第14話
「――ッ!!」
体全部で子供を守りながら倒れ込んだせいで、受け身が取れない。近くの壁にしたたか背中を打ち付け、一瞬、呼吸が止まった。
「っ……大丈夫、ですか……?」
「ひっ、ぅ……」
恐怖で声も出せないでいるが、頷きで答えてくれている。見たところ、怪我もなさそうだ。
だがホッとしている暇もない。これ幸いと剣を振り上げていた男に備えようとした、それよりも早く。
「ぐふっ!」
アシュリー様が、見事な蹴りを男の脇腹に決め。男は私よりも派手に壁へ叩きつけられ、気を失っていた。
「ふたりとも無事!?」
「はい、ご安心ください。ご覧の通り、どこにも怪我はありません」
「う、ぇ……っ、うわぁぁぁん……!」
ようやく置かれた状況を理解出来たのか、少年は声を上げて泣きじゃくる。
「坊や!!」
騒ぎを聞きつけた女性が駆け寄り、男の子を抱きしめながら周りを見て、何があったのか把握したのだろう。何度も何度も頭を下げ出した。
「申し訳ございません! 騎士団員様の、お仕事の邪魔をしてしまったようで……!」
「邪魔などしておりません。むしろ、もっと早くに決着をつけられなかったせいで、息子さんを怖い目に合わせてしまいました」
「本当にね。子供に怪我がなくて何よりではあったけど……お詫びはまた後日、改めてさせてもらうよ。てことで、片付けでこの辺りはしばらく自衛団と騎士団が出入りする。裏口を開ける時は気をつけるか、今日は使わないほうがいいかもね」
アシュリー様がしゃがみ込んで、ポンッと少年の頭を撫でる。
「怖い目に合わせてごめん。でも、このお姉ちゃんにありがとうして? ありがとうはね、言える時に言わないと。ごめんなさいもそう。次に会った時に言おうなんて思ってると、その次が来ない時に辛いよ」
「っ……あり、がと……ございました……」
「民を守るのが騎士団の努めです。どうぞ、お気になさらず。お母様も、しばらくは息子さんを抱きしめてあげていてください」
「はい、本当にありがとうございました!」
親子は繰り返しお礼を口にし、頭を下げながら裏口を戻り。その頃には自衛団も駆けつけ、騒ぎを収めてくれていた。
「
「子供の前で血を流すのは、さすがにね。俺みたいに小さい頃から訓練してない場合、なかなかのトラウマだよ。そうも言っていられない緊急事態なら抜くけど、今回は剣がなくても大丈夫だって判断出来たからさ」
あの一瞬でそこまで……。
この方は、やはり凄い。
「お恥ずかしい限りです。わたくしは彼を助けることに精一杯で、そこまで考えが及びませんでした」
「俺も君がいてくれたから、剣は振らずに済んだんだ。ありがと。君も怪我してないよね?」
「はい。おかげさまで――っ」
ホッとしたからなのか、突然、思い出したかのように足首に強い痛み。庇うべく屈みかけると、アシュリー様が私の体を支えてくれた。
「もしかして足、痛めた!?」
「彼を抱き込む時か、倒れ込んだ時かのどちらかでしょう。血が出ているわけでもありません。大丈夫です、歩けます」
「どんな小さな怪我だろうと、馬鹿にするんじゃない! それが致命傷になる時もあるんだ! 分かったらほら、おぶさって!」
「ですが……」
「団長命令だ! 乗れ!!」
表情も
「失礼します」
体格の差がある。背負うのも難しいのではという心配をよそに、アシュリー様は器用に私を背負って歩き出した。
「重くはありませんか」
「……別に」
むすっと、不機嫌を隠してもいない声。
そのまま黙々と歩き続け、馬に乗せてくれる。ここからはひとりでかと思いきや、アシュリー様は私の前に跨いで座り手綱を掴んだ。
「ご自身の馬は」
「後で誰かに頼む」
「ですが……」
「文句でもあんの?」
「……いえ、何も」
「手綱は自分で」と言おうにも、それを許さぬ雰囲気に黙るしかなく。
だがしかし、ゆっくりとした馬の速度については、問わずにもいられない。
「アシュリー様。もしかして、なのですが。ただの自惚れでしたら大変お恥ずかしいのですが、わたくしの足を気にして馬の速度をあげていないのであれば、どうか気になさらず……」
「自惚れてていいし、俺がそうしたいんだ」
「……そうですか」
早すぎず、遅すぎず。馬の速度を一定に保って走らせるのは、かなり難しい。
アシュリー様は馬の扱いも上手いのだと、こんな時だというのに感心してしまう。
城下町を抜ければ、後は城へ続く坂道を登って行くだけ。進行方向を見れば、城の外観も近づいてきていた。
「……俺の親父が死んだ理由」
「え?」
「革命が終わる直前だったこともあって、みんなが動揺しないよう、しばらく死んだことは伏せてた。死んだ理由も公表しなかったし、歴史書に親父の名前がほとんど出ないのはそういう意図もあったんだけど……怪我だよ」
「戦っている最中のでしょうか」
「……一族の長として、立派で強い人だった。アレクを国王にするべく、
野良犬に吠えられ、怖くて咄嗟に木の上に登った子供がいた、とアシュリー様は続け。
「犬を追い払おうとして、親父は軽く噛まれた。小さな傷だったし、親父はちゃんと手当をしなかった。そこから、雑菌が入り込んだんだ。その数時間後には様態が急変して……翌日の朝、息を引き取った。それから数日後だったよ。城を、アレクが占拠したのは。……見せたかったんだけどね、アレクが作った新しい国旗が、城のあちこちではためく
アシュリー様が見つめる先に、グーベルクの国旗。
上空にも風がないからか、今日は強くはためいてはいなかった。
まるでこちらの心情を表しているかのようで、つい視線をそらしてしまう。
「……大怪我なら当然、みんな治療する。でも、ちょっとした怪我だと治療をおろそかにする。どんな怪我だろうと、命に関わるのを知ってるはずなのに、だ。だから誰かが怪我をすると、アレクも……俺も、ひどく焦る。また同じことが繰り返されるんじゃないかって」
騎士団としての心得は団員になった際、先輩方から教わっていたというのに。
(わたくしは、確かにそれを知っていたというのに……)
自分でも気づかないうちに、彼の腰に回していた腕に力を入れていたのか。お腹の辺りにある私の手の甲を、アシュリー様が軽く叩いた。
「手綱加減が変わる。馬の速度、保ちたいんだ」
「……失礼いたしました」
「うん……」
そこからはずっと無言で城へ戻り、医務室へも背負われて運ばれる。
さすがに目立つ状況で、
「じーさん、患者」
「……先生じゃろうが。しかしまあ、面白い二人羽織りみたいになっとるの。陛下にでも披露するんで、練習中か?」
「冗談言ってないで。右足、ひねったみたい」
椅子に座らされ、老齢の医師が足首に触れる。
初めて診てもらうが、この医師は腕が立つという評判は耳にしていた。
「ほお、こりゃまた盛大に腫らしたな。骨に異常はないようだが……」
「はい。動かすと痛みはありますが、骨が折れた時の腫れとは違います。ただ赤みがあるので、熱を持っているのは間違いなく。全治一週間程度かと」
「なんじゃ、
「独学ですが、騎士団員として必要な知識であろうと勉強しております」
「ふむ……これからの時代、お前のように剣だけでなく、他に知識のある者が強いぞ。医療に関して分からぬことがあれば、聞きに来るといい。だが、まずは薬だな。痛み止め、解熱剤、腫れを引く薬草……」
などなど。
治療を受けている間、アシュリー様は「アレクに報告して来る」と医務室を出て行っていた。
「ここまで、ほとんど歩かずに済ませたのは正解じゃな。でなければ、全治一週間が二週間になっておったぞ? これはお前が思うておるより、派手に捻挫しとる。アシュリーに感謝せねばならんな」
「…………」
「なんじゃ、足以外にも痛い所があるか?」
先生に問われて、いいえ、と小さく首を振る。
「まあ、聞かんでも何があったかは分かるがの。……アシュリーに盛大に叱られたんではないか?」
「どうして……」
「儂はな。革命前に、アシュリーの父親に願われて医師団として控えておったのよ。アシュリーの父親と友人でもあり、腕前も買われてな。……残念ながら、今はいないがなぁ」
「怪我で亡くなられたと、アシュリー様が……」
「おお、本人から聞いたのか。お前は、アシュリーに気に入られておるのだな」
「……ご迷惑ばかりをおかけしているのです」
「
「そうでしたか……」
「だがな。悪態をつきながらも、楽しそうだしの。嫌いでやってはいないようだが……お前も気をつけてやってくれ」
「はい――」
差し出された薬湯を飲みながら頷きかけるが、ん? と話を戻す。
「なぜ、わたくしに頼まれるのですか」
「お前を背負って現れたアシュリーの顔がな? 死んだ、父親の枕元で見せていた表情と似てたんでな。泣かないよう、周りを不安にさせないよう、普段以上、凛々しくなっておった。……それだけ、お前を大事な者としてるんじゃろ」
「他の者だろうと、アシュリー様は心配されます」
「そりゃそうだ。それとはまた別に…………まあ、とにかくあまり心配かけるなということじゃよ。絶対安静が出来ぬなら、それこそアシュリーに団員失格を言い渡されるぞ? 小さな怪我もおろそかにしてはならぬ。団員の心得、その二じゃ」
「はい……」
「なら部屋に戻れ。風呂も入っていいが、患部は温めぬようにな」
「承知しました。先生、ありがとうございます」
杖も借り、部屋までゆっくりと戻る。
真っ白い包帯が痛々しいといえば痛々しいが、薬のおかげか、痛みはさほど感じない。
「早く治さなくては」
訓練が出来ない焦りはあっても、大人しくしているしかない。自室で、騎士団員として出来ることもある。まずは外での稽古の時間を座学に費やすべきだと本を手にしても、内容が頭に入ってこない理由は明白だった。
(……アシュリー様を怒らせてしまいました)
これが戦場ともなれば、「これぐらいで休んではいられない」となっていたかもしれないが、少なくともあの場では怪我を庇ってよかったはず。
団員の心得も知っていて臨機応変の対応が出来なかったのは私のミスであり、怒られて当然なのだ。
(それに、過去を暴かせてしまうなど……)
いつかは知れる話だったとしても、望まないタイミングで彼の口から話させてしまった。
それに、そうだ。
(祖国で見た、あの肖像画)
大柄なあの人物こそ、アシュリー様のお父様なのだ。
陛下とアシュリー様の傍にいたのは間違いないお方。終戦後、陛下の傍にいた彼を記憶していた誰かが、画家に描かせたに違いない。
この話題の最中、陛下が沈黙したあれも、これでようやく納得いった。
(心から謝罪をしても伝わらなければ……。そもそも、アシュリー様が謝罪を望んでいるかも定かでは……)
それだけでなく、なにせ私も口下手で無愛想。「申し訳ございませんでした」の後が、続きそうになかった。
「手紙を書くという手も……」
机に向かいなんとか想いをしたためても、どうもしっくりこない。
書いては失敗だと紙を丸め、書いては紙を丸めを繰り返していれば、ゴミ箱は紙くずでいっぱいになりつつあった。
「逆の立場なら……アシュリー様なら、きっと気の利いた言葉をたくさん書いてくださるでしょうに、わたくしときたら……」
四角四面の謝罪文にしかならず、初めてこの性格を恨めしく思いながらペンを置いた。
ベッドに横たわり仰向けのまま窓へ視線を向ければ、秘密基地で花を贈られた夜とは、形を変えた月が浮かび始めていた。
(アシュリー様……)
見ていると泣きたくなってくる。
両腕で顔を覆い、今だけは自分の感情を誤魔化した。アシュリー様に嫌われてしまっただろうかという、悲しい感情を――。
**********
親愛なるお父様、お母様へ
お父様、お母様、その後お変わりございませんでしょうか。
残念ながら、私はあまり良いとは言えません。自分があまりにも情けなく、不甲斐ないと実感してしまったのです。
先日、足首を捻ってしまったのですが、それに関してアシュリー様をとても傷つけてしまいました。
彼の役に立ちたいと日々努めていたのに、今の私は真逆の存在。悔やんでも遅いのを承知で、悔やみ続けています。
私は今回の自分の失態に対し、早急に彼へ謝罪せねばなりません。ですが、どう謝罪するべきかの名案が浮かばないのです。悩んでいる暇など、本来はないというのに……。
……申し訳ございません。今回は、もうペンを置かせていただきます。
またお手紙を差し上げます。その時は、明るい話題を提供出来るよう努めさせていただきます。
エマ = ウィルバーフォースより
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