お前の心にトス上げまくり
柿井優嬉
お前の心にトス上げまくり
俺の名前は米原和司。俺の所属するツチノコ高校男子バレー部は、部員がちょうど六人しかおらず、弱小チームだった。
そこにある日、見知らぬ中年男性が現れた。
「今日から俺が、お前らの監督だ」
そう口にしたその人は、昔のドラマの刑事がしていそうなイカついサングラスをかけ、お笑い芸人がコントで身につけるイメージのダンスの先生風の服装で、なぜだか額には、眠っている間に誰かに落書きされたっぽく、油性マジックで「夢」という文字が記されている、という姿で、体育館の出入口に、かっこつけて寄りかかったポーズで登場した。
彼は、誰が呼んだか「謎に満ちた伝説の名監督」で、名を丸出(まるだし)次郎といい、あんたは誰なんだとか、あんたみたいな監督じゃ恥ずかしいだとか、なんやかんやありつつも指導を受けることになり、鍛えられた俺たちはメキメキ力をつけて、迎えた県大会を勝ち上がり、なんと決勝までコマを進めた。
そして、優勝を決める一戦が行われる朝が訪れたのだった。
部室のドアから外をキョロキョロ見回した俺は、扉を閉めると、室内にいる他の部員たちに尋ねた。
「なあ、秋村の奴、遅いけど、誰か何か知らないか?」
秋村は部員の一人だ。これから試合会場へ向かうのだが、あいつだけまだ来ていない。万が一あいつが出場できなければ、俺たちは棄権することになってしまう。無理やり代役を立てるという方法もあるにはあるけれど、勝つ可能性がほぼなくなるから意味がないだろう。
「秋村なら来ないぜ」
今、俺の背後にあるパイプ椅子に座っている、富士本という部員が答えた。富士本は目つきが鋭く、少々気が荒い男だ。
「なに? どういうことだ、富士本」
俺は振り返って問うた。
「昨日、ちょっとあることであいつと口論になってな。それであいつ、腹を立てて、もう俺とは一緒にプレーできない、だから今日の試合には来ない、と言ったんだ」
「えっ!」
何だよ、それは。思いだしたくもなかったのか、おおごとなのにやけに落ち着いた様子で、今の今までそのことを話さなかった富士本も困りものだが、いつも冷静な秋村まで。いくら腹にすえかねることがあったとしても、今日の試合が終わるまでくらいは我慢してくれよ。
「それで、いったい何で口論になったんだ?」
俺が仲裁できることならいいが。
「UFOは実在するか、しないか、でだ」
「ブーッ!」
俺はびっくりして、思わず近くの窓ガラスに頭を突っ込んだ。そして額からの流血を抑えながらつぶやいた。
「う~。よりによって大事な試合の前に、なんつーくだらない……」
すると、それを耳にした富士本が、口論の怒りを俺にぶちまけるような勢いで、立ち上がりながら言った。
「なにー! UFOが実在するか、しないかは、地球……いや、宇宙規模の大問題だぞ! 高校生のバレーの試合のほうがよっぽどくだらないわ!」
えー? そうなの? これまで一生懸命、そのために頑張ってきたんじゃないの?
俺はショックで、漫画で「ガーン」と書かれるような状態になりながら、そう思った。
「それで、富士もっちゃんは、UFOは実在すると思うの? しないと思うの?」
今までのやりとりを見ていた別の部員の近口が、再び椅子に腰を下ろした富士本に訊いた。
「俺はUFOなんて実在しないと思う。なのに秋村はするって言い張るんだ」
富士本はこぶしを握って、強い口調でそう返した。しかし、いないと思っている側なら、なおさらバレーの試合のほうがくだらないって、どういうことだよ!
「そうだよなー。実在しねえよな、UFOなんて」
近口は機嫌をとるように、富士本の後ろに行って、肩を揉みながらそう口にした。こいつは八方美人的で、今がまさにそんな調子だが、お前も試合前の緊急事態だってのに、それをわかってんのか?
「素状ちゃんはどう思う?」
近口は、腕を組んで壁にもたれて立っている、メンバーの素状に尋ねた。素性は少女漫画に出てくる貴公子風のキャラクターといった印象の奴で、誰にも注意されているのを見たことがないから許可されているのか、いつも一人だけ真っ白の学生服やジャージを着ている。
「今の話なら、私はどちらとも言えんな」
そうだ。そんなもんどっちだっていい。やっとまともな態度をとってくれる奴がいた。
「なにぃ! はっきりしやがれ!」
富士本がまた怒りをあらわにして言った。
「待て!」
素性はなぜか左腕をダンスのポーズのように華麗に上げながら、右腕は前に伸ばして「落ち着け」という感じのジェスチャーをし、しゃべった。
「いいか、UFOとは『未確認飛行物体』という意味だ。だから、一般的には宇宙人が乗っている飛行船のイメージがあるが、いまだ解明されていない生物や自然現象などである可能性もあるのさ」
そして今度は人差し指と中指の二本ずつだけ伸ばした状態で腕を前でクロスさせた、独特な気取ったポーズをきめた。
「私は、前者はないけれども、後者はあり得ると思うぜ」
「そうか……」
富士本はあごに指を当て、考える顔になった。
「すまん、言葉足らずで。俺と秋村が話していたのは、宇宙人の乗っている宇宙船という意味オンリーだ」
そう言いながら、変に礼儀正しく頭を下げた。
「それならば、私も富士本の意見に賛同するぜ!」
素性はクルクルと回転しながら近寄って、富士本と握手をした。あー、くそ、何だよ。結局、その話の輪に加わるのかよ。
「俺もだ!」
別の椅子に座っていた、部員の河越が腰を上げて言った。河越はでかい体で、とにかく豪快という人間だ。
「たまにテレビでUFOを見たようなことをやっているが、あんなの嘘っぱちに決まってる!」
河越も富士本のもとへ向かった。
「いいか、富士本。秋村に謝ることなんかねーぞ! 今日の試合なんて、どうでもいいんだからな!」
河越は励ますように富士本の肩を叩いた。試合、どうでもいいのかよー! どうなってんだ、こいつらー!
俺は滝のように涙を流しながらその場に崩れ落ちた。
少しして、なんとか立ち上がると、部室のドアが開いた。
「おい、準備はいいか? そろそろ出発するぞ」
そう言って現れたのは、「優勝(予定)号」と書かれた鞍の白馬に乗って、冠をかぶるなど全身王様の姿をした、浮かれ気分全開の丸出監督だった。俺はそれを見て驚いて、目玉が飛びだしそうになり、「ブッ」と吹きだした。
「ん? 秋村がいないな。どうしたんだ?」
監督は格好とは裏腹に真面目なトーンで尋ねた。
「秋村なら来ません。UFOが実在するというあいつに、いないと返したら腹を立てて……」
富士本が立ち上がって、真剣な顔で告げた。その前に、お前をはじめみんな、どうして監督のこの身なりに何の反応もないんだ!
そう思いつつ、俺は我に返って監督に訴えた。
「そ、そーだ。そうなんですよ。この大事な試合の前に、秋村と富士本がそんなくだらない言い争いをしたうえ、みんな富士本に賛同して、秋村と和解しなくていいという態度なんです。なんとか言ってやってください」
「バカヤロウ!」
監督は俺のほおを思いきりひっぱたいた。
「ぶべっ!」
「UFOが実在するか、しないかは、地球……いや、宇宙規模の大問題だぞ! 高校生のバレーの試合のほうがよっぽどくだらないわ!」
お、同じこと言ってるー! しかも一字一句まるっきり一緒ー!
俺はムンクの叫びのようなポーズで、また涙を流した。
「お前たちの言うこともわかるが、秋村の気持ちも理解してやってくれないか?」
部屋に入ってドアを閉めた監督は、富士本たちに向かってそう口にした。
「えっ!」
富士本はまたしても怒りのスイッチが入った表情になった。
「なんでですか! 実在しないものをするとは言えません!」
監督のほおにグーパンチを当て、そのまま監督の顔をドアに押しつけてサンドイッチ状にし、グーパンチの部分をグリグリとした。富士本は頭に血が昇って、見境がつかなくなってしまっているようだ。
「……」
監督は屈辱的な状態で、なんともいえない顔をしている。
「ちょっと聞いてくれ」
苦しそうな体勢で、額から汗が次々垂れるなか、監督は話しだした。
「秋村は小中学生のとき、親の仕事の都合で転校をくり返しているんだ。友達との別れも当然多かったあいつは、そのつらさに負けまいとしてか、常に明るく振る舞っていたそうだ。しかし、入って間もないある学校で、その異常なほどに陽気なあいつを見て、三学期だったんだろうな、クラスの一部の連中が、『あいつは正月気分が抜けきれていないんだ』『あいつは正月気分が抜けきれていないんだ』と、一人二回くらいずつ悪口を言ったんだ。それを耳にし、傷ついた秋村を救ってくれたのが、テレビのUFO番組だったんだ。秋村はUFOにのめり込み、UFOだけが心の支えになったそうだ」
富士本に右手でグリグリされている監督は、いつのまにか左手の人差し指と中指を鼻の穴に入れられており、さらに苦しそうになりながらも、続けた。
「ある日、秋村のお父さんが『息子がUFOのことで迷惑をかけるかもしれません』と、私のもとを訪れて、今の話をされてな。最後に、こう熱く語って帰っていかれたよ。『やっぱり酒の肴は柿ピーにかぎりますな』」
……とにかくめちゃくちゃな訳のわからない話だった、はずなのに、なぜか俺以外の部員はみんな神妙な顔になっていた。
「知らなかった。そんな切ないエピソードがあったなんて……」
近口がつぶやいた。お前、頭は大丈夫か?
「そういえば秋村の奴、もし将来自分に子どもができて、その子がスポーツをやるんなら、円盤投げがいいなと言っていたっけ」
素状も真面目な表情でそう語った。どういう会話なんだよ、それは。
「すみませんでした、監督! 俺、そんなこと露知らず!」
富士本が泣きながら監督の鼻の穴に入れていた指を引き抜いた。
「ほげえ!」
あまりに勢いよく抜いたために、大量の鼻血が噴きでた。
「いいんだ。UFOは実在しないと思っていたんだから、簡単に考えを曲げなかった強い意思を持つお前たちを、俺は誇りに思うぜ」
監督はやっと解放され、疲労によって床に這いつくばるような格好で荒い息を整えながら、みんなに言った。
「あれ? 俺、なんだかUFOが実在するような気がしてきました」
河越が、魂が浄化されたような綺麗な顔になって、そう口にした。みんなもそっくりな表情で深くうなずいている。
「フッ、言ったそばから。だが、そんな友達思いの優しいお前たちも大好きだ!」
監督は生まれたての小鹿のように足をガクガクいわせながらも、なんとか立ち上がった。
「よし、ついてこい!」
そう述べると、親指だけ立てた手を自分に向けながら、リズムに乗る感じで叫んだ。
「アイ、ラブ、UFO!」
俺以外の四人は感動の涙を流しながら同じことをした。
「アイ、ラブ、UFO!」
「ユー、ラブ、UFO!」
監督が今度は前方に人差し指を向けて言った。
「ユー、ラブ、UFO!」
再びみんな後に続いた。
「エブリバディ、ラブズ、UFO!」
次は両腕を上げてバンザイの格好だ。
「エブリバディ、ラブズ、UFO!」
「ワーオ!」
監督は手を頭の後ろで組んで、ひじを高く上げ、片方のひざを内側のほうに持ち上げる、セクシーっぽいポーズでシャウトした。
「ワーオ!」
恥ずかしいポーズだけれど、みんな躊躇なくマネた。
「バカヤロウ! 『ワーオ!』は興奮してつい言ってしまっただけだ! 続けるな!」
「……」
全員一瞬固まり、冷たい隙間風が通り過ぎていく感じの空気になった。
「じゃあみんな、秋村のところへ行こうぜ! きっと家にいるはずだ」
気を取り直した富士本が口火を切って、メンバーに言った。
「おう! そうだな!」
河越が同意し、他の二人も賛成という顔だ。
しかし、家がこの近所じゃない秋村を今から迎えにいくとなると、試合の開始時刻に間に合わないぞ。どうする気だ?
「あのー、試合は?」
俺は後ろから遠慮がちに尋ねた。
「バカヤロー! 試合より仲間のほうが大事だ!」
富士本が勢いよく答えた。
!
圧倒された俺は、それ以上何も言えなかった。
そして、四人は走って部室を出ていった。
監督も知らぬ間にいなくなっており、一人になった俺は、その場にひざまずいた。
「ち、ちくしょう……」
今まで必死にバレーの練習をしてきたってのに、その努力はどうしてくれるんだ。くそ……。
「みんな……みんな……」
俺の中で何かがわき上がってきた。
「大バカ野郎だぜー!」
それは怒りなどではなく感動だった。俺は涙をこぼしながら立ち上がり、走って部室を飛びだした。
そうだった。最近勝つことしか頭になくなっていたけれど、元々俺はちょっぴり変わっているものの熱くて人間味あふれるあいつらに惹かれてこの部に入ったんだった。
試合より仲間——か。
待ってろよ、みんな。
校舎を出ると、校門のところでみんなと一緒に秋村がいるのが見えた。連れてきたのではなく、秋村は自らの意思で来たのだろう。タイミングが良過ぎるが、とっくにやってきていたけれど部室には行きづらくて、ずっと付近にいたのかもしれない。
近づいていくと、秋村が何やら言おうとするが、なかなか言葉が出てこない感じなのを、富士本が制した様子で、しゃべる声が聞こえてきた。
「何も言うな。UFOはいる。カッパもいる。アルゼンチンバックブリーカーを知らないアルゼンチン人も絶対にいるー!」
富士本は絶叫した。
「富士本!」
秋村は富士本に抱きつき、その場にいる五人は感動の涙を流した。
今だ。
「おい! あれ、UFOじゃねえか?」
俺は大声で言い、みんな振り返ってこっちを見た。
「おーい!」
俺は、急いで描いたUFOの絵をホウキの先に貼りつけたものを高く掲げながら、笑顔で走って他の部員たちのもとへ向かった。
それを目にして、五人が満面の笑みになったのが見えた。よし。雨降って地固まるで、これで部員六人、一層絆が強くなったな。
すると、富士本が俺以外の四人にしゃべった。
「よーし。バカはほっといて、試合に行くぞ、みんな」
四人も「おー」と応じて、離れていった。
なんでだー! 俺はまた「ガーン」となった。
そしてうずくまった俺の肩を、誰かが叩いた。顔を上げると、それは監督だった。
「どうだ。今回の大会が終わったらビーチバレーに転向して、俺と組まないか?」
監督……。
「それはお断りします」
お前の心にトス上げまくり 柿井優嬉 @kakiiyuki
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