ボツなんだけど一発ネタとしては面白そうって思ってる
こへへい
イケメンインテリメガネとふんわり天然ガチお馬鹿
「ひ……
クラス中で感嘆の声が漏れた。視線の集まる先には、ある一人の男が教卓の前に立っていた。彼は高い背と均整の取れた体つきをしており、その姿はたとえ居場所が教室の隅っこであっても一瞬で目を引く。キリっとした吊り目がやや前髪にかかり、どこか影のある雰囲気を漂わせていた。
眉を引きつらせる木村先生が数学の答案用紙を震えながら差し出すと、柊は街かどで配られるポケットティシューを受け取るように無感動に受け取った。
「柊君また百点なんてすごーい!」
「ちょっとは喜んでもいいのに全然動じないのかっこいいよねぇ」
「イケメンで頭良いってずるいよなぁ」
周囲のそんな言葉も受け流し、柊は答案用紙を見つめる目を僅かに細めて立ち尽くしている。柊のその様子を見て毛の薄い頭がピカリと光った。木村先生は嬉々として、しかし𠮟りつける教師の表情を作って指をさした。
「お、おい柊! さっさと席につかんか! お前は百点かもしれんがな、お前以外はこの後復習せねばならんのだぞ!」
(ふふふ、いくら百点だからって我が授業を妨害していい理由にはならない! せめてこれくらいの叱責はさせろ可愛くないガキめ!)
指をさす手の形を空に静止させていると、柊はゆっくりと顔を上げて、開いた答案用紙のある問題を指さした。
「うむ、やはりここがおかしい」
「は?」
首を傾げる木村に向かって柊が続ける。
「大問5の証明問題ですが、一部誤った
柊の指摘に木村が一瞬困惑する。が、すかさず柊の答案を見た。さらに、対柊用に実費で購入したその問題の引用先となる赤本を開いて回答を確認する。回答が一致しているのを見て、木村の眉間に深いしわが寄った。
「おい柊、合っているじゃないか。自分が百点だからって下手な謙遜をするな鬱陶しい」
「先生、俺が言っている『記載』というのは回答ではなく問題の方です」
「もんだい~~?」
再び答案と赤本を見比べる。すると見る見るうちに木村の顔に汗が滲んだ。木村は柊の答案の問題文に釘付けになりながら唸る。
「ほ、本当だ……で、でも何故貴様の解答が合っているんだおかしいだろう! 問題を見て解けばこのような答えにはならないはずだ!」
「ええ、ですからこれは単に俺が知ってた答えを書いただけです。1994年秀々大学の赤本の内容は大体覚えているので。まぁそれが1995年だろうが2024年だろうが、優々大学だろうが同じ話ですが。問題を写すなら目視はしない方がいいですよ、ケアレスミスを招きやすいので」
柊は気づいていたのだ、入学してはじめの定期テストで100点を取って以降、木村先生が自分を目の敵にしていることに。そして度々授業で難しい問題には指名してきてそれを看破した。しかし柊はその嫌がらせをとても煩わしいと感じていたのだ。
(赤本を完全に記憶するなんてそんな非効率なことする筈がないだろう、しかし流石にこれで突っかかることはしなくなるだろうな)
柊は一番前の席に座っていた女子の机から赤ペンをかっさらった。瞬時にハートをかっさらわれて顔を真っ赤にしている女子の視線は目もくれず、自身の答案用紙にある「100」の文字を二重線で取り消して「95」と記載した。
「流石は木村先生の問題だ、そう簡単に満点は取らせては貰えないらしい。負けていられませんね、次からは頑張りますよ」
そして僅かに表情をほころばせると、赤ペンを返して颯爽と自席に戻って行く。
この男こそ、この物語の主人公、インテリイケメンメガネ、
――――――
打って変わって彼女の名前は
そんな椿に、国語教師の若本先生は震えながら答案用紙を差し出した。その目には涙が滲んでいる。
「つ……椿さん……今回も零点です……」
「椿ちゃんマジ!?」
「確か『火曜日の次は何?』って問題もあったよね、それも?」
「可愛いのに頭悪いって、悲しいよなぁ」
クラス中で惨憺たる声がざわめいた。若本先生が肩を落としそうになるところで、椿はその答案用紙をまるで卒業証書を授与するように受け取った。そして優しい笑顔で教卓越しに若本先生の肩に手を置いた。
「先生、先生はまだ一年目なんですからそう気を落とさないでください。私もまだ一年生、つまりまだ二年ここで通うんですから、チャンスはいくらでもありますよ!」
ぐっと親指を立てる椿だったが、若本先生は頭を抱えて余計に悲しみに沈んでしまう。
「ああ……私の教え方が悪いのかなぁ、椿ちゃんは一生懸命なんだもんなぁ、私教師向いてないのかなぁ……」
顔を押さえて泣き顔を隠している様子がいたたまれなかったのか、一番前の席の女子生徒が立ち上がった。
「椿ちゃん、ちょ、ちょっと答案用紙見せてくれるかな?」
「ほいほい! お安い御用さ!」
「言うほどお高い御用を言った覚えはないんだけれど……どれどれ」
その女子生徒は眼鏡を押し上げて問題と答案の内容を確認する。本当に間違いがないのかどうか。そこで正解が1つでもあれば椿の成長が少しはあったことになり、若本先生も報われるのではと考えたのだ。
そしてある一問を見て、その女子生徒は驚きの声を上げた。
「あ! これ合ってるかも!」
その言葉に椿が笑顔で反応する。
「本当!? あ、あれだよね! 幼稚園で習った進研ゼミで見たやつだ! っま、それがスマイルゼミの問題だろうがZ会の問題だろうが覚えているけどね! 自信あったんだ~、確か問3の――――」
「いや問3は間違ってるよ、火曜日の次は炎曜日じゃなくて水曜日」
問題の引用元は記憶しているのに、その上で間違っていた。
女子生徒は改めて問題を指さす。それを先生に見せた。
「ほら見てくださいよ先生! 『メロスがセリヌンティウスを置いて立ち去った理由を答えよ』に対して『シスコンだから』とあります。確かに言葉のチョイスは少し突っ込みどころがありますが、まぁ大まかには合ってるんじゃないでしょうか?」
女子生徒のその慰めに、周囲のクラスメートたちも引きつった笑顔で賛同し始めた。
「そ、そうだよ! 合ってる合ってる!」
「うんうん! 確かにメロスはシスコンだわ!」
「むしろそこまで完結にまとまった答えはそう出ないよ! そんな答えができたのも若本先生の教育の賜物だ!」
クラスからの慰めの言葉を聞いて、若本先生に熱い心が蘇る。教育実習で感じた生徒と共に興味ある分野を学び、共に成長するあの感覚、あの胸の高鳴り。
若本先生は涙を拭った。そして腫らした目をしばたかせて赤ペンを握る。女子生徒から受け取った椿の答案の「0」を取り消し線で消し、変わりに「3」という数字を力強く書いた。
(そうだ、彼らは私が指導してより良い未来に導いて上げなくっちゃいけないんだ、なのに私が慰められてどうする!)
「よろしい! 椿さん、三点!!!」
クラス中に歓声が響き渡る。思いが届き、永遠に零点だと思われた椿のテスト点数が三点になったのだ。無から有を生み出したのだ。
三点。たしかに百点満点のことを思うと小さな一歩かもしれない。だが椿にとってはこれが大きな一歩なのだ。
(これをあと三十二歩と少し続ければ、彼女も優秀な生徒に成長できる。諦めるな私!)
そう未来を信じた矢先、椿はこの点数を見た瞬間、にやり不敵な笑みを若本先生に向けた。
「ふっふっふ、私に三点も取らせるなんて、まだまだ先生も甘いですね。しかしまだ先生になって一年目ですし、これからの成長に期待、と言ったところでしょうか。私も負けてはいられませんね!」
椿はヒラヒラと三点の答案用紙を片手に踵を返す。その予想外の反応に、周囲が(え、そこでそういう反応になるの?)という気持ちで静まり返った。
この女こそ、この物語のもう一人の主人公、ふんわり天然ガチお馬鹿、
彼らが交わる物語は、恐らくない。
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