埋浄悔記

イトウ

第1話

 山にはいつも魅せられている。

 あの森にはどんなものがいるのか、てっぺんにはどんな景色が広がっているのか、山を見るたびに思っていた。


 私が初めて山に入った日、それはそれは心地よかった。山を踏みしめた足裏から沁みわたる疲れ、痛み、感銘、生の実感が、血液をめぐって、まるで大都会の環状線やスクランブルを思い起こさせるように休みなく、忙しなく、伝わる感覚が私にはどうにも忘れることができなかった。

 そして、いつも思い出す、重い黒い雪に閉ざされた、5年前。


 「おーい、何ボケーっとしてんだよ。」

 ハっとなって目が覚めた。そうだ、今は職場だ。仕事を片付けなければ。いや、今は休み時間だった。いつも山のことを考えると時間の進みが早くなる。

 「なんだ、ヤナちゃんかー。どうせならもっとかわいい子がよかったなー。」

 声の主は同期の柳川興人だった。高身長であるが、あまりパッとしないイマイチな人ではあるが、話していると学生時代を思い出させてくれるような、私が忘れていた懐かしい人間だった。


 「二人とも、コーヒー入れましたよ。」

 あそこで私たちを呼んだのは、淡島充だ。二つ下だが、同期だ。人を惹きつける甘い声、容姿端麗、仕事は早いし、ミスがない。まるで原宿の大人気スイーツ店のような、ハイスペック男子。この部署で彼に敵うものなど誰もいない。


「ありがと、そこのテーブル置いといて。ほら行くぞ。」

 私は眠い目を擦りながら、コーヒーに向かった。いつから私はカフェインなしでは生活できなくなったのだろうか。

 椅子に腰掛け、コーヒーを口に含んだ。

「再来週、三人で山に登りませんか?」

 一瞬、動きが止まった。そして、熱さでコーヒーを吹き出した。

「大丈夫ですか、大城さん。俺、なんか変なこと言いました?」

「いや、大丈夫。なんでもない。」

 そして、私のことを気にせずヤナちゃんが「いいね、それ。山なんて子供の頃行ったハイキングくらいだよ。」と笑いながら言った。

「でも、いきなりどうした?なんで山になんか登ろうって。」

「生きてるうちにできること全部やりたいなって。あと、有休消化。」と充が言う。

「な、いいだろ、晴人?久しぶりにいいんじゃないか?」


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