8.5
精霊魔法を使うときは精神を平静に保つ。それを実行しながら、ノエルと一緒に街を歩く。夕方の街は人通りがまばらで、皆家へ帰っていくようだ。ノエルと街を歩けば、普段なら様々な人から声をかけられたり視線を感じたりする。しかし今は、誰にも注目されていない。
「……何だか、二人きりの世界にいるみたいだ」
「わたしも。そう思っていました」
ここにいるのに、認知されない。家路を急ぐ人たちはいるが、まばらだからぶつかられることもなかった。そんな世界で、ノエルと話している。そんな状況が、少し嬉しい。
「これから、たぶん大変な戦いになると思うのに、そんな戦いなんて本当はないんじゃないかなって思っちゃいます」
「今日はあくまでも、敵情視察。無理をしないようにしよう」
「はい」
緊張状態にあるはずなのに、心は穏やかだ。街の外へ向かう緩やかな時間の流れ。このまま落ち着いていれば万が一にもばれることはないだろうと思った。
街と外を区切っている区画に到着。
「さて、これからどうやって外へ行こうか」
魔物は夜行性だ。当然、魔物がいる地域と接触する部分は堅牢な門がある。夕方の今、門は閉ざされていた。
「こっちに外へ出られる場所があります」
追跡魔法でリレイオを追っていた抜け穴へ向かう。人一人が体を横向きにすれば歩けるような隙間だ。フリッカは人よりも小さいため余裕だが、ノエルだと少々窮屈かもしれない。
「こんなところがあるんだね。これは後で国へ報告をあげないと」
真面目なノエルの言葉を聞きながら、フリッカは先導する。そしてその抜け穴を通ると、街の喧騒がなくなった。
ザッザッ、ザッザッ。
人の気配がないだけで、足音が響く。それも二人分してしまうため、どうしても気になってしまう。
「ゆっくり歩きましょう。足音で気づかれちゃうかも」
「そうだね。それもそうだけど、一つ提案がある。僕は討伐隊の隊長だ。魔物にばれないように気配を殺すことも慣れている。だから、フリッカを抱き上げて移動するのはどうだろう?」
「みゅぁっ!? そそそ、それは、ちょっと……」
「フリッカ、落ち着いて。魔法が解けてしまうよ」
「お、落ち着いてなんていられませんよ! そ、そんな、ノエルさんと密着するなんて……」
「……密着、というと、少し恥ずかしくなるね。僕のことは移動手段だと思ってもらえれば」
「むむむ、無理ですっ! そんな、ノエルさんが移動手段なんてっ」
フリッカがぶんぶんと頭を振った。しかしノエルは、事実を告げる。
「フリッカを抱き上げて移動できれば、足音が一人分減る。身長差があるから、僕の方が早く進めるだろう? 気配を殺すことには慣れているし」
「そ、そうは言ってもですね!? は、恥ずかしいですよ……。それに、お、重くはないと思いますけど、わたしだって十六歳ですよ!? ノエルさんが疲れてしまいます」
「問題ないよ。討伐隊隊長という立場は、何も産まれた境遇だけで決まったわけじゃないから」
そう言うと、ノエルは力こぶを見せるように腕を叩く。
(た、確かにノエルさんの腕は逞しそうだけどもっ!!)
ノエルはにっこりと微笑んでいる。その微笑みに心を打ち抜かれそうになりながらも、フリッカは必死に堪えた。
(へ、平常心! 平常心!! ノエルさんは、わたしに伺いを立ててくれているんだ。突然抱き上げることだってできるんだ。でもそれだと絶対に
ふーはー、ふーはーと、フリッカは何度も深呼吸を繰り返す。そうしてどうにか心を落ち着かせ、ノエルを見た。
「よ、よろしくお願いします」
「任された」
ドンと胸を張るように叩くと、ノエルはフリッカを抱き上げた。
(ノエルさんの胸板! 見た目通り硬い!)
「フリッカ。僕の首に手を回して」
「は、はいっ」
ノエルの指示に従う。ノエルの手が、フリッカの脇の下に入れられる。
(うぅ……なんか、ぞわっとする……)
ノエルの指示を守っていなかったら、今ごろ
膝と脇の下にノエルの手がある。膝はともかく、脇は汗がでないか心配してしまう。
「それじゃあ行こうか。ん? どうかしたかい」
「い、いえっ」
ちらりと確認すると、視界の全てがノエルの顔だった。近すぎる距離に恥ずかしくなるが、すぐに深呼吸を繰り返す。
それからは、顔を見るとどうしても心拍数が上がってしまうため、ノエルの方を見ないようにした。そして、昨夜リレイオがいた岩山に到着。昨夜はなかったと記憶している大きな山があることが気になった。
「……いませんね」
「フリッカが見た魔物というのは? どの辺りにいたんだろうか」
昨夜あれだけ聞こえた魔物の声がしない。もう魔力を吸収してしまったのかと思い、洞窟の方を見た。
「あの洞窟にいたんですけど……声がしませんね」
「それは、まずいね」
まだ時間があると思っていた。しかし現状を見る限り、いつ戦いが始まってもおかしくない。今すぐ帰り、瞬間回復薬や隊員の結集など準備しないといけないだろう。
フリッカたちが帰ろうとしたとき、上から何かが落ちてきた。風を使って着地の衝撃を和らげたのは、リレイオだ。
「あれー? 今、この辺からフリッカの声がしたと思ったけど……」
(っ!!)
リレイオの顔が、フリッカの肩辺りに近づく。思わず声を出してしまいそうになり、フリッカは慌てて自分の手で口を覆う。ノエルがしっかりと抱き上げてくれていたから、全く揺れずに行動できた。
(ば、ばれてないよね!?)
リレイオがフリッカの右腰辺りに鼻を寄せる。
「フリッカの匂い……?」
(なにそれ、変態!)
リレイオの様子に暴れたくなってしまったが、ノエルがぐっと抱き直してくれたから思い留まった。
(わたしが動けいたら、ノエルさんも気づかれちゃう……)
リレイオはまるでフリッカをなめ回すかのように、頭の先から爪先まで顔を寄せる。匂いを嗅がれていると思うと悪寒がした。しかし動けるわけもなく、ただリレイオの行動を見守るしかない。
(っ!!)
リレイオと、目が合った。もうダメだ。交戦開始だ。そう思ったが、リレイオは興味をなくしたように飛行魔法でどこかへ飛んでいった。ざぁーっと、雨が降る。
「……すぐに帰って戦いの準備をしましょう」
「そうだね」
急いで帰らないといけない。不可視魔法を解いてノエル共々飛行魔法で移動しようとした、そのとき。
「フリッカ、はっけーん!」
上機嫌だと声の調子でわかる。リレイオが、雨が止むのと同時に水流を使って真後ろに着地していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます