4.4
初めての仕事はノエルの指摘で色々と気づかされることがあった。自室に戻り、五枚組の姿絵を見ていて気づく。
今回の仕事は、大衆食堂で言伝を預かってくれたからできたこと。部屋を借りるだけで大丈夫と思っていたが、事業所のようなものがないと不便だ。もしくは、事業所と自宅が一緒になったような物件を捜さないといけないかもしれない。
まだまだ課題はたくさんあるなと思いながら、ノエルの姿絵を見る。
「……あれは、絶対に勘違いするよねぇ……」
「うぅ……ノエルさんの距離感、慣れない……」
今思い出しても、ノエルの距離感はおかしい。街でも人気のノエルだ。あんな調子で接していたら、いつか刃傷沙汰になりかねない。
「わたしも、勘違いしないようにしなくちゃ。ノエルさんは、婚約者さんが大切だから」
目を閉じ、一度目の死に際を思い出す。ノエルと一緒にフリッカを街の人の怒りから守ってくれていた、髪を一つにまとめた女性。後ろ姿しかわからないが、きっとノエルと並ぶと目を引くのだろう。背の高さも、ノエルよりも少し低いくらい。討伐隊に入っていたぐらいだから、凛とした女性なのだろう。
「……わたしとは全然違うや……」
五年経っても大切に思っているのだ。きっと女性の好みとしても合致していたのだろう。そう思うと悲しくて、フリッカは思わず涙が浮かんできた。すぐに目元を拭う。
「そう。これは恋かもしれないけど、もしかしたら憧れ……いや、感謝かな。死に際に、人の心を取り戻させてくれたことへの」
高望みをすれば、叶わなかったときに辛くなってしまう。そう思い、フリッカはめそめそと考えこむのを止める。
そして溜めていた桶から水を汲み、沐浴してから寝袋で寝た。
翌日。今日は港町の方へ営業をかけてみるかと思って外へ出ると、大衆食堂の方から声をかけられた。
「ノエルさん!」
「わあ、外だと呼んでもらえるんだね。嬉しいよ」
「きょ、今日はどうしたんですか」
「サージュ嬢に仕事を頼もうと思って」
「わかりました。今日は何をどこへ届けますか」
「それなんだけど、ここまで持ってきてないんだよね。僕の家まで一緒に来てくれるかな」
「わかりました。伺います」
ノエルの後に続いていくと、広場に一台の馬車が停められていた。ノエルが、その馬車に乗る。
フリッカは偶然ノエルの家を発見して場所を知っているが、ノエルはそのことを知らない。だから馬車を追いかければいいんだと思い、火と風の簡易魔法紙を取り出した。しかし、馬車は一向に動き出さない。
ノエルが、馬車から顔を出す。
「サージュ嬢? 馬車に乗ってくれないのかい?」
「えっ!? わたしも、乗るんですか? てっきり、追いかけていくのかと……」
「そんな酷いことさせないよ! というか、僕ってレディを走らせるようなことをさせるような男だと思われている?」
「そ、そんなことはないです! ただ、わたしが勘違いしただけで……」
「良かった。さあ、おいで」
そうすることが当然のように、ノエルが手を差し出してくれる。ノエルの距離感には驚かされるものの、そういうものだろうと手を借りる。
「わっ……、す、すみません」
ぐっと引っ張られ、思わずノエルの腕の中に飛びこんでしまった。慌てて離れようとするも、しっかりと腰を持たれてしまって叶わない。
「あ、あのっ……」
「どうしたんだい?」
さすがにこの距離はおかしい。そう思うのに、ノエルは自信満々に笑みを浮かべている。そんな顔を見てしまうと、フリッカの考えがおかしいのかと思ってしまう。
「んっん」
御者の方から咳払いが聞こえた。小さな窓がある。そこから中の様子がわかるのだろう。
ノエルは、優しく微笑みながらフリッカを解放してくれた。慌てて離れ、ノエルの対面に座る。
「驚かせてごめんね。それじゃあ、行こうか」
にっこりと微笑まれると、うっかり見入ってしまった。しかしすぐにこれは仕事だと自分に言い聞かせて、鞄を自分の体の前で持つ。
それはまるで、自分の身を守る小動物のように見えるということを、フリッカは知らない。
ノエルの屋敷に着き、客間に通された。そして今日も手紙便が一つ。宛先はヒューイ。二日連続で連絡を取るなんてよっぽど何か重要な内容なのだなと思いながら、手紙便を出した。
その後、馬車で送ってくれるという申し出を辞退する。それでは一緒に歩こうと誘われ、まだ距離を保てる馬車で送ってもらうことをお願いした。
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