聖女様は破滅したい

十二

第一章

第1話 始まりの鐘の音

 この国、ルミエールは光で満ち溢れている。

 朝の青く澄んだ空に、大聖堂の鐘の音が高らかに鳴り響く。

 大聖堂の高い尖塔の先に零れ落ちそうなほど大きな光の球が集まっていき、弾ける。

 勢いよく弾けた無数の光の球はこの街を、そして国中を覆うほどの密度で飛んでいき、どんな素晴らしい花火にも負けないほどの美しい光景に人々は歓声を上げ、そこら中から拍手が聞こえてきた。


「聖女様今日もありがとう!」


 少女が光り輝く空に向かって叫ぶと、周りの人々も口々に「おう、ありがとうな聖女様!」「聖女様最高だぜ!」「私たちの生活があるのは聖女様のおかげです!」と賛辞の言葉が続いた。

 俺、神父見習いのジャン・ルクレールも胸に手を当てしみじみとつぶやいた。


「ありがとうございます、聖女様……、ってそんな場合じゃなかった!」


 神父の定番、祭服の黒のキャソックの裾をはためかせ慌てて走り出す。毎日のこととはいえあまりに美しい光景につい心を奪われてしまったが、今日ばかりは時間に遅れるわけにはいかない。

 なんといっても今日は、その聖女様のサポート役を決める試験の日なのだ。緊張のあまりよく眠れず時間に余裕がなくなってしまったが、急げば遅刻するほどではないだろう。


「大丈夫だ、落ち着け、落ち着け俺。あれだけ勉強と訓練? も頑張ってきたじゃないか」


 試験内容は事前に周知されないということだが、ある程度予想は付く。神学はもちろん、聖女様のお付きとして働くにあたって必要になりそうな一般常識や礼儀作法やマナーなんかもきっちり学んできた。まぁ、養父にそんなのいるか? と思うような謎訓練を受けさせられて時間を無駄にしてしまったところはあるが、必要な勉強時間は確保できたと思う。


 よし、落ち着いていこう。あとは無事に試験会場まで行ければ絶対合格できると信じよう。そう、絶対に――


「あっ、……うわああああああああんっ!」


 そう思った矢先、目の前で小さな男の子が盛大にすっころんだ。膝を擦りむき血が出ているのを見ると、激しく泣き叫び始めた。すぐに駆け寄ろうとしたが、試験に遅れそうなことを思い出して足が止まってしまった。

 誰か他に介抱してくれる人はいないかと周囲を見回すと、周りの人も同じように誰かがやるだろうと気にかけながらも一歩踏み出せないでいるようだった。


 やっぱり俺が? いや、だが、これで試験に遅れるわけには――、いいや違う!

 その時脳裏にふと浮かんだのは、聖女様の笑顔だった。泣きじゃくる幼い自分に微笑みながら手を差し伸べてくれた先代の聖女様。


「もう大丈夫だよ、私が治療院に連れて行ってあげるからね」


 少年を背負うと、治療院を目指して歩き出す。危ない、大切なことを忘れるところだった。

 俺はあの時聖女様に助けられたから、人を助けられるような人間になりたいと思ってこれまで頑張ってきたんじゃないか。そして、聖女様を助けることがより多くの人を救うことになると思ったから、こうして聖女様のサポート役の試験に応募したんだろう?

 そんな俺が、救いを求める人を見捨てるようなことをしたら本末転倒じゃないか! まだまだ未熟だな、全く。

 自分の未熟さに呆れていると、耳元から小さな声が聞こえてきた。


「ありがとう、神父様……」


 小さな、しかしはっきりと聞こえたお礼の言葉につい頬が緩んだ。そうだな、俺は確かにまだまだ未熟だけど、間違った道を通ってはいないんだ。よし、これから頑張るぞ! ――と、それはそうと急がないと!


「しっかりと掴まっているんだよ?」

「うん、神父様!」


 少年を背負い直すと、治療院へと駆けていった。

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