてこう、いつまでもつきまとうのか。
(エマちゃんも、親父と同じで痛みに強いとこあんのかな……。あと、心配させないため言わないのかも……)
こっちの勝手な言い分だとしても。
痛いのに痛いと教えてもらえないほうが、信用されてないのかな、頼れない男なのかな、なんて疑って悲しくなった。
(エマちゃんも、同じ結果になるかもしれないって思ったら……)
だからって、あんなに怒るなんて。
もっと優しく心配してあげるとか説明するとか出来たはずなのに、まったく余裕がなくなってあのざまだ。
「とか、いつまでも落ち込んでる場合じゃない!」
パンッ! と、頬を両手で何度か叩いて気持ちを切り替える。
「アレクの言うとおり、まずはごめんなさいしないと!」
日が落ちる前にお見舞い品を買おうと、大急ぎで
(装飾品だったら、あの長い黒髪を飾れる髪留めとか?)
そんなのなくても、エマちゃんの髪は綺麗なんだけどね。
(ぅんでも、この手の飾りも好みがありそうか)
とすると、部屋に飾れる物がいいかな。
もしくは普段遣い出来そうな物とか?
(髪繋がりで、
――……♪
(……あ、綺麗な音。どこからだ?)
辿って行けば小物類を売っている露店からで、人気なのか女の子が店先にひしめき合っていた。
「へー……」
ひょいっと顔を覗かせれば、周りの子たちがきゃあきゃあと騒ぎ出す。
「ごめんねー? 俺もお邪魔していい?」
「もちろんです!」
「どうぞ……!」
開けてくれたスペースに入り込み、棚に置かれている小物類を見る。
宝石箱、装飾品。懐中時計とか、種類は多い。
(あっ、これ可愛い)
伝統工芸の、タイル細工が施されている小箱。蓋を開けば優しいメロディ。
(音の正体、オルゴールだったんだ。エマちゃん、こういうの好きかな。喜んでくれるかなぁ……)
「あのっ、アシュリー様。もしかして、どなたかに贈り物ですか?」
「喜んでくれるかは、まったく皆目検討もつかないんだけどね」
「アシュリー様から贈られて、喜ばない人なんていません!」
「私もそう思います!」
「あはは、ありがと」
恐る恐る、探り探りで贈り物を買うなんて初めてだな、俺。
胸に抱いて店を去ろうとすると、さっきの子たちが手を振ったりお辞儀してくれる。
(うん、可愛い)
笑顔で一生懸命、俺に好意を示してくれる態度ってのは、何度見ても可愛いとしか形容出来ない。
(ああいう態度、エマちゃんが俺にしてくれたらどうなんのかなぁ……)
想像してみても、まるでピンとこない。俺が望むエマちゃんは、やっぱり彼女たちとは違うんだ。
(表情はなくても感情を持った声で好きですなんて言われたら俺、嬉しくてずっとエマちゃんにしがみついてそう……)
心からそんな日が来るようにと願うのに、遠ざかっているのは気のせいじゃない。全部自分で蒔いた種とはいえ、やるせない気持ちにはどうしたってなる。
(このお見舞いを渡して謝って、少しでも開いた距離を取り戻せるようにしないと!)
なんて誓ったくせに、彼女の私室前に来てもドアをノック出来ない。
どうしようかなー……。このお見舞い、誰かに届けてもらう?
(それじゃ謝罪になんないっつーか、俺、こんなに勇気のない男だった?)
戦場では猛火の中だろうと、走り抜けたのに。
「
(いやまあ、それとこれとは別物かもだけどさ……)
なんでかな、上手くいかない。
オルゴールも迷惑か? なんて思う始末。
(……ごめんね)
袋を力なく抱き直す。
買った時は喜んでもらえるかなって、期待もあって抱きしめたのに。ほっこりとした温かさがあったのに、今はこんなにも冷たい。
(強い子が好きで、俺も強くありたいとか言っておいてさ。実はこんなに臆病だって知られたら、君は怒るかな。それとも笑うかな)
それとも興味ない相手だから、そうですかって言葉で終わっちゃうかな。
(片思いって、楽しいばっかじゃないんだな……)
こんな感情も、君には「そう言われましても」ってことになるんだろうけどね――。
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