告白スポットに呼び出した後輩がクレイジーだった拳もとい件
弗乃
猪熊翔堂 (1)
俺、猪熊翔堂は今、緊張している。
理由は女の子からの手紙を貰ったからだ。今朝登校すると、俺の机の中に封筒が入れられていた。ハートのシールで封を施したその封筒の中には、桜色の便せんが入っており、か細い文字でこう書いてあったのだ。
二年三組猪熊翔堂さま。お伝えしたいことがあります。放課後、校舎裏の伝説の亀像の前でお待ちしております。一年二組石川愛衣。
実に簡潔な文面だが、それ故にいろいろ想像してしまって、その結果、今日一日緊張で授業の内容が全く頭に入ってこなかった。
俺は自他共に認める乱暴者の素行不良生徒ではあるが、学校の授業は大体ちゃんと受ける様にしている。まあ、高い私立の授業料を払ってくれている両親への感謝の気持ちとか、ありがたさとか、そういった類の姿勢だ。このご時世、大学は出ておいて損は無い。俺も学力は高いほどじゃないが、そこそこの成績は残している。このまま、国立の大学に進学することが、何よりの親孝行だと思っている。ちなみに俺は理系で、素行は悪いが数学と物理が得意。まあ、一番得意なのは喧嘩だけれど。
これでも内申点はかなり気にしている。だから、喧嘩もかなりご無沙汰だ。最後に喧嘩をしたのは、一年くらい前だ。入学当初に悪目立ちしたせいで、二年と三年の不良に目をつけられて、ちょっと大きめの喧嘩をしたのが最後だ。……いや、つい一週間前も小さな喧嘩をしたかな? まあ、アレは幼馴染とのなれ合いみたいなものだからノーカンだ。
俺の話は置いておこう。そんなことよりも、大事なのは手紙の中身だ。
手紙に記載されていた「校舎裏の伝説の亀像」というのは、校舎の裏手にある石像のことだ。背の高い校舎の影で一日中暗いのだが、それが絶妙にムーディーな雰囲気を醸していることで有名なスポットだ。ゼニガメかミドリガメか、はたまた伝説の亀である玄武かよく知らないが、噂話だけはこの一年でよく耳にしている。すなわち、「告白が成功すれば永遠の愛が約束される」と。まあ、良くある話だとは思う。そんなことで「永遠の愛」とやらが約束されるのなら、永遠の愛とは何とも安っぽい感情のように思うが、噂話に善悪は無い。ただ、そう広まっているお陰で、伝説の亀像前はこの私立銀斗高校一の告白スポットとして名高い。何組みものカップルが、そこで結ばれていると聞く。もちろん、その噂の影では何組ものカップルが別れているのだろうが、そんなことは頭がハッピーな連中には大した意味は無い。楽しければ、浮かれられれば、何でも良いのだ。
そして、ついに俺にそのお鉢が回ってきたのかと思うと実に感慨深い。
が、しかし、俺にも不安はある。手紙の文面から、向こうは俺のことを知っている様子だが、俺はこの石川愛衣という後輩について全く知らないのだ。この銀斗高校は、マンモス校とは言えないまでも、各学年に三百人以上の学生が在籍している。全校生で千人を超える。同級生と言えども、三年間で全く話さない生徒も一人や二人じゃない。それなのに、後輩なのだ。知るはずもない。
まだ四月中旬である。新入生は入部だ委員会活動だバイトだと浮足立っている季節である。その時分に、後輩である少女から、慕われている(と思われる)と手紙を貰ったのだ。相手がどんな女の子なのか、想像と妄想に一日を費やしたことは言うまでもない。
ショートヘアだろうか、ロングヘアだろうか。髪は黒か、それとも軽く茶色が入っているだろうか。背は高いのか低いのか。まあ、身長百八十センチメートルの自分より高いことは無いだろう。む、胸は大きいのだろうか、小さいのだろうか。いや、胸の大小よりは顔の良し悪しの方が、重要か。いや、でも、胸は無いよりあった方が……。などなど。枚挙にいとまがない。
気づけば約束の放課後だった。帰りのホームルームを済ました担任の相坂先生は早々に教室から職員室へと戻ったようだし、クラスメートも各々が部活に行ったり、下校したりと行動を起こしていた。
そして、俺も呼び出されたのだから行くしかない。
こうなれば喧嘩と一緒だ。すなわち、心を決め、その通りに動く。ただ、それだけだ。
俺は学生カバンに机の中の教科書類をしまい、肩にそれを引っかけて教室を後にした。中身の詰まった学生カバンは、肩にずしっと重かった。予習復習といった自宅での勉強はあまりしないのだが、学校に私物を残しておいて悪戯されると嫌なので、できるだけ持ち帰る様にしている。そのため、学生カバンは大抵パンパンに膨れている。粗雑に扱っているので、学生カバンの表面の革は既にボロボロだ。後二年近く、持つだろうか? まあ、カバンとして用をなさなくなったら、ナップサックかリュックサックか、適当に持ってくればいいか。学生カバンにこだわる必要はないだろう。大事なのは忘れ物をしない精神だ。
校舎の裏手の亀像の前では、既に一人の女生徒が誰かを待っているかのように立っていた。不安そうに、オロオロと石像の前を右往左往している。右に三歩歩き、クルリとターンをして、左に六歩進む。そしてターンして右に六歩と、同じところをバカのように繰り返し歩いていた。まあ、恋愛なんて熱に浮かされるようなやつなんて、そんなものだろうな。などと、俯瞰した気持ちで見ていたが、自分自身が当事者であることを今更ながらに自覚し、俺は戦慄した。
マジか。俺、今から告白されるのか。マジか。
俺も思考がまったく定まらない。そのまま、待ち構えている女生徒ににじり寄る様に近寄った。
瓶底眼鏡に三つ編みといった、とても古風な、いや、もっと的確に言うなら、とてもイモくさい女生徒だった。
俺はその女生徒の斜め後ろから、声をかけた。他意はない。ただ、俺が近寄った方向がたまたま女生徒の背中側だったので、女生徒にとって死角だっただけだ。もちろん、驚かせようとする気など毛頭ない。
「は、はの!」
緊張しすぎて、「あの」と話を切り出そうとしたのだが、声が裏返って「はの」になってしまったうえ、自分の予想よりも大きな声が出てしまった。
そんな俺の声に、女生徒もビクつきながら、俺の方に身体を向けると、俺の顔も見ずに頭を下げた。それはもう、俊敏な動きだった。
「つ、付き合ってください!」
右手を差し出し、「よ、よろしくお願いします」と声を繋ぎながら、女生徒は切に願った。その願いはとても真っすぐで、真摯な想いだった。
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