第24話 仮病

「ちょっと、セシル―! 起きなさーい! もう、今日は大事な用事があるって言ったでしょー!」


 翌日、再び聖女様を起こしに来た。当たり前のように朝の祈りの時間は欠席で立体映像頼りだったのだが、今日は午前中から魔法省で用事があるというのに起きてこないので、こうして無理矢理起こしに来たというわけだ。

 まぁ、あの濃いキャラしたマルタン様と顔合わせたくない気持ちはわからなくもないけどさ。


「まったくー、ってあれ?」


 痺れを切らしてマスターキーを取り出したミアだったが、使う前に部屋の扉が開いた。拍子抜けした様子で部屋を覗くと、


「ううっ、私はもう駄目です、ミア。お腹が痛いんですぅ……」


 お腹を押さえて青い顔をした聖女様が立っていた。どことなく嘘っぽい言い方だったが、確かに顔色が悪く本当に具合が悪そうだった。


「ちょっと、大丈夫セシル? ほら、とりあえず横になって」

「ううっ、面目ない……」


 ミアが聖女様をベッドに寝かせる。てきぱきと慣れた様子で額に手を当てたり、首筋を触ったり、じっと瞳を見つめたりして聖女様の様子を窺っているようだった。


「……何か変なもの食べたりしてないでしょうね?」

「そそそ、そんなことしてるわけないじゃないですか。自然な症状ですよ、自然の猛威です。ごほごほっ……」

「ジャン、ちょっとそこら辺探ってみて」


 明らかにあやしい、わざとらしく咳をする聖女様を見てノータイムで俺に指示するミア。俺も同感だったのですぐさま行動に移ったのだが、


「えっ、何これ? 明らかにあやしい……」


 聖女様のベッドの下、ドクロのマークの描かれた紫色の液体が残ったガラス瓶という、超ド級にあやし過ぎて逆にあやしくないのではないかと錯覚するようなものを見つけて、俺は頭が痛くなった。


「解析……って、はっ? ええっ!?」


 解析の魔法を使って、その結果に驚愕した。あまりにあやしすぎて逆にあやしくないと思ったそれは、やっぱりあやしくてその上にめちゃくちゃヤバいものだった。


「……解析。ああっ、もう! やっぱりそうだよ! 失礼します聖女様!」

「へっ? む、むぐうううっ……おっ、おえっ! おげえええええっ!」


 猛烈に嫌な予感がしつつも、予想通り聖女様の体内にあの液体と同じ反応を見つけた俺は、水差しから直接聖女様の胃に水を流し込み、掌底でも打ち込むくらいの強さで聖女様の背中を叩いて吐かせた。聖女様の吐瀉物は虹色……ではなく、鮮やかな紫色をしていた。


「こ、これ猛毒じゃないじゃないですか! 百人分の致死量はありますよ、これ! いくら聖女が女神様の加護に護られているといっても、さすがにこれはやったら駄目でしょう!」

「し、仕方ないんですよ、聖女の身体は特別性ですから、致死性の猛毒くらい飲まないと無理矢理体調悪くしてズル休みも出来なくて……。それに、体内の毒が中和される瞬間、すごい身体が軽くなって世界の向こう側が見えるというか、何とも言えない多幸感で聖女としての重圧から一瞬解放されるというか、うへへっ……」


 猛毒を飲んで嬉々としている聖女様を見て心から思った。この人やべぇ……と。


「もう、後を引くからせめて十人分くらいの致死量にしておきなさいって言ったでしょー。それに、ちゃんと作った毒にはわかりやすく印を付けておきなさいって……、まぁ、それは守ってるみたいだけど」

「自作なの!? っていうか、十人分とか百人分とかそういう問題じゃないでしょう! そもそも毒は飲んじゃ駄目なものなんです!」

「しょうがないでしょー、あまり締め付けて爆発されたらそっちの方が大変なことになるのよ?」


 ドクロのマークの付いた瓶を持ちながら、こちらをうるさそうにしているミアを見ていると、自分の方が間違っているのではないかと錯覚しそうになる。いや、俺の感覚からすれば聖女様が百人分の致死量の猛毒を飲むとか大爆発以外の何物でもないのだが……。これ以上の爆発があるのかと思うと、気が遠くなりそうだった。


「さて、じゃあ毒も吐いたところでちゃっちゃと準備して魔法省に行くわよ」

「ええっ!? ちょっと! 毒に苦しんでいる人間に向かってよくそんなこと言えるわね!」

「あんたが自分で飲んだんでしょうが! ほら、さっさと起きなさい!」

「いーやー! しーぬー! 聖女とはいえ毒飲んだらしーぬー! 休まないとしーぬー!」


 床を転げ回って駄々をこねる聖女様を無理矢理立たせようとするミア。うん、言ってることはミアの方が間違いなく正論なんだけど……。


「なぁ、ミア。毒を飲んだのは本当なんだし、さすがに休ませたほうがいいんじゃないか?」

「大丈夫、大丈夫、聖女の身体は特別製だから。それにね、甘い顔して一日休ませたら最後、全力で調子に乗ってくるんだから甘やかしちゃダメなのよ。さぁ、来なさい!」

「やだやだやだ! ほら、ジャンもそう言ってるし今日くらいいいでしょ? はい、もうおしまいでーす! 今日はもう聖女休業でーす!」

「うわぁ……」


 カーペットを握り締め、まるで虫のようにうつ伏せで床に貼り付く無様な姿を見て憐れに思ったのだろうか、ミアは聖女様を引っ張る手を離した。


「もう、いいわよ。しょうがないから、今日は休みにしてあげるわよ……。でも、甘やかしたんだからジャンはちゃんと面倒見ること! いいわね? じゃあ、私は予定の調整に行ってくるから、おとなしくしてるのよ」


 そう言うと、ミアは慌ただしく部屋を出て行った。実際にスケジュールの調整をしなければいけないミアのことを思うと申し訳ないが、今日だけは頑張ってもらうことにしよう。


「ふぅ、これでやっとゆっくり休めますね。いやぁ、毒に侵された身としては仕事に行きたくても休まざるをえないんですよねぇ」


 ふてぶてしくそんなことを言いながら、ベッドによじ登って布団に入る聖女様に思わず笑ってしまった。いや、笑い事じゃないし本当はこんなことしちゃ駄目なんだけどさ。でも、駄目なことなんだけど聖女様のしんどさもわかるし、なんといっても毒を飲んでまで聖女の仕事から逃げようとするくらいだからなぁ……あっ、そういえば、


「聖女様はどうして聖女になられたんですか?」


 聖女様のあまりにはちゃめちゃな様子に気が抜けて、椅子をベッドの脇に寄せながら、つい気軽にそんなことを聞いてしまった。一応公に言われている話はあるものの、聖女様のこのご様子だと語られているほど綺麗なストーリーではないだろうから、気になってはいたんだけど、


「あっ、すみません。不躾でしたよね」


 自分から聞いておいてなんだが、すぐに話題を引っ込めた。もしかしたら深い事情があるのかもしれないし、そう軽々しく聞いてはいけないことのような気がしてきたのだ。


「……いいえ、よくぞ聞いてくれました。ぜひ聞いてください! そして私をかわいそうな子だと思って、もっと私に優しくして甘やかしてください!」


 俺の心配は杞憂だったようだ。むしろノリノリで語りたがる聖女様を見て、少しワクワクしながら椅子に座って聞く姿勢を整えた。

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