SUMIDAの雫 ー2024年、第三次世界大戦。青年と最終兵器の、終わりに至る旅の記録ー

@SBTmoya

岩淵水門→新田さくら公園


「だって面白いじゃないですか。隅田さんと、隅田川を歩くって。そう思いませんか?」


なぜ俺と一緒に? と言う問いに少女はそう、答えた。






右手を隅田川、左手を荒川に挟まれ、背の高いススキが生えている小道を、小柄な少女と歩いている。


 自分よりも10歳近く若い高校生だと思うが、服装は制服と呼ぶには仰々しい濃い緑と赤黒い色を基調としたデザインをしており、左腕に白い腕章、革靴である。

制服と揃いの濃い緑の制帽をかぶっており、左手には、黒い色の滲んだガーゼを巻いている。


一方の俺は太っていて腹の突っ張ったXLサイズのパーカーと、スウェットに運動靴。俯瞰で見たら相当おかしな二人組だろう。


少女とは100メートル程後方に見える北区の岩淵水門で出会い、俺達はこのまま隅田川沿いに晴海埠頭まで歩くつもりなのだという。その距離は24Kmはある。



 隅田川と荒川両方の河川敷を兼ねたような道を100数メートル進んだ先に、やがて右側に続く小道があり、荒川とはここでお別れとなる。

左手には工場。右手には川と道を隔てる白い壁が立っている。


 何を話すでもなくただ黙々と歩いていたが、やがて少女の方から口を開いた。


「隅田さんは、行かれないんですか?」


何を聞かれているのか判らないでいると、


「大阪とか、仙台にです」


と少女が答えた。


それを聞いて俺はようやく質問の意図を理解し、一瞬考えた後、

「え……京都は……?」と聞くと、やや先頭を歩いていた少女が突然立ち止まり、神妙な顔でこちらを見た。


「京都にお知り合いの方、いらっしゃいますか?」


 俺が答えないとわかると、少女は再び歩き出した。坂を登れば右手の白い壁はなくなり、隅田川のおでましだ。

遠くに『ニトリ』の緑色の看板が見える。


 神谷橋を潜ったあたりから、川沿いの様子は河川敷然としたのどかな小道から変わって、小高いマンションが川の両側に現れる。

しかし人の気配はない。


 すでに額に汗をかいている。


 岩渕水門でこの少女とぶつかってしまった。彼女は転び、左手を擦って怪我をさせてしまった。

慌てて持っていたガーゼで治療したが、俺は自分がなにか、とんでもないことをしでかしたのではないかと不安になった。それで……

名前を聞かれたのだ。

観念して、「隅田です」どうにでもしてください。と思っていたところに、素っ頓狂な提案をされたのだった。


「もし宜しかったら、私と隅田川を歩いてくれますか?」


「歩くって……どこまで?」


「『最後』までです」


俺が戸惑っていると、少女は袖からケーブルに繋がれた手のひらほどのスイッチを取り出して、笑ってこう、告げた。



「作戦本部からの遠隔操作では『起爆』できなかった私ですが、自分でスイッチを押したら、どうなるんでしょうね?」






 足立新田高校のあたりで川沿いの道はとだえており、車道に一度降りないといけない。時刻は11時40分。車は一台も走っていない。



「なんで私がここにいるんだろう? って、思ってますか?」


ひとけの無い高校のグランドを眺めて、少女はポツリと口にした。


「いや、何も考えてなかった……。こんなに歩いたの久しぶりで……」


すると再び少女はこちらを振り向いて、


「そんな格好なのに」


と、いたずらっぽく笑って見せた。


「帰ってきたんです。私」


「帰ってきた?」


「私の姉は、新潟で『起爆』しました。ご存じですか?」



一瞬脳裏に『新潟上陸阻止』というニュースの見出しが浮かんだ。


同時に、新潟市、新発田市、胎内市、消滅。というワードが浮かんだ。




「あー…… 知らなかった。ごめん」


「いいんです」


新田橋北詰めの交差点を渡れば、右手に「すみだ川」と書いてある大きな看板が見える。


「私が向かったのは……国外でした。そこで、姉達の元へ行く予定でした。

 でもどうしてですかね。帰ってきちゃったんです」


「……帰ってきた」


やがて左手に公園が現れ、新豊橋という赤と白の変わったデザインの橋が見える。


公園にも誰もいない。川の音と、二人の足音が響くばかりだ。



「さっきのは、嘘です」


「え?」


「隅田さんを誘った理由がです。

……雰囲気が似てるんです。昔とても良くしてくれた人と。だから一緒に歩いてもらう事にしたんです。」


「…… ……」


「元気かな。エノキ先生」



彼女は帰ってきた。

そして、俺とこうして隅田川を歩いている。








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