第3.2話

「そろそろ真面目な話をしようか」

千夏の言葉で、静音に緊張が走る。

「まずは、力について話そうかね」

一呼吸おいてから千夏は続けた。

「多分静音ちゃんも、もう一人の自分とか言ってるやつに会ったと思う。あたしや瑠璃、春太郎ももう一人の自分に会って、力を発現したんだ」

「…そうなんですね」

「あれ、反応薄くない?」

「現実離れした話なので…」

「そりゃそーだな」

カッカッと笑いながら千夏は続けた。

「もう一人の自分とやらの正体はよくわかってないんだ。でも確実にそいつが言っていた力は私たちに発現してる。発動条件は、自分の血を摂取すること」

「自分の血を?」

「そう。すると、さっきみたいな力が発動する。血が沸騰したみたいに体が熱くなってな。文字通り、“血沸き肉躍る”ってやつだ。その代わり長時間力を使い続けると、今日の静音ちゃんみたいに脱水でぶっ倒れちまう」

「…なるほど」

―学校の屋上での尋常ではない汗の量は、その力の影響だったわけか。

静音は静かに納得した。と同時にある疑問が湧く。

「スーツの女、別の生徒を3人くらい殺してるんですけど」

それを聞くと、千夏だけでなく瑠璃、春太郎も同時にため息を吐いた。

春太郎がスマホの画面を静音に見せる。

「幸福社って最近よくニュースに出てくるけど、知ってるかい?」

画面には、幸福社に関する記事が表示されていた。破竹の勢いで様々な分野において業績をあげ続け、世界の大企業のトップらと肩を並べるほどに成長している、と書かれている。静音も幸福社という名は、何度も耳にしていた。

「はい、テレビでよく取り上げられてましたから」

その返答を聞くと、春太郎は続けた。

「大企業と政治、権力との癒着ってよくあることなんだけどさ。幸福社の社長も例にもれず、政界、厄介なことに警察関係にもパイプがあってね、殺人でさえ揉み消されるんだ」

「殺人も…ですか?」

「この力っていうのはあんたが思っている以上にややこしいモノなのよ」

瑠璃が割って入る。

「もう一人の自分が、天秤がどうたらって話してなかった?」

「確かに言ってましたね。天秤を傾けるとかなんとか…」

「そ。これがまたややこしい話になるんだけど―」

つらつらと瑠璃は天秤について話し始めた。途中、何度か脱線しながら語ること数十分。静音は自分の置かれた現状の大体を理解した。

瑠璃の話を簡潔にまとめるとこうだ。


1つ。天秤とは物事の均衡を司っている概念的存在であり、静音たち同様の力を持つ人間がその天秤の言わば【錘】になっている。

2つ。天秤には2個の上皿があるように、力の所有者は2つの陣営に分かれる。

3つ。幸福社の社長は静音たち同様、力の所有者であり、千夏たちとは違う陣営である。一方、静音は千夏たちと同じ陣営である。

4つ。天秤は現実世界に多大な影響を与え、より傾いているほうの陣営に好ましい影響をもたらす。幸福社の業績が伸び続けているのは、この天秤の恩恵によるもの―つまり、幸福社側の陣営に天秤が長い間、傾き続けている。

5つ。天秤は平衡に戻るために、傾きを是正する方向へ動く。幸福社側に傾き続ける現状が、静音の力の発現を促したと推測される。

6つ。天秤を傾けるには自陣営の錘を増やすか、または他陣営の錘を排除するしかない。幸福社の社長は傾きの更なる強化のため、他陣営の排除、千夏らの抹殺を企てている。静音が千夏たちと同じ陣営ということは、抹殺対象として追加されたということ。スーツの女はその実行部隊である。

7つ。日本政府、警察の上層部も天秤の存在を認知しており、幸福社とパイプのある人物たちは“おこぼれ”を貰っているため、天秤の存在が公となること嫌っている。そのため、幸福社の抹殺行為=殺人でさえ隠匿され、都合の良い事実へ変換される。


ここまでの話を理解した上で、静音にいくつかの疑問が湧いた。

「あの、質問いいですか?」

「おう、何でも聞いてくれ。っつってもあたしらがわかってる範囲でだけどな」

千夏は答えた。彼女に向かい、静音は問うた。

「幸福社の社長のこととか、実行部隊のこととか、なんで知ってるんですか?」

それを聞くと千夏は大きなため息を吐いて答えた。

「今までの話は全部その社長から直々に聞いたことで、あたしが瑠璃たちに教えたことなんだ。前まで幸福社に居たんでな。あ、もちろん今は違うぜ」

「なるほど」

ではもう一つ、と静音は続ける。

「私が千夏さんと同じ陣営だっていうのはなんでわかったんですか?」

「ああそうか。静音ちゃんは今日、力を発現したんだもんな。あたしらは、こう、天秤を知覚っていえばいいのか? まあそんなんが出来るんだよ」

そういうと千夏は、自分の側頭部をトントンと指す。

「目ぇ瞑って、頭の中で天秤をイメージしてみな。あたしが言った意味わかるからさ」

静音は彼女の言う通り、イメージする。

瞬間。目の前、というのが正確な表現か。それとも意識の最表層、と表現するべきか。巨大な天秤が出現した。そして静音は自分が、片方の皿に立っていることに気付いた。同じ皿には千夏、瑠璃、春太郎が立っている。反対の皿に人の姿は見えないが、自分の乗る皿がそれより高い位置にあることは明白であった。

「…なるほど」

と、言葉を漏らしながら静音は目を開けた。

命を狙われたのは事実だが、正直千夏たちの話は突拍子もなく、到底本当の話とは思えなかった。しかし天秤を知覚した瞬間、彼女たちの一言一句が紛れもない事実なのだと、本能とでもいうべきであろう何かが理屈を超えて理解してしまったのだ。

改めて3人を見る。

「貴女達の話を信じます」

それを聞くと、千夏はほっとしたような表情を一瞬浮かべ、すぐ深刻な表情に戻った。

「それはよかった。じゃあ今後の話になるんだが、さっき瑠璃が説明したように静音ちゃんも現在進行形で命を狙われてることになる。静音ちゃん家族は? どこ住んでる?」

「おじいちゃんとおばあちゃんと、高校から歩いて15分くらいのとこに住んでます」

「なるほど。あたしらの今のアジト、静音ちゃんの高校の偶然近くでな。そのおかげでなんとか助けが間に合ったんだが、今度はおじいちゃんおばあちゃんが狙われる可能性がある。なんとかここから離れるよう、話つけられないか?」

「多分信じてもらえないですし、それになんて言えば…?」

「そーなんだよなぁ」

ガシガシと千夏は頭を掻いた。その様子とは対照的に静音は静かに答えた。

「でも大丈夫だと思いますよ」

静音の落ち着いた様子に、春太郎は聞いた。

「それは何故だい? あの力を目の前で見ただろ?」

「おじいちゃんもおばあちゃんも凄く強いんです」

静音は誇らしげに続ける。

「うちの家系、武道をやってておじいちゃんがその師範なんです」

「それは確かに頼もしいけど、今でも確実に大丈夫って言えるのか…?」

「大丈夫だと思います」

きっぱりと答えた。春太郎は不安をぬぐい切れない様子で、千夏を見る。

「武道の師範なのは確かに心強い。でも念には念を、だ。とりあえず静音ちゃんちに行こう。結構長居してるしな」

千夏はそう言いながら店内にある時計を指した。現時刻10時半。この回転寿司屋に入ってから2時間ほど経過していた。

席を立ち、今日は自分が払うと、千夏が会計を済ませている間、静音はふと思った。

「ここ、私の高校の結構近くですよね」

「そーね。私たちのアジトからも近いし、丁度いいかなって」

と瑠璃が答える。

それはつまり、今日命を狙われた現場のすぐ近くで外食をしていたということで。

「命狙われてるって話してたのに、こんな吞気お寿司食べててよかったんでしょうか…?」

静音のあまりにも当然の問に、千夏は苦笑いしながら答えた

「ほ、ほら一応静音ちゃんの生存祝いって名目もあったし…。それに寿司食べたかったし…ね?」

本当にこの人たちのこと、信じていいのだろうかと少し考え直す静音であった。

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傾く世界の律者達 46km @siroikm4614

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