幽霊になった僕の不思議体験記

坂井 幸太郎

第1話

「えっ!?貧乏神ですか?」

 僕は唖然としながら聞き返した。

 

 そんな職業を紹介されるなんて夢にも思わなかったから。


「レア求人なんですよ、貧乏神。報酬も良いですし、しかも完全週休二日制」

 

 淡々と答えてくれたのは、どこにでもいそうな職業相談員のオジサン。50歳位の、ごく普通の。


 スーツを着用して、身だしなみも言葉遣いだってちゃんとしていたのに、ただ紹介してくれた職業だけが普通ではなかったんだ。


 僕は職業相談所に求職活動をしに来ていた。ただし、この世ではなく、あの世の。

 

 ここは「ゴーストワーク相談所」。


 現世で言うところのハローワークみたいなものだ。


 そうなんだ。


 要するに僕がいたところは平たく言えば「あの世」という場所で、つまり僕は死んでいるというわけだ。


 まだまだ、なりたてホヤホヤの新米幽霊。

 

 黒木匠海くろきたくみ35歳。

 

 それが僕だった。


 話せば長くなる。


 死んでから、ゴーストワーク相談所に来るまでの道のりを話すとなると。


 あの日……


 いつもの帰り道。


 立ち寄ったコンビニを出て国道沿いの歩道を歩いてる時だった。


 僕は突然、意識を失った。


 テレビの電源を切ったように、プツンと。


 ―――――――――――――――――

 ―――――――…………

 ……霧が晴れるように少しずつ明るくなってゆく視界。


 そこにはゴツゴツした灰色の岩壁と天井からぶら下がる無数の氷柱つららが映っていた。


(えっ!? ここ、どこ!?)


 ピチャッ……


(ひぇっ!!)


 どこかで水が滴り落ちた音に背筋がゾクッとした。


 ピチャッ……ピチャッ……


 (もしかして鍾乳洞?)


 そう思った時だった。

 

 隣で誰かの声がした。


「気がつきましたね?」


 それはとっても落ちついた口調だった。


 視線を横に滑らせると、そこにはフード付きの黒いローブを身に纏った青年が松明たいまつのぼんやりとした明かりの中に立っていた。


「あの……あなたは?」


 僕が遠慮がちに尋ねてみると青年から返ってきたのは驚くべき言葉だった。


「私は死神です」


 何てこった!


 大きな鎌の代わりに松明たいまつを持っていた彼が!


 緩いパーマがかかったフワフワの中性的な顔立ちの彼こそが!


 現世でも噂に名高かった死神だなんて。

 

 ルックスは「得意料理は“スイカとパプリカの冷製サラダ”です」って言いそうなどっからどう見ても美意識の高い爽やか男子なのに。


 すると……半信半疑だった僕の心の中を見透かしてかどうかはわからないけれど、死神さんは


「これはこれは、申し訳ございません」


 そう言って、プラスチックカード型の資格証明書を見せてくれたんだ。


 そこに書いてあったのは


 <死神 レオンジュリオール3世>


 見た目が純日本人の彼にはなかなかパンチの効いた名前だった。


 ちなみにQRコードもついてたけど、どこに繋がってるかは謎のままだ。


 若干、気になるところはいくつかあるけれど


 ともあれ、僕は一つの結論に至った。


「て言うことは、まさか……」


 おそるおそる尋ねてみると、死神さんはハワイの空のようにカラッとした笑顔で告げてくれた。


「そうです。あなたは心筋梗塞で突然死だったんですよ。ここは現世と“あの世”を繋ぐ鍾乳洞です」

 

 ガビーンだった。 

 ちょっと古い言葉を使わせてもらうと。


 だってやり残したことが山ほどあったから。


 温泉旅館の予約は?


 家のローンだって、まだ25年も残ってるのに!


 きっと溢れでてくる未練に僕の顔はひきつっていたのだろう。


「そんな暗い顔しないで明るく行きましょうよ!」


 こんなことを死神さんに言われたけど無理だ。


 もし、こんな状況で元気でいられる奴がいたら、親の顔だけじゃなくて祖父母の顔まで見てみたいもんだ。


 それからは仕方がなく、死神さんのエスコートで鍾乳洞を進むことになったのだけれど、これがまた大変。


 RPGのダンジョンのような鍾乳洞にはトラップがいっぱいあったんだ。


 隠し部屋では見知らぬオジサンがBARを営んでいたし。


 宝箱を開けると僕のドッペルゲンガーが何人も飛び出してくるし。


 心が安らいだのはエメラルドグリーン色の地底湖くらいだった。


 30分程歩いた頃だっただろうか。

 

 やっとの思いで鍾乳洞を抜けると、そこは樹海だった。


 新緑の葉がキラキラと輝き、小鳥達は囀ずりながら木から木へと飛び渡っていた。


 眩しい木漏れ陽に照らされながら振り返った死神さんは僕にこう言った。


「まずは“入黄泉管理局にゅうよみかんりきょく”にお連れします」


 と。


入黄泉管理局にゅうよみかんりきょく”……


 初めて耳にする名前だった。


 死神さんが言うには、“入黄泉管理局にゅうよみかんりきょく”とは、あの世にある役所の一つで、ちゃんと、あの世に入るべき人なのかどうかを検査する場所なのだそうだ。


 何やらごく稀に生きてる人間を誤って連れてきてしまうこともあるみたいだとか。


 その“入黄泉管理局”とやらは森の中にある湖のほとりにひっそりと佇んでいた。


 太陽の陽射しに映えた美しい白い壁の巨大な建物はまるでリゾートホテルのよう。


 それなのに建物の中は市役所みたいな雰囲気で広いフロアにはいくつもの窓口カウンターが並んでいた。


 霊籍登録課……怨念クリーニング課……他にもいっぱい。


 僕が案内されたのは2階にある“幽体診断課”だった。


 病院の診察室のような小ぢんまりとした部屋に通されると、そこで待っていたのは白衣を着た白髪交じりの初老の先生。


 レントゲンモニター付きのデスクに座っていたそのお爺ちゃんがまた曲者でトリッキーな問診をしてくるんだ。


「守護霊さんは挨拶に来られましたか?」


 とか


「“人生ロスタイム”のオプションサービスには加入されていますか?」


 だとか。


 どれも返事に困るばかりで、挙げ句の果てには僕の胸に聴診器をあててこう言ったんだ。

「大丈夫! ちゃんと止まってますよ」

 って。


 生まれて初めてだった。こんなに大丈夫じゃない「大丈夫!」を聞かされたのは。


 ここまでは仕事探しの“し”の字も出てこなかったけれど、重要なのは、これからだ。


 幽体診断課で無事に心臓が止まってることを確認した後も、いくつかの窓口に立ち寄ったのだけれど極楽運輸課で衝撃的な事実が判明したんだ。

 

 それは天国へ行く為の運賃が足りないということ。


 三途の川を渡る船“亡霊ドットコム号”の運賃が、なかなか高額だったのだ。


(どうしよう……このまま浮遊霊にでもなっちゃうのかな)


 途方に暮れながら迷い込んだ窓口が成仏保護課だった。


 そこで職員さんが案内してくれたんだ。


「それならゴーストワークに行ってみると良いですよ」

 

 って。

 

 こうして僕は仕事を探しにゴーストワーク相談所にやってきたというわけだ。


 

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