第2話

 ゴーストワーク相談所の新着求人コーナーには未知の職業がたくさん掲示されていた。


 ・三途の川の堤防修繕係

 ・地縛霊の相談員

 ・閻魔城えんまじょうの警備員


 それだけでもビックリなんだけれど、もっと驚いたのは全ての求人票にこんな記載があったことだ。


【未経験可。親切丁寧に指導致します】


 まさか……


“三途の川の堤防修繕係”と“地縛霊の相談員”は百歩譲って良いとして“閻魔城えんまじょうの警備員”も未経験で大丈夫だなんて。


 閻魔城えんまじょうのセキュリティーはゆるゆるなんじゃないだろうか?


 閻魔帳えんまちょうを改ざんし放題なんじゃないだろうか?


 そんな心配をした変わり者は僕だけだろうか。


 まあ、閻魔城の治安問題はさて置いて、ここでやっと第1話の冒頭に戻ることができる。


 場面は僕がゴーストワーク相談所の職員さんに“貧乏神”をゴリ押しされてるところからだ―――


「大丈夫ですよ、黒木さん! 研修もしっかりしてますから、未経験の方でも何の心配もいりません。やってみましょうよ! 貧乏神」


 そんなこと言われたって……


 手元にある求人票を見ると、とてもじゃないけれどそんな気にはなれない。


 【資本金:5000万π】

 

 円周率が入ってる資本金なんて絶対に怪しいし……


 【代表取締役:レオンジュリオール3世】


 この名前どっかで見た気がするし……


 他にも気になるところが諸々もろもろあった。


「ここの待遇欄に書いてある“徐霊手当”というのは……?」


「それは簡単に言うと、香典みたいなものですよ。アハハハ」


(何が可笑おかしいんじゃ!)


 心の中でツッコミをいれると、


「霊能者の方に徐霊されちゃうと消滅しちゃうこともあるんで。アハハハ」


 職員さんは物騒なことを軽く言って、また笑った。


 『消滅しちゃう』って……


 シャボン玉じゃないんだから……


 そして職員さんから放たれたトドメの一撃がこれだ。


「安心して下さい。ハイリスクハイリターンです!」


 もちろん安心なんてできるわけがなかった。


 僕が出した返事は―――


「ちょっと考えてみます(翻訳:やるわけねえだろ!)」


 その時だった。


 ドタドタドタ!

 

 凄まじい足音が聴こえてきたのは。


 振り向くと、僕と同じ30代位の男性が隣の9番窓口へ駆け込んで来た。


 そして、その男は幽霊とは思えないような元気な声でこう叫んだんだ。


「すみません!貧乏神の仕事まだ募集してますか?」


 って。


 思わず、ズッコケそうになった。

 

 空耳なんかじゃなかった。


 ついさっきまで貧乏神の仕事を拒絶していた自分が恥ずかしくなる。


 どうやらあの世では空前の貧乏神ブームが来てるらしい―――



 その夜。


 僕は“パンナコッタ極楽町ごくらくまち”に帰って、これからのことを考えていた。


 えっ!?


 ちょっと待って?


 その美味しそうな名前は何?


 疑問に思われた人もいるかもしれない。


“パンナコッタ極楽町ごくらくまち”……それは僕が住んでいるマンションの名前だ。


 あの世にやって来て、右も左もわからなかった僕に不動産屋さんが紹介してくれたのがここだった。


 何を隠そう、住人の全員が死者であるというミラクル幽霊物件なんだけど、今ではお気に入りだ。


 35階建てマンションの屋上にある大浴場なんかは特にグッドポイント。


 何故なぜなら、ジャグジー付きの露天風呂からは、あの世の夜景を一望できたし、ロウリュができるサウナは死者達の交流の場になっていたからだ。


「池山さんはどうして死んだんですか?」


「私は自分の不注意が原因の転落死です。ハハハ」


「まだマシじゃないですか~私なんて酔っぱらって風呂に入って、そのまま……ですから!」


 サウナハットを被って、顔や身体中に汗を光らせた初対面の人達がそんな会話を繰り広げる光景も決して珍しくはなかった。


 それから、お風呂場トークついでに話して置きたいことがもう一つだけ。


 皆さんは知ってましたか?


 死んだ人の頭上に浮かんでいる、あの金色の輪っか。


 あれって意外と不便に感じることがあるということを。


 シャンプーする時なんかは特にそうだ。


「これ、邪魔だなぁ~」


 泡だらけの頭をガシガシ洗いながらボヤいている人の姿もまた、“あの世あるある”の一つだったんだ。


 ※


 翌日の夕方―――


 ゴトゴト……ゴトゴト……


 僕は電車に揺られながら窓の外をぼんやり眺めていた。


 どこまでも広がる雲海に溶け始めていたのは半熟卵のような夕陽。


 南無阿弥なむあみ鉄道は、雲海沿いをマイペースに走る地元民ご用達ようたしの愛され鉄道だ。


 ゴトゴト……ゴトゴト……


 電車はやがて“霊界フレンズ”の前を通り過ぎた。


“霊界フレンズ”とはショッピングモールの名前で、あの世ガイドブックにも掲載されるほどの人気観光スポットでもある。


 フードコートにある“幽霊ラーメン”は毎日行列ができる程の繁盛っぷり。


 もちろん、ICカード“uramesirica”にも対応しているから安心で。


 そんな皆さん(どんな皆さん?)に自信を持ってオススメしたいのが霊界フレンズだったんだ―――――


 ゴトン……ゴトン……


 窓の外の景色が静かに移り変わっていく。


 あの世の法律を作ってる「霊界議事堂」


 現世に怪奇現象を起こす「心霊テレビ塔」


 ――――……―――……―――


『ご乗車ありがとうございます。まもなく終点“輪廻りんね学園前”に到着いたします』


 車内アナウンスが聴こえると、スピードを落としながら電車は高層ビルの渓谷に吸い込まれていった―――


 輪廻学園前駅。


 巨大な駅を出ると、目の前に広がっていたのはセピア色の街。


 建ち並んだビルの窓には明かりが灯り始め、交差点を足早に渡る幽霊達の足元に落ちた影は伸びていた。

 

 ところで、何故なぜ僕は夕暮れのオフィス街へとやってきたのだろうか。


 その答えは―――


 面接を受けるためだ、貧乏神の。


 あんなにブーブー言っていたのに、ちゃっかり面接の予約を取り付けていたのだ。


 駅から徒歩2分の場所にある60階建てのオフィスビル。


 そこの45階に貧乏神の派遣会社はあった。


 いったい、どんな会社なのだろうか―――


 期待と不安を抱えて訪れたオフィスだったけれど、そこは薄暗い空間だった。


 狭い通路の両脇には墓石がところ狭しと並べられ、頭上には赤い人魂がゆらゆらと揺れていた。


 まるで、お化け屋敷―――


 スタッフに案内してもらった応接室もボロボロで一言で言ってしまえば“廃屋の和室”だった。


 ぱっ……ぱっ……

 切れかかった蛍光灯。

 少しだけ開いた押し入れの扉。

 障子はいたる所に穴が空いていた。


 部屋の中央にあった掘りごたつに座ってみると……??


 正面に謎の枯れ井戸が。


 そして、その奥には妖怪が描かれた掛軸。


 そんでもって、その隣にはポスターが貼ってあった。


【貧乏神のスキルアップ講座】

 ワンランク上の貧乏神を目指そう!


【お友達紹介キャンペーン中】

 只今、貧乏神の繁忙期につき、貧乏神を絶賛大量採用中! 

 今ならお友達を紹介してくれた方と紹介された方に1万円贈呈中。


 貧乏神のスキルって?


 貧乏神の繁忙期って?


 いったいなんなの~~~~~??


 わかんないことだらけで悶絶していると 

 枯れ井戸の内側からへりに、のっそりと白い手がかかったのが見えた。


(うわぁっ!!)


 ビックリして後ろに仰け反った僕。


「よっこいしょっと」


 井戸の中から聴こえてきた声。


 ドキッ! ドキッ!


 井戸のへりを固唾を飲んで見守っていると……もう片方の手がぁ~!!


 そこからは……頭……顔……と少しずつ明らかになり、現れたのはスーツ姿の若い女性だった。


(なんちゅーとこから出てくんねん!)


 明るい栗色のショートカットのその人はニコニコしながら僕の方へと歩み寄ってくると


「初めまして、私、営業担当の百鬼ひゃっきと申します」

 

 渡された名刺にはこんなことが書かれていた。


 株式会社ノーマネー

 主任 百鬼渚ひゃっきなぎさ

 取扱業務:貧乏神の育成及び派遣



 あの世は摩訶不思議でいっぱいだった。





 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る